4.貴方に伝える
こうして半ば無理矢理両親を丸め込み、キュイの待遇は驚くほど改善していった。
途中途中、どうやら私の見ていないところで虐待紛いの事をメイドにしようとしていたが、それを見つける度に「お父様、酷い……」としくしく泣けばなんとかなった。
正直なところ、両親に対して与えられるだけの愛は返せないと思う。やはり私にとっての最高の両親は、前世の両親だ。キュイに見せる顔はあまりにも残忍で恐ろしく、私を産んでくれた事には感謝しているが、今世の両親を好きにはなれなそうだ。
あくまでも、私の中での優先順位は兄であるキュイが上である。
今日もこうして、人の目を盗んではキュイの部屋に入り浸っている。
部屋には本棚に数十冊の書物が並び、クローゼットには最低限の衣服が入っている。木でできた簡素な机に、ベッド。物は少ないが、前世の庶民の部屋って感じで、寧ろこっちの方が落ち着くくらいだ。
キュイはベッドに腰掛けて、書物を読んでいた。
てくてくと隣にいき同じようにして座れば、キュイはにっこりと微笑んだ。
12歳になったキュイは、艶のある黒髪に紅い瞳を持つ美少年へと成長していた。流石悪役とはいえ攻略対象。キラキラエフェクトが見える。
「キュイ兄様、何を読んでるの?」
「ん?ああ、これは隣国の書物だね」
そういって広げてみせるが、なんせ隣国の言葉なので全く読めない。うーんうーんと唸っていると、キュイはくすりと笑った。
最初の簡単な税収アップは私が考えたが、その後の数々の政策はキュイが考えた。それはもう画期的で、見事にノーヴェル伯爵家は他の伯爵家と比べても一つ抜きん出た豊かさを誇るようになった。
今では父親はキュイの賢さを認め、外出は未だ制限されているものの、ノーヴェル家にある蔵書を読むことを許している。
流石攻略対象。びっくりするほど頭が良い。
キュイは12歳にして政治や経済、経営の書物や外国の論文まで読み漁るようになった。ちょっと将来が恐ろしいほどの勉強の出来である。
しかし、待遇の改善はされたものの、両親は相変わらずキュイのことはよく思っていない様で、一切話したがらない。
だけど、その分私がたくさんお話しして好きを伝えると決めているので、そこはまだどうにかなる……はず。
「こんなのも読めるなんて、流石キュイ兄様ね」
尊敬の眼差しで言えば、キュイは微笑む。思わずため息が出るような美しい微笑だ。
「……あのさ、いつ言おうか迷ってたんだけど」
キュイは口籠ると、長い睫毛を伏せて言った。
「僕ら、同い年でしょ。ちょっと僕の方が早く生まれただけだから」
だから、フィアナにはキュイって呼んでほしい。
しっかりと目を合わせて微笑むキュイは、優しい兄に違いなかった。親が私のお願いに弱いように、私は兄のお願いに弱い。
「……キュイ、でどうかしら」
面と向かって言うとなんか恥ずかしい。ドキドキと心臓が煩く鳴っている。
キュイは笑みをたたえたまま、私の頭を撫でた。
「フィアナは可愛いね」
可愛い。賞賛の言葉が嬉しくて、私は自然と顔が緩んだ。
そうしてほのぼのした時間をキュイと過ごしているとあっという間に時間が過ぎる。時計を見ると、かなりの時間が経とうとしていた。そろそろ部屋を出なければ。両親にバレると厄介なことになりかねない。
私はキュイから離れ、部屋のドアノブに手をかける。そして、振り返って、満面の笑みを見せる。
「私は、何があってもキュイの味方よ」
毎日欠かさず伝えてきた言葉。
今のキュイがどう思っているかは分からない。元々表情を取り繕うのが上手な彼は、ゲームでも疑う余地のない優しい笑顔を常に見せていた。その胸の内の恐ろしい狂気を隠しながら。
今のキュイも、優しい笑顔を絶やさない。それが嘘か真か、私に見抜く力も術もない。
でも、確実にゲームと変わっていると信じたい。
この言葉が貴方に届きますようにと願って、私は部屋を出た。




