17 黒猫の少年
「こ、コチア!なぜここに」
「なぜも何もないんですよ!勝手な行動をしないでくださいと言ってましたよね!!」
急に現れた黒猫の少年が王様に詰め寄る。みんながあっけにとられる中、二人だけが言い争っている。蚊帳の外というやつだ。
あまりにも激しい言い争いではあるが、一方的な説教にも見える。
「僕は、静かに、何も、手出しをしないようにと、言いつけていましたよね!」
「だって……何か手助けした方がいいかなって……」
「それが余計なお世話だと言っているんです……!」
「はい……」
まさかの王様が詰められるという事態に陥り、傍観しかできていない中、黒猫の少年が額に手を当てため息をつく。ひとしきり叱ったからか、悲しそうな顔をする王様を放置し僕らのほうを向く。
「失礼。お見苦しいところを見せました。僕は第四王子コチア・スヴァット・エストレッラ。気軽にコチアと呼んでください」
「……では、コチア様。この件についてはどうするおつもりで」
「はい。それについてはすみませんが、部屋を移動しましょう。このような場にあなた方をとどまらせることは許されませんから」
「いいでしょう。フォゲット、ミーナット、行きましょう」
「は、はい」
「あのー、コチア?」
「陛下はそこで反省していてください」
僕らは立ち上がり、コチアさんの後をついていくことになった。置いてけぼりにされた王様の顔は、どことなく寂しそうで、頭を抱えて「どうして……」と呟いていた。先ほどの壮絶な怒りを思い出し、僕は少し、同情した。
コチアさんは堂々と前を歩き、少し離れた部屋に案内する。そこは談話室というところであり、内装は言わずもがな、座るソファもあまりに柔らかく、感心してしまう。周りの景色に圧倒され見渡していると、机に紅茶を用意される。落ち着く香りが漂う。
「────改めて、先ほどはすみませんでした。まさか、陛下が動くとは思っても見なかったので」
「ええ、結構です。あの王のことはよく知っていますので。それにしても、どこであなたのような素晴らしい子を連れてきたのでしょうか」
「近くの森にある獣人の集落ですよ。ひときわ優秀な子を連れて来いと。獣人と友好関係を作るためとか、そういう政治的理由ですよ」
僕と同じくらいに見えるコチアさんは見かけによらず大人のようで、師匠と難しそうな会話をしている。僕は仕方なく、用意された紅茶を飲んだ。さわやかで、飲みやすい。暇そうにしているミーナットにお茶菓子をわけ与えると、嬉しそうに食べ、それを見て僕も嬉しくなる。
ひとしきり話すと、さてと話を切り出す。
「今後、こちらからあなた方に関わることは控えますが、あなたの持つ力は無視できませんので、関わりを絶つことは無理でしょう」
「大事にしないなら、それで。フォゲットもいいでしょうか」
「あ、はい!あの、このような、目立った真似をしなければ、それで」
「ありがたい話です」
コチアさんは机に置かれたカップを持ち上げ、口をつける。その所作一つとっても完璧なもので、思わず見とれてしまうほど。ふっと息をついて、静かにカップを置く。
「では、一つ頼まれごとを。よろしいですか?」
「……もとよりそのつもりだったのでしょう?」
コチアさんは無言でうなずく。
「お呼び立てしてしまったからには、何か理由を付けて返さねば」
そう言うと、そばに立っていた兵士がコチアさんに資料を渡す。それを左手で持って読み上げるように話し始める。
「僕の住んでいた獣人の村と本格的に交流をしたいと、陛下がお考えのようで、それに値するか調査などをしてきてほしいんです。ただ、どうやら怪しい動きをしているそうで。探りを入れてもらいたい。ことが終われば、もう一度陛下に掛け合って無理に関わらないようにと注意しておきますので」
「なぜそのような無茶が……」
「───やります」
一気に視線が集まる。とっさに口出しをしてしまったことを反省するが、どうしても、断りたくなかった。よけいなことと思われるだろうが、助けられるものを見逃したくない。そんな顔をしていた。
ならば僕は、断る理由もない。
「誰かはやらないといけないんですよね?だったら、手伝います」
ミーナットもやる気を見せていることだし、むしろ断ると、師匠に当たりそうだ。それだけは少し避けておきたい。
師匠は少し息をついて、仕方がないというようにコチアさんのほうに向きなおった。
「フォゲットがやる気なのであれば、私も断る理由はありません」
「ありがとうございます。帰りの手配もしましょう」
「それについては結構です。私たちはこれで失礼します。あなたも、仕事があるでしょう」
「……そうですね。貴重な時間をつぶしてまで、強要するつもりはありませんので」
お互い立ち上がり、コチアさんに先導されて部屋を出る。そこから先は別のところへ行くようで、僕らとは反対方向に歩き出した。
「頼みましたよ」
それだけを言い残し、速足に姿を消してしまった。




