1.中途半端な悪役
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「お嬢様、お待ちください!そちらの芝生は雨上がりで滑るので危ないですよ――って、お嬢様!?」
つるりと足を滑らせ、頭を思い切り地面にぶつけた私を見て、メイドは悲鳴を上げながら駆け寄ってくる。
頭に強い衝撃が走ったものの、意識を失うなんてことはなく、額が少し切れただけで済んだ。しかし若干7歳の子供である私は涙目になることもなく、いつになく落ち着き払っていた。
転けたことに何の反応も示さず、じっとメイドの顔を見るだけの私に、メイドは戸惑ったように瞳を揺らし、素早く私を担いで部屋に連れていく。
運ばれながら、頭には次から次へと記憶が流れ込んでくる。6畳程の部屋の隅に置かれたベッドの上で、女の子が嬉々としてゲームをプレイしている。そのゲーム画面には麗しい貴公子に囲まれる一人の少女がいた。
これは、この世界の記憶ではない。所謂前世の記憶だ。
――ああ、私はゲームの世界に転生したんだ。
念のため、腕利きの医者に診てもらうことになった。怪我自体は軽いものだったのだが、一応安静にということで1週間ほど部屋で過ごすことになった。
ちょっと大袈裟だと思うけど、仕方ない。私は箱入り娘らしいし。
安静にしろと言われたこの1週間、ゆっくり考えたことによって、ある程度自分の置かれた立場が分かってきた。
私はノーヴェル伯爵家の令嬢、フィアナ・ノーヴェルだ。両親と、血の繋がらない同い年の兄の4人家族。
そして私はどうやら、前世でプレイしハマったゲーム『茜色の恋の狂想曲〜光の聖女と闇の貴公子〜』の世界に転生してしまったらしい。
このゲームの大まかなジャンルは、愛され令嬢のほのぼのラブストーリー……ではない。
とある身分の低い令嬢が、学園に入学してから1年が過ぎた16歳の春、10年に1度と言われる光魔法をその身に宿し、光の聖女と呼ばれるようになる。そんな彼女は学園で過ごす中で4人の貴公子と出会った矢先、学園内で凄惨な事件が数々起こるのだ。
そして彼女は、事件の黒幕はこれまた10年に1度の闇魔法をその身に宿すものであり、その人物は事件の解決に尽力する味方であるはずの4人の貴公子の内の1人であるということを知ってしまう。
要するに、これはラブ・サスペンスなのだ。
ゲームのプレイヤーは光の聖女として誰が闇の貴公子なのかを突き止めるため、貴公子である4人の攻略対象と会話して好感度を上げつつ、事件の証拠や目撃者の発言から犯人への糸を手繰り寄せていく。
このゲームはミステリー要素がかなりあり、プレイヤーが謎解きをしてストーリーを進めていく所もある。
有名な会社から出されたゲームだったものの、プレイしている人は少なかった。その理由はなんといっても黒幕が起こす事件が凄惨であること。普通に夥しい量の血は出てくるし、人体の一部が転がっていることもある。万人受けする乙女ゲームではなかったのは確かだった。
こうして7歳で前世の記憶が蘇ったが、憑依している訳ではないので、7歳以前の記憶もしっかりある。
ここで確認すべきは、私のゲーム上の立ち位置だ。
私は水と先程残しておいたクッキーを持って、そうっと部屋を抜け出す。長い廊下を抜き足差し足で歩いていると、メイドに見つかった。
「お嬢様……!お部屋で静かにしていなきゃだめですと、お医者様に言われたでしょう!」
「んー、お願い、見逃して?」
上目遣いで見上げれば、メイドは「……少しだけですよ」と渋々承諾してくれた。
ノーヴェル・フィアナこと私は自分で言うのもなんだが、すこぶる顔がいい。エメラルドの大きな瞳に、艶のある銀色の髪はゆるくウェーブがかかっている。
だが、こんな顔の良さも、これから会いにいく人物に比べれば霞んでしまうのだ。
長い廊下をひたすら進むと、突き当たりには綺麗な屋敷に似つかない古びた扉がある。
ドアノブに手をかけ、慎重に扉を開けた。薄暗い部屋だ。若干埃っぽく、思わず空咳をする。じゃらりと鎖の音がした。
リノリウムの床に、壁は一面真っ白。薄暗い部屋を灯すのは人の顔くらいの大きさの小窓から降り注ぐ光のみ。
そんな暗闇に浮かび上がるのは、燃えるような緋色の瞳。小さな光に照らされた顔は、精巧に作られた人形と言っても差し支えのない、美しいものだ。
だが、状況は芳しくない。
横たわった小さな体。腕と脚は鎖に繋がれ、側から見ても衰弱しきっている。
虚な赤い瞳をこちらに向け、彼は掠れた声で呟く。
「……フィアナ」
どうせ転生するなら、どこか田舎町の娘が良かったと思う。光の聖女となって凄惨な事件を目の当たりにするのも嫌だし、そもそも令嬢としての豪勢な日々が、前世平民だった私には合っていない。
しかし、この役割になるなら、光の聖女でも良かった。
私に回ってきたのは、物語の黒幕である闇の貴公子、キュイ・ノーヴェルの義妹。物語の序盤どころか始まる前に彼に殺され、闇魔法で操られながら事件に加担する役割。
悲惨な最期+中途半端な悪役という、最低ポジションに転生してしまったらしい。




