第五話 火起こし
困った時のキャンプ老師。
実はそんなに困ってないんですけど、間が空きすぎてしまったので……。
のんびりお楽しみください。
「畜生! あのクソ親父! 俺のやり方に文句ばっかり言いやがって!」
苛立ちを口にしても、ますます怒りは募るばかりだ!
起業したのがそんなに偉いかよ!
初代だからって何でも知ってるのかよ!
跡を譲ったんなら、俺のやり方でやらせりゃいいじゃねぇか!
「今の社長は俺だろ! いつまでも社長風吹かせやがって老害がぁ!」
支店を増やして事業拡大しようとしたら反対しやがって……!
会社を大きくする事の何が悪いんだよ!
社員もみんな親父の味方だしよぉ!
「そこの青年」
「は?」
な、何だ!?
仙人みたいな爺さんが声をかけてきた!
「私は人呼んでキャンプ老師」
「キャンプ老師!?」
「ついてきなさい。君の苛立ちが晴れるやもしれん」
「……?」
言われるままに着いていくと、河原に降りていた。
こんな所で何するつもりだ?
「ここに火を点けてみなさい」
「は?」
そこにはバーベキューグリルがあった。
中には炭が並べてある。
「な、何で……?」
「炭火で焼く旬の秋刀魚は絶品での」
「な……!」
「脂の乗った秋刀魚に岩塩を振り、炭火でじっくりと焼く。皮目から溶け出た脂で熱された皮は、パリパリとした歯応えと共に香ばしい香りに包まれる」
「……っ」
「身は柔らかくふっくらと仕上がり、箸を入れるとほろりと崩れる。口に入れれば脂の甘みと身の旨味が広がり、ワタの苦味を加えれば一尾ぺろりと平らげられる」
「……!」
何だよ! そんなのめちゃくちゃ美味いだろ!
あぁ、口が秋刀魚を求めている……!
「……やってやらぁ!」
「うむ、道具はこれだ」
「!?」
マッチと新聞紙!?
「え、こ、これだけ!? 着火剤とかバーナーは!?」
「これで十分火は点く」
「う、ぐ……」
……確か小学校の頃にやらされたな……。
確か下に新聞紙を入れて、それに火を点ければ……。
あぁ! 燃え尽きちまった!
炭には火が点いた様子はない……。
少しまとめて長く燃えるようにしたらいいのか!?
……うーん、途中で消えてしまった……。
ただ束ねるだけじゃだめなのか?
そういえば空気が入らないと燃えないとか……。
じゃあ新聞紙を捻って棒みたいにすれば……。
お! これはいい感じ!
炭の端っこも赤くなった!
このまま燃えていけば……!
ってあれ? 赤く燃えてた所が白くなった……。
消えちゃった!? うっそ!
あれかな!? 吹かないと駄目なやつ!?
くっそ! 面倒くさい!
でもここまできたら、意地でも火を起こしてみせるぞ!
「うむ、見事じゃの。では秋刀魚を焼くとするか」
「……ぜぇ……、ぜぇ……。どんな、もんだい……」
赤々と燃える炭。
一つに点いた後、他に火を移すためにまたあれこれ工夫して……。
何とか火が起きた……!
これで秋刀魚が食べられる……!
「何もないところから火を起こすという事は大変だの」
「当たり、前だろ……」
「その火を人に任せるのは勇気がいるものじゃな」
「……? ……!」
俺はキャンプ老師の言わんとしている事を理解した。
親父が起業した時には、火のないところに火を起こすような苦労があった事だろう。
いや、今みたいに炭やマッチや新聞紙の用意もなく、それを集めるところから始めるしかなかったはずだ。
それを必死に育てて、守って、ここまで会社という火を大きくしてきたんだ。
それを俺に託してくれたんだよな……。
なのにそれを知らずにあっちこっちで新しい火を起こそうとしたら、口を挟みたくなるのも無理はない……。
「徒に火を増やす事よりも、それで何を焼くかを考えよ。折角種火を受け継いだのだ。活用せねば勿体なかろう」
「はいっ!」
今の会社の力で、何ができるかもう一回考えてみよう。
きっと闇雲に事業拡大するより、いい方法が見つかるはずだ。
目の前で赤々と燃える炭のように、俺の胸の中には熱い思いが広がり始めていた。
それと老師が炭火で焼いてくれた秋刀魚は、脂が乗っていてすごく美味しかったです。
読了ありがとうございます。
着火剤ふんだんに使って、カセットボンベバーナーでヒャッハーすれば、炭もその男らしさに赤く染まり、たまらず全身を熱く燃えたぎらせます。
しかし新聞紙とマッチで試行錯誤しながら火を点ける風情もまた良いものです。
まぁ面倒くさくなって、「燃やされてえかー!」になるんですけど。
また困った時にお会いしましょう。