Vtuberの後輩も元カノも先輩も、俺を裏切ってからその価値に気づいたらしい~今更、好きとか付き合ってあげるとか言われたけどもう遅い。俺は幸せになると決めたから~
この世の中はクソだ。
有名な偉人の誰かが言っていたが、本当に信頼のおける友人、彼女が数人いれば無理して新しい友人を作る必要はない。なぜなら、その友人たちは裏切ることなく、傍にいてくれるからだという。
だけど、俺は知っている。
そんな言葉は嘘だ。まやかしだ。体の良い事を並べてただけの言葉だと。なぜなら、俺がそれを身をもって体験したのだから。だってそれは──
「何してんのよぉ! 陰キャボッチくーん♪」
誰とも関わる気がないという意思表示の元、机で突っ伏していた。すると、快活そうな声と共に背中をは叩かれた。そして、その声色は、俺が今聞きたくない三人のうちの一人だった。
「……何の用だよ」
だからこそ、自然と声色も刺々しいものになる。
「彼女に向かって、その態度はないでしょ~」
頬を膨らませたそいつの態度に、周囲の男子の表情がデレッとしたものになる。
自分のことを彼女と自称する、そいつの名前は藤堂亜美。クラスどころか、学校で一番可愛いことで有名な女子だ。何といっても、きれいに染められた金髪が存在感ある彼女の存在感をより際立たせている。だからこそ、カーストトップなんていう地位に君臨しているし、影響力もある女だ。
そして、最悪なことに俺の元カノでもある。けっして、今カノではない。それなのに、話しかけてきたことには、一つの心当たりがあった。
「というか、なんでアンタは私に話しかけに来ないのよ。せっかくクラス替えしたんだから、一人ぼっちになる前に、私と一緒にいれば──」
「うるせぇな、少し黙れよ」
藤堂の声色には、少しの期待と願望が乗っていた。そして、俺はそれを無理矢理、遮った。
この女は何を言っているんだ……?
「お前が俺に何をしたのか忘れたわけじゃないよな……」
周囲から、目立たないようにしてたことも忘れて、立ち上がってしまった。
「ちょっ……、急にそんなキツイ言い方……」
一転、さっきまでの威勢は吹き飛んで行ってしまったかのように、藤堂の声色は弱々しいものになった。それでも、自覚があるのか、負い目があるのかは分からないが、萎縮しているようにも見える。
「キツイ言い方したのは悪かったけど、頼むから話しかけないでくれよ……お前を見てると俺は──」
「何よ、その言い方っ! せっかく人がヨリを戻してあげようと声をかけてあげてるのに! どうせ私がいなくなってから、寂しかったでしょ……ふふん」
藤堂の言葉を聞いてられなくて、何も反論する気が起きなかった。しかし、藤堂は勘違いしたのか、気持ちよさそうに、嬉しそうに鼻を鳴らしていた。
「あんたは、まだ私が好きなのよね? あんたがどうしてもーって言うなら、また付き合ってもいいのよ?」
その瞬間、今まで溜まっていた不満、怒りが爆発しそうになった。しかし、俺が怒号をあげるよりもよりも早く、チャイムが鳴って、出鼻がくじかれる形になってしまった。
※
放課後。
学校を出ると、外は雨が降っていた。
そんな空模様に親近感を覚えるやら、ジメジメと鬱陶しい気持ちになるやら、複雑な気分だった。きっと、ネガティブな考えが染みついているだけだろうと、自分に言い聞かせる。
「さて、濡れるのを覚悟で走って帰るか……」
カバンの中に入ったノートが濡れないといいんだけどな……そんなことを考えていた時だった。
「兄さまー!」
小春日和のように、ポワポワと温かい声が後ろから聞こえてきた。その声色は、雨模様の空が快晴になったんじゃないかと感じるほどだった。
こちらに向かって、トテトテと駆け寄ってくるのは俺の妹──氷室小春だ。
小春は、二つ結びにしたセミロングの黒髪をおさげにしている。泣くぼくろが特徴的で、小柄で華奢な体格とも合わさって儚い印象を与える。
「朝に言ったですよね? 夕方から雨なので、ちゃんと傘を持って行って下さいと!」
