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【短編版】長身黒髪で眼つきが鋭く他人には無口で不愛想な筆不精の私が悪役令嬢

作者: aec

 静かな湖畔の傍に建てられた小さなお屋敷。夜になれば湖は黒く、星が瞬く。

 国王様も愛した地として、今でもその静けさと自然が残る場所でもあります。

 私のご先祖様は、そんな国王が愛した地を護る為、代々この土地を護って来たそうです。

 避暑地として、避難所として、逢瀬の場として……様々な役割を持たされてます。

 そして、それは今も変わらず続いているんですねー。


 *****


「ふぁああ~っ」


 大きなあくびをしながらベッドの上で寝転がっている少女……?

 その髪は長く伸びており、まるで長い髪で体全体を覆っているようだった。

 ……まあ、実際に覆っていたりするんだけれど。


「あぁ~、また今日という日が始まってしまった……」


 眠い目を擦りながらゆっくりと起き上がると、私は窓に寄り掛かり、外を眺めながら私は大きな溜息をつく。

 カーテンを閉めていない窓の外では、太陽の光がさんさんと降り注いでいて、とても眩しい。


「お父様も、お爺様も、ご先祖様も。何代にも渡り、この領地を守り通してきましたわ……。なのに……私ったら……寝よ」


 再びベッドに戻り、そのまま枕を抱きかかえて布団を被る私……えぇもう面倒くさかったものですから、こうしてサボろうと思いましたのよ。

 するとその時だ、トントンとノックする音が部屋中に響き渡ると、「失礼します」という発言とは裏腹に、遠慮なしに入室して来る声の主がいたのだ。


 それは、私の専属メイドを務める『ミーア・ルーベルク』という元聖騎士である女性だ。

 ちなみに今では、メイド長も兼任しているらしい。そもそも召使いの人数が足りてないので兼任せざる得ないというのが現状なのだけれども。


 ただ、そんな事より気になったのは、この人は基本的に寡黙だという事です。

 だからいつも無表情だし……正直言って、ちょっと怖いですし、何を考えているのか分からない。

 でも、誰よりも仕事をきちんとこなしてくれてるから、私が何かを言えるような相手ではないのですけどね。


「お嬢様、朝ですよ。朝食の時間が迫っている頃合です」

「私の認識では、夜だよぉ」


 ベッドの中に丸まったままモゾモゾ動いている私は言う。まだ起きる気なんてサラサラないのだと。


「では、私めが、お嬢様に朝を与えてみせましょう」


 シーツの裾を掴んだミーアは、力一杯にそれを引っ張ると、私は勢いよくコロコロとベッドの下へと転落していくわけで


「うぎゃーっ!」


 ドンッ!! という乙女には不釣り合いな音を立てて落ちたものの、やはりこれといった衝撃はなく痛くもなかった。

 丈夫すぎる自分の身体に感謝しつつ、ミーアに向けて大袈裟な演技をする私だけれど……。


「お嬢様、おはようございます」


 平然とそう言い放つ。

 どうやら心配していないらしい事が分かった。……いや、むしろ面白そうにしている事ぐらいは、私にだって分かる。

 やっぱり意地悪ですね!! と心の中で叫ぶ私であったのだけれど、それでも彼女のおかげで毎朝、ギリギリまで惰眠を貪れる事に関して、感謝しかない。


「あ、あ、あり、ありがひゅー」


 ……あー駄目だ、まともに喋れない。

 そりゃそうだよね、こんな寝ぼけた状態でいきなり起こされたんだもの。

 独り言は流暢に喋れるというのに、言葉を発するだけで舌を噛んでしまいそうになる。

 これが毎日続いているせいで、未だに上手く喋る事が出来ないのかもしれない。


「ふぅーっ! ふーっ!!」


 必死に呼吸を整えようと試みるも……あ、無理です。諦めます。

 ミーアが、鏡の前にある椅子に向けて指を差している。

 つまりはそこに座って、黙って身嗜みを整えられろという事でしょう。

 はぁーっ! 全く以ってその通りであります!! 私は渋々立ち上がると、よろよろと覚束無い足取りで歩き出す。

 途中何度も転びそうになったけれど……なんとか辿り着く事に成功しました。

 ふへぇーっ、危なかったぁ~。危うく死ぬところだった。


「失礼いたします、お嬢様」

「あい、どーじょー」


 ミーアが手慣れた様子で私の長い髪を綺麗に纏めていき、ブラシを使い丁寧に髪をとかしてくれる。

 うん、この人は凄いんですよね。

 私の髪の長さって尋常じゃないでしょ? なのにこうやってあっという間に手入れしてくれちゃいますもん。

 普通なら切れ! せめて整えろ! って言われるはずなんですけれど、何故か切らせてもらえないし……不思議。

 まぁ、それは置いておくとしまして、「あぁ~きもちいぃ~」と思わず声に出したくなる気持ちを抑えつつ、私はされるがままに身を任せていた。

 そして、ある程度整えた後に櫛を置くと、今度は化粧台に置かれた小箱から、いくつかの瓶と筆、そして布を取り出すと、素早く準備を済ませてしまったの。


(……うん、いつ見ても完璧だわ)


