2.黒幕の境遇
事件の黒幕且つ闇魔法の使い手であるキュイ・ノーヴェルは元々私とは全く血が繋がっていない。ノーヴェル伯爵であり私の父親の妾が『貴方の子ですよ』と嘘をついて産んだ、誰が父親か分からない不貞の子だ。
故に父親は彼の顔を見るのも嫌がり、父親の正妻である私の母親は全く関心がない。
それが理由で、キュイは見るも無惨な姿で部屋に閉じ込められ、15年もの間ここで過ごす。
そして15年が経ったある日、キュイの闇魔法は完全に開花し、暴走する。屋敷にいた人は全員彼の手にかかり殺されてしまう。キュイはそうして屋敷の人を闇魔法で傀儡にするのだ。
光の聖女の前では甘く優しい王子様のような彼だが、その中身は歪で残忍だ。自分の思い通りに動かない人物を次々に殺し、操っていく。
そして終盤で、光の聖女であるヒロインにまで手を掛けようとした時、好感度が一番高い攻略対象がヒロインを守る――といった感じのストーリーだ。
それ故に、攻略対象兼悪役のキュイには実は攻略ルートはない。人気キャラクターであった為、追加でエンドを製作するという話も出ていたが、今実現しているかは定かではない。
私はキュイに駆け寄り、水を差し出した。
「……ありがとう」と呟き、キュイは小さな手でコップの水を受け取り、一心不乱に飲み始めた。
その姿に、胸が痛む。前世は平民だったが、不自由なく平和で仲の良い家族に育った私としては、今の光景は現実離れし過ぎている。
瞳を潤ませた私に、キュイは弱々しく微笑む。
「フィアナ、悲しそうな顔しないで」
「……だって、こんなの酷いわ」
キュイは、瞳を潤ませる私の頭を撫でた。
私の存在に気がついた時、キュイは少しだけ警戒を解く素振りを見せた。
実はゲームでは、キュイは両親からは勿論の事、義妹であるフィアナからも酷い虐めを受けていた。だが幸いにもこの7年の間、記憶がなかったとはいえ人格は私だったので、虐めなどはせず、時々この義兄に食べ物をあげていたらしい。
ゲームでもある事を確信していたが、実際幼少の彼に出会ってよりそれは増した。
それは、彼は根っからの悪役ではないことだ。
キュイは物語上では黒幕だ。人を操って気に入らない人を惨たらしく殺したり、かなり非道なことをしていた。だけど、最初から残忍な性格はしていなかったに違いない。
幼少の虐待が、彼を再起不能なまでに歪ませた。
彼は物語の終盤、光の聖女であるヒロインに向かって、こう語っている。
『僕は僕の理想の世界を完成させようとした』
『僕の思い通りに動く人形達が、完璧な家族、完璧な友人を演じてくれた』
『あとは、完璧な恋人だけだったのに』
そして彼は、夕焼けが反射し茜色に染まった瞳から涙を流し、こう言うのだ。
『愛されたかった』
あまりにも悲しすぎる。ここのスチルは号泣した。彼は加害者であり被害者なのだ。
「キュイ兄様、私クッキーを持ってきたの」
「いいよ、フィアナのでしょ?フィアナが食べなよ」
「嫌よ。これは、兄様の為に取っておいたから」
キュイは、少しだけ顔を緩めた。それは優しい兄の顔だ。
ああ、彼に悪役なんて、似合わない。
私は決意する。愛されたかったという兄様に、私からたくさん好きを伝えよう。
幸いにも私は両親からは愛されている。少しでも待遇を改善させつつ、キュイが悪役にならないよう、全力で頑張るしかない。
そうすれば学園の事件も起きずに済む。闇魔法だって、暴走させたり使わなかったりすればいい話だ。
私、フィアナ・ノーヴェルは、この悲劇の物語を、始めさせない。