「そ、そうだっけ……?」
「そうなのです! もーう、兄さまは小春がいないとダメなんですから!」
プリプリと頬を膨らませながらも、小春の表情はどこか嬉しそうに見えた。
「ほら、私の傘に入れてあげるので、一緒に帰るのです」
「待っててくれたんだよな、ありがとうな」
俺達の通う学校は、中高一貫の学校だ。俺は高等部で、小春は中等部。そして、中等部の方が、授業が終わるのは早いからだ。
ちなみに、なんで傘が一個なんだとか、ツッコミを入れてはいけない。
長年の付き合いだから分かるが、絶対にヘソを曲げて、めんどくさくなるのが目に見えているからだ。
「ダメな兄さまの面倒を見るのも妹の役目なので仕方ないのです」
小柄な体格なりに大きく見せたいのか、胸を張る小春。しかし残念ながら、小春のつつましい胸では、いろんな意味で大きく見えることがなかった。
「……兄さま、何か失礼なことを考えてないですか?」
「……気のせいだろ」
ジト目で睨んでくる小春から視線を逸らす。
何で分かるねん……エスパーかよ。
それから、俺と小春は一緒に並んで歩きだす。
「それで、兄さま。今日は大丈夫でしたか? 小春は心配なのです」
「心配?」
心当たりが当たりすぎて、どのことか分からないぞ……。
「はいなのです、兄さまは優しすぎます。そんな兄さまの優しさに付け込んできそうな人がいないのか心配なのです……」
シュンとした表情をする小春。
「特に、あの三人は許せないのです……兄さまが許可をくださるなら、小春がしかるべき報いを受けさせたいいくらいなのです」
悔しそうに俯く小春の頭を撫でていると、春の陽だまりのような優しい気持ちが胸いっぱいに広がる。それでもだ。
「そんなことはせんでいい」
小春の気持ちに感謝しながらも、そんなことはして欲しくなかった。なお、小春には正確なことまでは伝えてない。それっぽく、ぼかして伝えている。仮に話そうものなら、間違いなく我が妹様はブチぎれてしまう。小春のそんな顔は見たくない。
「分かってるのです……兄さまがそんなことを望んでないことは私も知っています」
小春には心配をかけまくっているからこそ、ずっと笑っていてほしいものだ。俺が、ひどい目に合っても、こうやっておかしくなっていのは、小春の存在が大きいのだと思う。
「でも……でもっ! 小春は悔しいのですっ!」
小春の服にシミができる。一つ、一つとどんどん増えていき、大きくなっていく。
それが、雨のせいではないことくらい容易に分かった。
「なんで兄さまだけそんなに苦しいままなのですか……兄さまが一体、何をしたっていうんですか! 小春はただ……ただ……優しくて大好きな兄さまに笑っていてほしいだけなのに……ぐすっ……すいませんなのです……」
制服の袖で涙を拭う小春。
「小春……」
妹と向き直って、優しく胸元に抱き寄せた。
「ありがとうな……兄ちゃんはもう大丈夫だから」
妹の涙でようやく目が覚めた。
そうだよ。
誰かに軽く見られたり、虐げられたりして我慢することは普通じゃないだろ。いや、もしかしたらそっちの方が正しいのかもしれない。周囲の大人は、こういう時いつも『相手にしないことが大事』『受け流すのが正しいこと』といつも言ってきた。
だが、実際はどうだ? こっちが我慢してたら、相手側はつけあがって、エスカレートするだけだった。正しい、正しくない、なんて分からない。
それでもだ。こんな俺のために泣いてくれて、俺が唯一信用できる妹が泣いているのだ。だから、俺は変わらないといけない。たとえそれで、周囲から罵倒されようとも、俺という個人が無くなってしまわないように。妹のためにも前を向かないといけないのだ。
「小春……兄ちゃん、ちょっとだけ頑張ってみるな」
「はい……はいなのです……私はずっと兄さまの傍にいますので……」
※
安直な発想ではあるが、心機一転すると決めて真っ先に思いついたのは、髪と眉をいじることだ。垢抜けする方法としても、髪と眉をセットするのは絶対だって言うしな。
