15 二通の手紙
数日たった日、あの時出会った黒猫の獣人は常連さんになり、客足も依然と比べて増えたころ、二通の手紙が僕のもとにやってきた。
一通は師匠から。数日後、こちらに来るという手紙だ。それだけでなく、定期的に来れるようにするということも含めてだ。その手紙を見て舞い上がって今にも飛び上がりそうだった。
そして二通目は───
「こちらに青髪の少年がいると聞きまして、彼に渡すように」
『何?これ』
代わりに受け取りに出たミーナットがもらった手紙は、今まで見た中で一番豪華で、厳かな雰囲気を漂わせている。ただ、そんなことがミーナットにわかるはずもなく、握りしめられた手紙が僕にわたってきた。
その手紙の蝋封を見て、僕は背筋が凍った。なぜなら……
「これ、王宮の……?」
本の中などでよく見た紋章がそこにはあった。
まず宛先を間違えていないかを確認したが、ミーナットが言うにはここにいる青髪の少年に渡してほしいと言っていたらしいので間違っていないはず。
何かをしたわけではない。少しも心当たりがない。そこでふと、一つの可能性を思いついた。
「あ、もしかして師匠にあてた物じゃない?」
『え?そうかな。そうなのかな?』
「きっとそうだよ。僕のとこに来るはずがないよ」
心を落ち着かせ、ペーパーナイフを取る。
そんなことはあり得ないとわかっていても、心を落ち着かせるためにはそう思わないとやってられないほど動揺をしていた。
封を開け、手紙の内容を読む。その内容は簡潔だった。
〈今日から三日後、王宮に来てもらいますので馬車を出します〉
といった内容のものだった。
まぎれもなく僕宛の内容で、卒倒しそうだった。
「ど、どうしよう」
どう考えても何かをやらかしたようにしか考えられない。だが、思い当たるものはない。他にも何か書いてあるが、達筆すぎて何もわからない。覗き込んできたミーナットはよくわからないといったように手紙を見ている。
「ミーナット、お使いを頼んでいい?」
『何ー?どんとこい!』
僕は急いで部屋に戻り、手紙を取り出して書き始める。こういった時に頼れるのは師匠だけだ。
簡潔に必要なことを書かれた手紙を、素早く封をしてミーナットに渡す。
「この手紙を師匠に渡してくれる?出来るだけ早く。大丈夫?」
『任せて!レアンのとこまでなんて一瞬だよ!』
一瞬でフクロウの姿に戻ったミーナットは、手紙をくわえて森の方へと飛び立った。その姿を見送りながら頭を抱える。どうしよう、という不安がまとわりついていた。しばらくは、というよりか、王宮からの馬車が来るまでの三日間、悩まされ続けるだろう。
こんな状態じゃ、お店の接客も上の空になる。
「僕、何かやったかなぁ」
そんなことを考えた。
そこから二日間、僕は店の宣伝の看板をもってぼーっと立っていた。
差し迫る王宮へ行く時間。まだやってこない師匠。不安が募るばかりだ。
マイさんも、そんな僕をさすがに不審に思ったのか、心配そうに声をかけてくれた。でもさすがに、王宮から手紙が来て王宮に行くことになったなんて言えないので、ややごまかして説明している。
僕宛に手紙が来て、訪問することになったから緊張していると。
マイさんは僕の背中をやや痛いくらいに叩いて、「行く前から緊張しても意味ないんだから!行くまでは気軽でいいんだよ!」と言ってくれた。その言葉で、少しだけ緊張がほぐれた。
そんなことをしていれば、とうとう三日目に突入した。王宮に行く日だ。
朝、いつもより早く起きて、まだ沈んでいる太陽を見る。
「ミーナットは大丈夫なのかな」
師匠のもとに飛び立ったミーナットのことを思い出し、窓に手を当てる。きっと大丈夫ではある。そう信じているし、精霊がそんな簡単にやられることはにだろう。これは、心配というよりは、いつもそばにいたミーナットがいないことによる孤独感だ。
窓から手を下ろし、沈んだ顔をしていると、急にあたりが明るくなる。
沈んだ顔を上げると、窓の外は太陽が頭を出しかけている。だが、明かりの発生源はそこではない。
後ろを見ると、地面に大きな魔方陣が浮かんでいた。
まさかと思いハッと息をのむと、ひときわ眩しい光が部屋を支配し、思わず目を閉じる。
「……思ったより、早い再会だったね」
「───師匠!それに、ミーナットも」
光が消えた部屋の中には、ここにいるはずのない二人の姿があった。
一人はよく見知ったミーナットのフクロウ姿。そしてもう一人────。
「まさか、王家がこんなに早く目をつけるとは……」
濃い青の短い髪と瞳を持ち、穏やかな顔つきの好青年。人の耳があるべき部分に獣のような特徴的な耳があり目を引くその人は、僕の師匠、レアンだ。
師匠の肩に乗っていたミーナットが僕のもとに飛んでくる。僕はそれに対して腕を広げて待ち、飛び込んできたミーナットを抱きしめる。お互いが会えない時間の限界は、一週間とないのかもしれない。
「フォゲット。出発の時刻はいつだい?」
「あ、ええと、6時だと書いてありました」
「ならば、もう少しだね」
師匠はさっきの僕と同じように窓の外を見る。太陽はもう顔を出し、まばゆい明りが部屋に差し込む。これから少しづつ人が起きるのだろう。まだ外に人の気配は少ない。
まだ馬車は来ないのかなと思っていると、おもむろに師匠が窓に近づき、カギに手をかけ開ける。さわやかな朝の風が入ってくると、腕の中のミーナットがもぞもぞと姿勢を変える。
『何だか、ちょっと遠くの方でガラガラ言ってる。多分馬車の音?』
「そうだね、きっと」
そう言うと、師匠は僕においでと手招きし、部屋を出る。見知ったように家の中を歩き一階に降りる姿に、やや不満げな気配も混ざっていた。
「……掃除をしてないのかな」
小さくつぶやいた言葉に僕は苦笑いする。確かに、マイさんは定期的に掃除をするような人には見えない。廊下の端には小さく埃が積もっていた。
一階につき、そのまま玄関のドアを開けると、師匠は僕の方を見て語り掛けてきた。
「王宮には私も同行するから、安心してほしい。君のことは私が守ろう」
とても心強い言葉に、僕は意を決してうなずく。それを見てから外に出て、待機する。これから行く場所は、少しの粗相も許されない。なぜこんなことになってしまったかわからない。それでも、やれることはやるつもりだ。僕は深呼吸をした。
遠くから、豪華な馬車がこちらに向かっていた。




