第六話 炭火の調整
困った時のキャンプ老師。
どうぞお気軽にお楽しみください。
「あーもー最悪!」
苛立ちまぎれに道の石を蹴っ飛ばしたけど、怒りは全然収まらない!
「何であたしが売上ド底辺に出向なのよ! エースなのに!」
言葉にするとさらに怒りが巻き起こる!
トレンドの移り変わりが激しい都心で、綿密な情報収集と先を行く決断力で、売上を確保してきた!
そんなあたしを何で片田舎で働かせるの!?
左遷!? あたしに対する嫉妬からの左遷なの!?
許せない!
「そこの女性」
「は?」
な、何!?
仙人みたいなお爺さんが声をかけてきた!
「私は人呼んでキャンプ老師」
「キャンプ老師!?」
「ついてきなさい。君の苛立ちが晴れるやもしれん」
「……?」
言われるままに着いていくと、河原に降りていた。
こんな所で何するつもりなの?
「これから鮭を焼く」
「は?」
そこにはバーベキューグリルがあった。
中には炭が並べてあって、その上にはアルミホイルに包まれた何かが置いてある。
あれが鮭……?
「君には炭火の管理をしてもらう」
「は!? な、何で!?」
「このアルミホイルの中には、新鮮な玉ねぎを敷き詰めた上に、脂の乗った鮭ハラス、更にバターが乗せてある」
「な……!」
「炭火で蒸し焼きにすれば、身はふっくらと焼き上がり、しかも溢れた脂は玉ねぎが優しく受け止める。これ以上のご馳走はちょっとないのう」
く、口の中に唾液が……!
「や、やるわ! どうすればいいの!?」
「赤くなっている炭を見つけたら、少し炭を避けて下に置く。その上にまだ赤くなっていない炭を置くのじゃ」
「わかった!」
えっと、この炭が赤いから、これを下に……。
その上にこの黒いのを乗せて……。
……。
……。
……。
あ、黒い方の下が赤くなり始めた……?
「炭の熱は近ければ近い程、早く伝わる。そしてその熱は新たな炭へと移っていく」
「……へぇ……」
「強い熱を持つものを漫然と置くよりも、他のものに熱を移すように差配する、それが全体に熱を広げる極意じゃ」
「!」
……もしかして、あたしが優秀だから、片田舎に移動になったの……?
あたしの熱で、火をつけるために……!
「キャンプ老師、だっけ?」
「うむ」
「……ありがと。何か元気出た」
「それは何よりじゃ」
よーし、文句言ってないで、経営改善にできる事をやってみよう!
売上ド底辺を立て直したら、あたしの評価もすごく上がるだろうし!
何だか明日からの仕事が楽しみになってきた!
そうそう、焼き上がった鮭ハラスのホイル包み焼きは、ふわふわの身から溢れる脂ですごく美味しかったです。
読了ありがとうございます。
異動は組織の硬直化を防ぐのには必須とも言えます。
しかし仕事や環境の変化は少なからずストレスになるので、上手い事自分の異動した意味を見つけられると良いですね。
また困った時にお会いしましょう。