藤堂と付き合ってる頃は、理由は分からないが髪のセット含めたおしゃれ全般は禁止されていた。今に思えば、俺をからかったり、見下したりするためだったんだろう。
そして、俺は今、小春にオススメしてもらった美容院で髪と眉をセットしてもらっていた。
「お客様、スッキリされましたね~! すっごくかっこよくなってますよ」
「は、はぁ……そうですかね?」
「そうですよ! 自信持ってください。これだと、彼女さんも喜ぶんじゃないですか?」
「いえ、彼女はいませんよ」
むしろしばらくの間は作らないと思う。
「へ、へー……そうなんですね」
店員さんが小さくガッツポーズしてたような気がするが、見間違いだろう。
鏡に映る自分の髪型は、いつもより短くなっていた。
こーう……さっぱりしたというか、清潔感が増したようには思う、多分だけど。それでも、可愛い店員さんが太鼓判を教えてくれると安心感も違うもんだ。
「今日はワックスつけていきますか?」
「はい、お願いします。あと、セットの仕方も教えてもらっていいですか?」
「もちろんですよ。あとで、当店のポイントカードも渡しておきますね、必ず、裏面のチェックしてくださいよ」
「? 分かりました」
それから、なぜか妙に密着してワックスをつけてくれた店員さんにお礼を言って、お店を出た。胸が当たってたから、咳払いしてそれとなく伝えても意味はなかったとだけ伝えておく。
加えて、ポイントカードにはメッセのIDなるものが記載されていた。小春に、何かしらのアフターサービスなのかと尋ねると、ビリビリに破かれてしまった。今後は、別のお店を紹介してくれるということで話がまとまったからいいが……うん?
※
翌日。
美容院の店員さんがしてくれたようにセットして学校に登校すると、それはもう劇的な変化だった。
「ちょ、ちょっと! あのイケメン誰っ!?」
「あんなにかっこいい人、クラスの男子にいたっけ?」
「絶対に転校生か、他クラスの男子……って!」
そんな鬱陶しいお世辞話を無視して、自分の席に着いた時だった。
「え、えぇええええええ!」
「あれって、氷室だったのっ!?」
「うそっ……あんなかっこよかったんだ……」
「藤堂さんと別れたっぽいし、これって……チャンスよね?」
なんだ? 人が髪型を変えたくらいで大げさだな……女子なんて、かなり頻繁に髪型を変えているだろうに。
そんな雑音を無視しながら、ボッチ界隈で必需品とも呼ばれる本を読みながら、HRまで時間をつぶしていた時だった。
「ちょ……ちょっと! その髪型は何なのよっ……アンタはダサいままじゃないと……」
消え入るような小さな声だった。わざわざ、声の主を確認しないでも分かるが、一応そいつの方に顔を向けた。
「何の用だよ、藤堂」
「何の用って……付き合ってる頃から、オシャレはしちゃだめだって言ったじゃん! 今すぐ元に戻して!」
「そんなの俺の勝手だろ……第一、お前は元カノなんだから関係ないだろ」
「関係ないって……今ならまだ許してあげるから、早く元に戻してよっ!」
藤堂の声がヒートアップするにしたがって、クラスメイトから注目を集めていく。
「嫌だ。第一、お前とはもう関わりたくないから話しかけないでくれ」
ハッキリと、クラスメイト達にも聞こえるように告げてやった。俺なりのけじめってやつだ。
「だって……あれは……あんたが……」
「何がだってだよ……」
謝罪の一つもない、おどおどしたそんな態度にムカムカする気持ちが止まらなかった。
浮気されたとしても、俺の元カノなのだ。流石に、怒鳴るわけにもいかなかったので、明後日の方向を向いて、対話を拒否する姿勢を取る。
「ちょっと……こっちを向いてよぉ……うぅ……グスッ」
そのまま、雨の雫が藤堂の頬を伝う。
美人が泣くって言うのは相変わらず卑怯だ。まるで、俺が悪いことをしている気分になるからだ。悪いのは、俺じゃない。藤堂だ。