 鏡に映る自分の姿を見て、つい嬉しくなってしまう。

 先程までは、海を漂う海藻のように、ただ伸び放題に伸びまくっていた髪も今では見違えるほど。

 伸びに伸びた私の髪が見事に編み込まれ、リボンをあしらうことで華やかさが加わり、とても上品に仕上げられた髪型はまさに芸術的とも呼べる。

 ……といっても寝間着のままではあるんだけどね。


 感謝! 圧倒的な感謝を伝えないと! こういう時は、なんて伝えれば良いのでしょうか?

 ありがとう? これは当然だが、もう一捻り欲しい。

 この素晴らしい仕事に対して、もっと讃えるに相応しい言葉を……と考え込む。

 うーんと頭を悩ませるも、いい言葉が思いつかない私である。困ったものだ。

 ただ、そのおかげで寝ぼけ眼が少しだけ醒めたのでよしとしよう。


(そうだわ、この想いを詩にするというのはどうかしら?)


 ふむふむ。我ながら名案だわ。そう思い付き、思考が巡り、世界が加速する。

 今にも頭の中に浮かぶ文字たちが次々と浮かび上がり、文章となって溢れ出しそうなほどに、妄想の翼を広げる。

 えぇっと……まず最初に……この感動とこの溢れるばかりの喜びを余すことなく伝えるために……ふむふむ……この私の心の内に秘めたる思いを率直に伝えなければ。

 ……あ、でも、ここはやはり……お決まりのアレを忘れてはいけない。外してはいけない。外せるワケがない。この一言こそ、私の本音なのだから!

 私の心の中にある感情が爆発する! いざ参る!!


「で、デュフフ……!!」

「……」


 違う! コレじゃない!! 思わず変な笑い声を出してしまう。淑女にあるまじき失態だ。

 コホンッ、ゴホンッ!! 咳払いをし誤魔化すが、もう遅いかもしれない。

 だって既に時遅しめ。ミーアが物言いたげに見つめてくるんだもの。居心地が悪い。


「いつもありがとう、ミーア」

「いいえ、私めの務めですので。『アリスティア』お嬢様」


 感謝の言葉は、シンプルに。それで十分。


 *****


 ミーアが私の身支度を終えると同時に、部屋から去って行く。

 それを最後まで見届けると、「よっこらせっ」と立ち上がり窓際に寄り掛かると大きく欠伸をしながら外の景色を眺めた。

 私の部屋からは森がよく見える。鬱蒼と茂った森の中に佇むのは古城。

 その昔、私達の先祖様である初代様が発見し、今に至るまで監視対象の一つとされて来た曰くつきの建物だ。

 お城は、今でも当時の美しい姿が残されており、私達が護っている土地の象徴ともなっている。


「う~ん……相変わらず、あの城は不気味な雰囲気を出しているよねぇ」


 私には分かるのだ。決して怖いから言っているわけじゃなくて、なんというのだろうか。

 あそこは『人を拒む何か』があるのだと感じ取る。

 きっとあれは、私達が住む世界とは違う場所に存在する。

 それこそ、私達のご先祖様が創り上げし異世界なのだろうと……。


「まっ、こうして見ているだけで、おまんまを貰えているという恩もあるし、文句はないんだけれどね」


 私の言葉に反応したのか、お腹がグゥウ~ッと大きな鳴き声を上げる。まるで返事をするかのように、私の意志とは全く関係なしに鳴り続ける。

 ……ぐぬぬぅ~、恥ずかしいじゃないか! ささっと朝食を食べてしまおう。そうしよう。


 *****


 いつもの様に美味しい食事をおかわりしつつ、満面の笑みを浮かべている私の目の前で、ミーアも淡々と食事を続けていた。……うん、相変わらず無表情。

 でもそれが彼女の素なんだよね。

 時折、こちらを見つめてくる気配があり、そちらに顔を向けると、微笑みかけてくれるから……それだけで満足だよ、うんうん。

 それにしても……どうしてこの国の人間は美形が多いのだろう? 私の身近にも沢山いるのだけれども。

 国王様に王妃様、第一王子。他にも公爵令嬢辺りは、かなりの美人さんだと思う。


(あと、第二皇子だっけ? 第三皇子も居たよね? 確か……名前を忘れたなー)


