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18 レアンの元同僚

ちょっと短いかも

 城内の帰り道。長い廊下を渡っているとき、遠くの方で大量の書類を持った、やや長めの茶髪の男性がこちらに歩いてきていた。手入れされてなさそうな艶のない髪を緩くみつあみにして、斜め下を見てふらふらと歩いている様子にハラハラする。何かしてあげられないか、そう思っていると、師匠が彼に近づく。

 目の前に人がいることも気づいていない男性は、そのまま師匠にぶつかる一歩手前、立ち止まってようやっと前を向く。


「久しぶりですね。アーク」


 ゆっくりと顔を上げ、師匠の顔を見て固まる。驚愕の表情が一瞬にして出来上がる。


「君、もしかして、レアンかい?夢ではなく?」

「つまんでみましょうか?」


 思わず持っていた書類を全部床に落とし、師匠が差し出した手を握る。そのまま、確認するように何度か握りしめ、顔を何度も見る。信じられないものを見たというような顔から、だんだんと希望を見つけた表情になっていく。


「本当に?幻覚でなく?」


 その顔が恍惚の顔を見せた瞬間、勢いよく師匠に飛びつき、縋り始めた。


「レアンんんんん!助けておくれ!!私だけでは仕事が回らず死にそうだ!!限界なんだ!!」

「少し落ち着かないか……?」

「どうして急に仕事を辞めたんだい!?君がいないとまともに回らない!!仕事が!!」

『騒がしくて変な人』

「ミーナットっ」

「戻ってきておくれ!それとも、宮廷魔術師の職に不満が?!」


 あまりの姿に思わずミーナットが絶句する。ただ僕も、なりふり構わない姿に驚いたのは致し方ない。それよりも、少し気になる言葉が聞こえた。

 宮廷魔術師。それはかつて師匠がついていた役職。王城で国に力をささげるもので、幅広い分野に精通している。魔物の討伐のため野外で活動する者もいれば、有用な魔術式を創ったりする者もいるとのこと。その中でも、師匠はそのどちらもこなしていたと聞いていたことがあった。それを聞いたときはすごいなあ程度だったが、まさか残してきた人が懇願し縋りつくほど追い込まれる事態になっているとは。

 師匠もたいがいおかしいのかもしれない。

 道の真ん中で絡まれ続けている師匠は呆れたようにため息をつく。


「アーク。一応、戻ってきたことだし、仕事に戻ることも考えたが、私はもう解雇されている者じゃないのかい。自分の都合で勝手に去ってしまったのだし」

「安心してくれ。帰っていることを信じて席は開けたままだ」

「そうか。すまないね」

「君が帰ってきてくれるなら大歓迎さ。────で、この子たちは?」


 今まで師匠にしか向いていなかった視線が急にこちらに向く。その瞳は蠱惑的な紫色をしていた。


「初めまして。僕はフォゲットと言います。それでこっちはミーナットです」

「ああ、初めまして。私は宮廷魔術師アークトゥルス。いやあ見苦しいところを見せたね」

「本当ですよ。教育に悪い」

「あ、じゃあやっぱり隠し子?」

「じゃあって何ですか……あなた、変わりましたね」


 冷ややかな目を向けられるアークトゥルスさんは、それでも嬉しそうな顔をしていた。

 一瞬、変人に見えはしたが。だが、次の瞬間虚無を見るような、何かを悟るような顔になる。


「ああ、嬉しすぎて記憶が飛んでいたが、仕事の途中だった」


 床を埋め尽くさんと散らばっていた書類を魔法で巻き上げ、手元に集める。きれいに束になるそれを感心して見つめる。それを行った本人は死にそうな顔だが。


「では、私はこれで。フォゲット君とミーナット君も、またいつか会おう」

「はい!」

「レアンは、早めに帰ってくるように!私が過労で倒れる前に」

「肝に銘じておくよ」


 また重い足取りでどこかへと向かい始めた後ろ姿は、事情の良くわからない僕でも見ていて申し訳なくなるものだった。物悲しげな姿を見送った後、僕らはやっと口を開いた。


『ふーん。大変そうだね』

「……私も、あそこまで悪化するものとは、思わなかったかな」

「元からあんな感じじゃなかったんですか?」

「さすがに違うかな……」


 社会の闇を垣間見てしまったとこで、僕たちは帰路についた。

 その間、師匠は申し訳なさそうにして「復帰を早めようか」と呟いた。

この後、ミーナットはおとなしくしていたご褒美に菓子を買ってもらったそうな。

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