それでも、男子を中心とした周囲からの突き刺す視線に充てられて、仕方なく向き直った。その瞬間、パッとまるで花のような笑顔が、藤堂に咲いた。普通なら、かわいいとか美人とかそんな感想を抱くのだろが、俺の場合は逆だった。嫌悪間のようなドロッとした何かがお腹の中に溜まっていくだけだった。
「……そんな態度をとるくらいなら、なんで浮気なんてした」
「……っ! だって……あんたと違って、先輩は私のことをお姫様みたいに扱ってくれるし、車持ってるからいろんなところに連れて行ってくれるし……かっこよく見えて──」
「もう聞きたくない」
「で、でもっ! 先輩ともう別れたし……付き合ってたからこそ、あんたの大切さ、優しさが分かったから……」
俺も後から知った話だが、亜美の付き合ってた先輩って言うのが、またひどい彼氏だった。女癖が悪くいクソ男だったのだ。その時は未練もあって、亜美を目で追っていたが、みじめになって悲しくなるだけだった。
「そ、それに、あんたは私がまだ好きなのよねっ? 今ならきっと、やり直せるし、あんたのこと大切にするって誓うし、お願いだって何でも聞くからぁ……鷹矢ぁ……!」
ボロボロと雨を降らせては、床にシミを作りながら、俺の服を掴む亜美。
「……離せよ、もう遅いんだよ」
俺は亜美に未練なんて残ってないし、亜美といても嫌なことを思い返すだけだ。本人にとっては、たった一回の火遊びだったのかもしれないが、俺にとってはその一回が重すぎた。火遊びなんかですまされない。
「そういうわけだから、もうこれからは関わらないでくれ」
「っっ! なんで、藤堂さんって……ぐすっ……うぅうう……私達、もうっ本当に──」
その際、後ろから亜美……いや、藤堂の声が聞こえてきたが無視した。
今更、俺の方が良かった、大切だった、って言われてももう遅いのだ。
※
放課後。
流石に、あんなことがあったのか、藤堂が話しかけてくることはなかった。それどころか、これをチャンスだと思ったのか、クラスの男子たちは藤堂に話しかけていた。だが、あっけなく撃沈していた。そしてその度に、こっちをチラチラ見てくるもんだから──
「せーんぱい!」
そんなことを考えていると、舌ったらず気味で、跳ねるような声に呼ばれた。振り返ると、そこにはクセッ毛気味な茶髪を揺らしながら、後輩の本田日奈子が立っていた。
「ひな──本田」
「えっ……何、私の名前を苗字で呼んじゃってくれてるんですか? 今までみたいに、下の名前で呼んでくださいよ~!」
あはは、と笑いながらバシバシと俺の背中を叩いて来る日奈子。
「それに聞きましたよ~? 藤堂さんを泣かせたって~! もーう、何かあったらこの私に話してくれたらいいのに~!」
わき腹を小突きながら、日奈子は楽しそうに体を引っ付けてくる。俺はその密着してきた体から離れた。
「まぁ、あんなのは先輩にお似合いじゃないんで、丁度良かったんですけどね」
その際、ボソッと呟いた日奈子の声は聞こえなかった。
「そんなことよりも、早く前みたいに動画撮りましょうよ~、ファンの子達も私のことを待ってるんですから~」
俺の腕を抱きながら、甘えるような声でねだってくる日奈子。
「先輩がいなくなってから大変なんですからね~!」
頬を膨らませながら、文句を言う日奈子。
「登録者数はずっと減り続けてるし、撮影もできないし、機材だってどれを使えばいいのか分かんないんですから……もーう、本当にピンチなんですよ~!」
撮影というのは、日奈子のVtuber活動のことを指す。こんなバカっぽそうな日奈子だが、登録者数は50万人を超えている超人気の配信者だったりする。今の登録者数は分からないが、一時期、急上昇ランキングに載るなど、確かな人気はあった。
「先輩がいなくなってから、私には先輩が必要なんだってようやく分かったんですよ? だから、早く帰ってきましょうよ、ね?」
高一の頃、同じ委員会の後輩であった日奈子とたまたま仲良くなった。そして、日奈子がVtuber活動に興味があるということを知って、色々と手伝ったのだ。