 うん、忘れた。だって会う機会なんて殆どなかったしね。

 それに比べて、私の容姿は、この国では忌子として嫌われているらしい。

 女性ながらにして他の男性と同等か、頭一つ分、身長が高く、漆黒の髪を持ち、黒瞳を持つことから、魔女の様な扱いを受けてきた。


 とはいえ、あくまで中央から見ればの話であり、家族や、国王様、王妃様は違った。私を愛してくれたのだ。

 特に、母上はとても優しく、父上やお爺様も、私にはとても優しい。

 年の離れた弟も、私の後ばかりついて来てくれていた。

 皆、本当に優しかったな……。私なんかには勿体ないくらいに……。


「お嬢様、そのような寂しいお顔をなさらずとも……」

「だって、この悠々自適な生活は、皆が中央から帰ってくる間だけなのですのよ?」

「お嬢様は旦那様が不在の間、領主代理を務められているのです。それを悠々自適と申されるならば、世の中の貴族の大半が引きこもりということになりますが」

「暗躍とか! 権力争いとか! そういう面倒臭い事が無くなって、心の底からの平和で笑顔に過ごせるね! 平和でご飯が美味しい! おかわり!」

「……はぁ、貴族達からは、それら全ての中心人物と思われているのですが……自覚は無いようですね。流石です」

「何が? あ、これ美味しい! もっと食べたい!!」

「どうぞお召し上がりください。午後からは視察がありますから。ですが、その調子だと、また太られますので気を付けてくださいませ。ちなみに、お代わり二回目となっております」


 私は黙り込みながら、そのまま視線を外す。……痛いところを突かれたわね。

 確かに、最近ちょっと油断していた気がする。これは由々しき事態だわ。

 美味しいご飯が悪いのよ。

 美味しく調理する料理長が悪いのよ。

 新鮮で栄養価のある食材を届けさせる商人の責任なのよ。

 作物を育てている農家の皆様にきちんとお礼をしなければならないのよ!

 悪いのは皆なのだから仕方がないのよ! うんうん!


 ……などと、自分に責任を押し付けて現実逃避していると、ミーアがじっと見つめてきていた。


「ちゃんと私の話を聞いていましたか、アリスティアお嬢様?」


 私の事を、名前で呼ぶ時のミーアは、大抵の場合とても怒っています。

 それは何故かというと、大体は私が聞き逃したり理解出来なかったりした場合。

 つまり、怒られているのです。はい、反省しておりますとも。


「ごめんなさい」


 謝罪の言葉も、シンプルに。それで十分なはずだから。


 *****


(はぁ~……眠いなぁ)


 領主である父上の代理として、届けられた書類と睨めっこしながら、私はため息をつく。

 領地に関する事であれば、私の判断で処理して構わないと言われているので、大抵は承認で突き通す。

 問題は、王都関連になると話が違ってくる。


(中央の政治状況とか言われてもねぇ……正直さっぱりだわ)


 私は別に政治に詳しいわけではないし、どちらかといえば、由緒正しき引きこもりなのだから、詳しいはずがない。

 ただまぁ……そうねぇ……、 例えば今、中央の権力者たちは派閥争いが激化していて大変なのよね? 

 その辺の事ぐらいは何となく理解できる程度にはなっているのだけれど。


「うーん。分からん。パッパに任せちゃお」

「……お嬢様、また旦那様の事を、その様な呼び方をされておられるのですか?」

「んー? だって私の父上は、私にとってパパでパッパなパーリナイな人だから。そう呼んだ時はとても喜んでいたのを、ミーアを筆頭とした使用人達全員が知っているから良いじゃない?」


