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17.波乱の狼煙

「フィアナちゃん、これ見てくかい?新しく入った食材なんだけど、何しろ珍しくて」

「あ、本当ですね。見たことない色……」

「味は変わらないけど、色だけ違うんだよ。こっちの方が鮮やかで赤みが強いから、料理に映えると思うよ」


恰幅の良い女の店主が愛想よく笑う。私も釣られて微笑んだ。


帝都の外れに、数多くの食材が並ぶ店が存在する。1年前にレストランを開店させてから、基本的に食材の仕入れはここで行っていた。


季節も変わり、段々と冷え込んでくる。この辺りで季節に合う新しいメニューを考えるべく、私は日頃からお世話になっている仕入れの店へ足を運んでいた。


「この食材を買うかは、キュイと検討しますね」

「はいよ!……あれ、そういえば彼氏さんが居ないね。いつもフィアナちゃんと一緒なのに。珍しいこともあるもんだね」

「いえ、一緒に来てますよ」


私は通りの向かいを指差す。

そこにはキュイと、その隣にレナルドさんがいて、何やら話し込んでいる。

レナルドさんは、帝都の通りに店を構えるシェフだ。かつて私たちが路頭に迷っていた時、住む場所と仕事を提供してくれた恩人。今私たちがこうして町外れにある小さなレストランを営んでいるのも、彼が大きく関わっていると言っていい。


「レナルドさんか!最近見てなかったけど、元気してたんだねえ」

「そうですね、偶然会ったみたいで」


視線をやると、キュイがいっそ疑わしい程綺麗な笑みを浮かべていた。レナルドさんは、それを見てぴきりと青筋を立てている。

 

「レナルドさんは変わらずだね。どうせまた今日も彼氏さんに弄ばれてるんだろう」

「あはは……でも、キュイが心を許してる証拠なんですよ」

「違いないね」


キュイは穏やかで人当たりが良い。けれど心を開く相手は少なく、限られている。その数少ない1人が、レナルドさんなのだろう。


「そういや、そろそろ皇太子様の誕生日が近いなあ。この時期になると不意に思い出すんだよ」

「皇太子様の?」

「ああ。今までの皇室は、誕生日になると国を挙げてパレードが開かれるんだよ。それはもう豪華でさ……だけど、ここだけの話、そのお金は皇民から取られるからしんどくてね」


この国は私たちが前にいた国より遥かに大きい帝国だ。当然皇帝の権限は私たちが生まれ育った国よりも大きいと聞く。費用も嵩むだろう。

だけど、数年ここに住んでいるが、その様なパレードは見たことがない。首を傾げていると、店主は私の表情を読み取ったのか、言った。


「10年くらい前、その誕生日パレードは無くなったんだよ。皇太子様が中止させたらしい。曰く、自分の誕生日の為に民の金を搾り取るなんてたまったものじゃない、とさ。まあできた皇太子様だよ。10歳かそこらでそれをしたんだからさ」

「なるほど……民の事を考えられる人なんですね」

「極端な改革を嫌う側近は兎も角、皇民は皇太子様を支持しているよ。勿論私もそのうちの1人さ。だから、この時期になると10年前に中止された時の事が思い出されるんだよ。だから、何もないんだけど皇太子様の誕生日だけは覚えてるんだよねえ」


店主はしみじみと呟いた。

それだけ身分が高い人が、皇民の気持ちに寄り添って改革できるのは珍しい。店主の言うように、出来た人なのだろう。会ってみたいと思った。


あれ、話がズレた気がする。

……そうだ、この食材をどうするかの話だった。


「私、向こうにいるキュイを連れてきます。今ここで相談して、買うかどうか決めた方がいいと思うので」

「ああ、そうだね。是非そうしてくれるかい」


私は店から離れ、帝都の通りを横切る。

昼間の帝都は、外れの辺りでも人が多い。

人をかき分ける様にして進んでいった時、不意に誰かに腕を掴まれた。


「――っ!」


誰か、と助けを呼ぶ間もなく、口にタオルを当てられる。やけに甘ったるい匂いがする、と感じた時には、既に意識は遠のき始めている。

 

なにこれ、嫌だ、怖い。誰か、助けて……


「何してるの」


地を這う様な低い声。キュイの声だ。

そのままキュイは流れる様な動作で腕を捻り上げる。口に当てられていたタオルははらりと地面に落ちた。

視界がぼやけている。意識が朦朧として、今にも眠ってしまいそうだった。


「フィアナ!」

「……キュイ……」


キュイは崩れ落ちそうな私を、駆けつけてきたレナルドさんにそっと渡し、すっと前を向いた。私に何かを嗅がせた人は、フードを目深に被っていて、性別の区別すらつかない。キュイは穏やかな口調ながらも、掴んだ腕は離そうとしない。


「何が目的?」

「……」

「まあ、簡単に口を割る訳ないか」


キュイは明らかに苛立っている。細められた瞳が、紫色に見えるのは、きっと気のせいじゃない。

何事かと、私たちの周りにちょっとした人だかりができている。


「じゃあ、素直に話してもらうしかないね」


キュイは微笑み、もう片方の腕を伸ばした。

 

だめ。この場所で、闇魔法を使ったら……!

口を開くけど、言葉にならなかった。そうしている間にも、視界がぼやけていく。

 

数年前、中庭で聖女に闇魔法を使おうとしたキュイを止めたのは、エデンだった。

私の代わりに止めてくれた、エデンは今、この国にはいない。

私しかいない。


幸せな未来のために、全力を尽くすって決めたじゃない、フィアナ!


「や、めて」

「……フィアナ」

「使ったら……だめ、よ」


やっとのことで出した声は、少し掠れていた。

キュイはその言葉に、ゆっくりと腕を下ろす。


キュイ、ありがとう。私の為に怒ってくれて。


そう、感謝の言葉を伝える間もなく。

キュイが闇魔法を行使せずに済んだ安心感からか、私は意識を手放した。





「紫……か」


遠くから呟かれた声は、私に届く訳もなく、風と共に霧散していった。


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