その時の俺は、藤堂の浮気を知った頃でもあったので、誰かの手伝いをできることが嬉しかったし、何よりも誰かに必要とされているのがたまらなく嬉しかった。
でも、俺は馬鹿みたいな勘違いをしていた。今に思えば、いいようにコキ使われていただけだ。
まず、機材の用意は全部、俺の自腹だった。その頃は、藤堂とデート行くためにためたお金があったので何とか用意することができたが、痛い出費であることに変わりはなかった。加えて、脚本作り、歌ってみた動画の編集等の全ての業務をやらされた。
日奈子からすれば、浮気されて傷心された男を扱うなんて、さぞ簡単なことだったんだろう……本当に俺がバカだった。
だからこそ、俺は日奈子の元を去った。そして、そんな俺を引き留める日奈子でもなかった。
「それとね先輩……50万人突破祝いってまだでしたよね……今日は両親も仕事でいないので……泊っていいですから……ね?」
頬を赤らめながら、モジモジしながら、上目遣いで俺を覗き込んでくる日奈子。
きっと去年の俺は、日奈子のこんな姿に騙されたんだろうな。
「日奈子……」
「は、はいっ!」
緊張しているのか、口調がたどたどしい日奈子。それでも、その表情には、どこか期待があるように見えた……あほらしい。
「行くわけないだろ、というか、いい加減、そのうざったい口を閉じてくれないか」
「……え?」
その瞬間、日奈子の表情から感情が抜け落ちた。
「え……私の聞き間違いですよね……今なんて」
「だから、行くわけがないって、言ったんだ。なんだ? お前についていけば、次は一体、何をさせられるんだろうな?」
考えたただけで、暗雲立ち込めるような気分になる。
「散々言ってきたが、俺はお前の奴隷じゃないんだぞ? なんで俺はお前に与えるばっかりなんだよ」
「いやっ……ちが……そんなつもりじゃ……」
俺は言い返してきたことが予想外だったのか、しどろもどろになりながら、日奈子は顎を震わせていた。
「第一、面倒くさい事、全部俺にやらせてたけど、自分で少しは調べようって気はなかったのか……もう、お前とは付き合う気はないから」
そのまま、日奈子に背を向けて俺は別の方向へと歩き出した。
「や、やぁっ! 待ってください……先輩……ぐすっ」
「それじゃあな。これからは学校であっても話しかけてくれるなよ」
「な、なんでぇ……うぅうう……私は先輩のこと……」
日名子の涙をすする音が聞こえてきたが無視して、俺はそのまま下校した。
もらうだけの人はどこかで必ず愛想をつかされる。それに気づけなかった時点で、手遅れなのだ。
※
「おはようございまーす!」
放課後。
俺はバイト先に顔を出していた。心機一転とすると決めたので、バイトも辞めて、新しいのを始めるつもりだ。そして、店長にその旨を伝ていた。
「──というわけで、今月でやめさせてください」
「そっかぁ……なら仕方ないかな。氷室君がいると、お店としてもすごく助かってたけどね」
苦笑しながら、店長は人好きのする良い笑みを浮かべていた。
「なら、今月いっぱいまではよろしくね」
そう言って、事務所を出ていった店長と入れ替わりで入ってきたのが一人。
「ちょ、ちょっと! どういうことよ……最近ずっとバイトを休んでると思ったら、辞める話もしてるし……」
「内田先輩……」
声の主は、バイト先の先輩である内田明日香先輩だった。
赤みがかった茶髪をロングでハーフアップに。
大人っぽい髪型と勝気気味な釣り目からは、気の強さを感じさせる。
「なんでって……先輩には関係ないでしょう。というか、盗み聞きしないでください」
「――っっ!!」
俺の返した言葉が意外だったのが、眉間にしわを寄せる先輩。
「何よその言い方……、氷室君は私の何が──」
「先輩が俺に何をしたのか忘れたわけじゃないですよね?」
内田先輩の声を遮って、少々、強気に問いかける。
「だ……だってそれは仕方ないじゃない……そうじゃないと、私がまたいじめられて……」
その瞬間、内田先輩の声色が弱々しいものになる、先ほどまでとは一転、その様子からは覇気が感じれられなかった。