 私の父上は少しだけ変だ。……えぇっと、少しじゃ済まないかも。うーん、そうだね。少しどころかかなりおかしい部類だと思う。

 領主をお爺様から引き継いだ後も、中央からは未だに帰って来いと催促されているらしいし。

 でも父上は頑として断る。そのせいか嫌がらせのように、中央の偉そうな人から手紙が届くのだ。

 その中には、私宛へわざわざ嫌味を綴った内容の手紙を送ってくる者もいる程だ。


『辺境の魔女』が王子を誑かしているとか、『王家の血を継ぐ者をたぶらかす者よ、今すぐ婚約破棄を言い渡せ』などと書かれた手紙も何度かあった。

 その手紙を読み上げた後の、父上とお爺様は、本当に恐ろしい目つきになっていたのをよく覚えている。


 お爺様も若い頃は中央の騎士団に所属されており、剣の達人でもあったらしく、数々の武勲を上げていたらしい。それ故に、お爺様を慕う部下の人たちは多かったそうな。

 そして中央が誇る『騎士団』を個で圧倒したという。それこそ『騎士殺し』と謳われるほどに強かったとか。

 ……まぁ私が生まれるよりもずっと前の話だけどね。今ではすっかり丸くなられたけれど。


 意外だったのが、弟だ。

 私が中央では、まるで悪役令嬢の如く悪評を受けているのに対して、烈火の如く怒りまくったのだ。……私を悪く言う奴は許さない! って感じで。

「コイツらはお姉様の素晴らしさを! 魅力を分かっていない! こんな連中にお姉様を送り出すぐらいなら、俺が行く!! 俺がお守りします!」なんて言ってくれて。


 もう嬉しくて思わず泣いて抱きしめちゃったよ。

 私の為に、それほどまで怒るほど、私を想ってくれたのだと知って感動したんだ。

 途中から背中を叩く感覚と、耳からは骨がミシミシと軋む音が聞こえてきたけれど、きっとあれは弟が本気でキレていたのだろうと思う。……私のオトウット、マジ可愛い!


「お嬢様、現世にお戻りください。そろそろお昼のお時間となります」

「はっ! いけない、意識がどこかへとトリップしていたみたい。あはは」


 苦笑いを浮かべながら誤魔化している私に対して、無表情のまま淡々と告げてくるミーア。

 そういえば彼女は、父上が中央から連れて来られたのだけれど……。


「ねぇ、ミーア。どうして貴女は、この様な辺境の地で私専属のメイドとなったの? 聖騎士であれば、本来は国王直轄部隊の騎士なのでしょうに」


 そんな私の疑問に、ミーアは表情を変えること無く口を開いた。


「私の仕えるべきお方は、お嬢様のみ。お嬢様以外の方に忠誠を捧げるなど、考えたこともございません。私如きの存在で良ければ、幾らでもお使いくださいませ」

「ミーアっ!!」


 なんと素晴らしい忠誠心だろうか! 流石はパッパ! この様な人物を連れてくるだなんて!


「ところでミーア」

「はい、何でございますか? お嬢様」

「お昼ご飯は、何?」

「サンドイッチにございます」

「ふーん。パンとハムに野菜を挟んだアレね。嫌いな食べ物は特に無いわ。うん、今日も元気だご飯が美味しい!」

「それは良かったです。視察に向かう道中でのお食事になりますが」

「まるでピクニックね! 楽しそうな予感がしてきたわ!」


 *****


 午前中に書類を片付けて、午後からは、私とミーアが領地内にある村へ。

 その前に、普段着から着替える必要がある。

 移動手段は、馬車ではなく徒歩であり、道中現れる魔物に対して武装準備が必要という事もあり、それなりの服装にする必要がある。

 ドレスをアレンジしたものを身に纏う。

 長めのマントを装着している為、二重スカートのようにも見えるが、利便性が高くて愛用している。何より可愛いのだ!


 そこへ、ミーアの手によって、胴体、肩当、腕当、脛当、ちょっぴりヒールが付いている足靴が着用される。


「お嬢様。こちらを」

「うん、ありがとう」


 鏡の前に立てば、そこには、黒髪に黒瞳の私の姿が映し出されている。

 身長は185cmから190cmほどで、すらりと手足が長くスレンダーな体形をしている。

 顔立ちは、少しばかり童顔であり、実年齢より若く見られがち。

 髪は長く艶やかなストレートでサラリと揺れる様は綺麗だと自分は思う。

 それをサイドで纏め上げてリボンで結ばれているのだが、それがアクセントになって可愛らしさを増している。

 ただ、一つ。問題があるのだ。


(……胸が……寂しい)