「仕方ないって……それで、裏切られた俺が馬鹿みたいじゃないですか……!」
「だってぇ……それに……氷室君が守ってくれないから、先輩たちはまた、私のことイジめてくるようになったし……」
内田先輩と言えば、うちのバイト先でも美人な部類に入る。そして、声も大きいし存在感があるからこそ、意地悪なバイト先の先輩たちから目を付けられるのもすぐだった。当時の俺は、クソみたいな正義感を持ってたが故に、内田先輩のことをイジメからかばっていた。
しかしだ。
イジメというのはたらいまわしに起こる。そして、次に意地悪な先輩たちが目を付けたのは俺だった。案の定、意地悪な先輩たちは内田先輩を自身の派閥に入れて、俺をイジメるようになったのだ。そうしないと、自分がまたいじめられてしまうから。そんなクソみたいな理由で俺は裏切られたのだ。それを仕方ないで、すまさないで欲しい。
「で、でもっ! またイジめられるようになった、ようやく私も分かったの! 次は、氷室君がイジ目られてたら私が守ってあげるか──」
「結構です。というか、何がようやく分かったですか……遅すぎるんですよ」
聞いてられなくて、思わず内田先輩の声を遮ってしまった。
今更、『分かった』とか言われても、何も響かなかった。
そんな感じの言葉は、俺がイジメの標的になった時に言って欲しかった……いや、それも遅いのか。
俺が内田先輩を許せないから、関係の修復はもう無理だ。
「……え?」
内田先輩は俺の言っていることが分からなかったのか、一瞬、ポカンとした表情をしていた。それから、心が俺の言葉の意味を理解したのか、徐々に表情が曇っていく。
「な……何でそんなこと言うの……グスッ……私、そこまでさ……別に見てただけで……うっっううっ!」
「内田先輩の言う『そこまで』『見てただけ』が俺にとっては、大きかったってことですよ。普通に考えて、裏切られたこっちの気持ちを考えてくださいよ」
自分が再びいじめの標的にされるからって理由で、いじめる側に回る言い訳にはなってない。見てるだけだったからと言って、俺が何も感じなかったのかと思っているのだろうか。
「そういうわけなんで、俺は今月いっぱいでやめますので……先輩、さようなら」
「ちょっと……待ってよぉ……ワダジが悪がっだがらぁ……氷室君がいないと……私……うぅううううう!」
内田先輩の涙交じりの声を無視して、俺はバイト先から帰宅した。
一度、失ってしまった信頼は取り返せれない。気が付いたときにはもう遅いのだ。
※
「兄さま! 次は、一緒にクレープを食べるのです!」
「はいはい……ったく、仕方ない奴だな」
「そんな文句を言う兄さまだって、顔がニヤけているのですよ?」
「うるさい……」
「って、兄さま! 何をするのですか……!」
自分でも顔がニヤけているのが自覚できていたし、見られるのが恥ずかしかったので、小春の髪をくしゃくしゃに撫でることで隠した。まぁ、バレているあたり、隠せてるのかは微妙なんだが。
「まぁ、今日は小春ので、デートに付き合ってくれているので、特別に許してあげるのです……ふふ」
小春の頬が朱色に染まる。
「それに、兄さまがあの三人とようやく縁を切ってくれたようなので、小春は安心しました。これからは死ぬまで、小春が兄さまの傍にいてあげるから安心するのです」
「はいはい……」
まったく、ブラコンな妹を持つと兄貴は大変なもんだ。
というか、ちょっと重いよ……。
それでもまぁ、心機一転して、傍にいてくれるのが妹っていうのは悪くないもんだ。結局、あの後、クラスの女子達から告白されたが、全て断った。流石に、あんなことがあった後で、誰とも付き合おうとは思わなかった。
もうしばらくは、このままでいいかなと思う。
今まで心配をかけて妹を笑顔にすることだけに頑張って、この楽しい日常を過ごせていければいいと思ったからだ。
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