 悲しい事に、母上のご立派なお胸は、遺伝されなかったようだ。……ぐすん。

 いや、決して小さくはないよ? 平らじゃないし、うん。

 むしろ身長を考えれば、平均値よりは大きいほうだし。でもさ? こう、何か足りないような気がしない? 心境的に。


「お似合いですよ、お嬢様」

「ありがとう、私専属のメイドさん。……ねぇミーア。私、やっぱり男装した方が良いのかしら?」


 私は鏡をジッと見つめながら思案する。

 この身長は、時に男性の尊厳を著しく傷つけるものでもある。

 だから私の場合はどうなのかなって思って訊いてみたの。

 ミーアは、私を見てから静かに首を横に振る。


「いえ、その必要はないでしょう。旦那様が申されたように、今のお姿こそがアリスティアお嬢様に相応しい姿でございます」


 ミーアの言葉に、私は安堵の息を吐く。


「そっか、それなら良かった」


 ほっと胸を撫で下ろす私を他所に、ミーアは、じっと私を見つめる。


「ただ……もしも男性になりたいという事であれば……私は……」


 そう口にして言葉を濁らせたミーアは、何故か顔を赤くして目を背けるのだ。

 一体、どうしたのだろう? 私が首を傾げていると、彼女は頬に手を当てながら呟いた。

 それは小さな声で囁かれたものだった。


「…………私は、アリスティアお嬢様に愛して貰えるのでしょうか?」

「今のままでも愛しているけれど? 貴女の事は大好きよ?」


 突然の問い掛けに対し、私は間を置かずに即答で返した。だって嘘偽りのない本心なのだから当然である。

 その答えに満足してくれたのだろう。とても優しい笑みを浮かべてくれたのだ。


「ミーアも普段からその表情を見せればいいのに、可愛いんだから!」


 普段は無感情に近いのだけれど、稀にこうして柔らかな笑顔を垣間見せてくれる時がある。その時の彼女の美しさと言ったら、もう、たまらんよぉ~。おほほぁ。

 おっといけない、また変態モードが入ってしまう所だった。


「この様な姿をお見せするのは、お嬢様だけでございます。私にとってはお嬢様が世界の全てであります故」


 そう言ったミーアの顔が真っ赤に染まったかと思うと、彼女は慌てて踵を返し、「では行きましょう」と言いながら早歩きで行ってしまった。


 *****


 視察をする村へと向かうため、整備された街道を進む私たち一行。

 ミーアが先頭にして進み、周囲に油断なく警戒を払ってくれている。

 本来ならば馬車で移動するところを、敢えて歩くことにしたのには理由があった。

 理由は簡単。私の身体を鍛える目的も含まれているからだ。

 とはいえ、体力が無いからという理由では無く、ミーアから太るという事を心配されてしまった事が主たる原因だけど。

 ともかくとして、領主代理を務める者としては、いざという時の為にある程度の自衛能力は持っていないと駄目だという父上からの指示に従っているわけである。


(父上なりの配慮なんだろうけどね)


 何事も経験だと言って、私に何かと行動をさせてくれる父上の意思なのかもしれない。


「お嬢様」


 不意にミーアの声が届くと同時に前方へ手を向ける。

 指先が示す先、街道脇にある茂みの中から突如として姿を現したのは、一頭のイノシシであった。

 牙の鋭さが目につく獣は、血走った眼光を私たちへ向けながら荒々しく呼吸をしている。

 恐らくだが、食料を探してさまよい続けていたのだろうか? しかし、その目線の先に映るのは私たちの姿だけ。


「お嬢様、戦闘準備を」

「うえーい。私が受け止めるから、ミーアはいつもどおりお願い」


 私の返答を聞いたミーアが無言で首肯するのを確認した私は、背中に背負っていたタワーシールドを構える。

 本来であれば、男性すら全身が隠れる程の大盾なのだが、私の筋力であれば余裕で扱うことが出来るので問題ない。

 重さ? それって筋肉の前では紙切れみたいなものだから大丈夫だもん。ぷんすか。

 私が不貞腐れていると、ミーアが剣を取り出し構えたのを確認してから、迫りくる猪に対して向き合うのであった。


 私の役目は防御。その為の装備と役割なの。

 だからね、イノシシ如きでは絶対に倒れちゃいけないの。例えどんなに苦しい状況でも。

 何て言うかさ、私にしか出来ない事なんだって思うんだ。うん。

 だって他の誰でも無く、私自身が『アリスティア』だからこそ、出来る事だから。……そう考えるとちょっと楽しいよね!


「おっしゃ! 来いやー!」


 そう口にしながら私は気合を入れて仁王立ちし、イノシシが勢いよく飛び込んでくるタイミングに合わせて、しっかりと受けとめたのだった。


「よし、上手く行ったわ!」


 ガツン! っとぶつかった瞬間に感じる激しい衝撃。

 だが、それだけだ。多少後方へ押し込まれるが、両足をしっかり地に着けて耐えることは出来ている。

 そう思った途端に、押し込まれていた感覚は消え、イノシシの悲鳴が聞こえた後は、横向きに倒れてピクリとも動かなくなってしまった。

 私は盾を腕に取り付け、倒した獲物の方へ歩み寄る。

 するとそこには、額から血を流しながらも気絶したイノシシが転がっているのが見える。

 ミーアに確認してみる。


「ねぇミーア、これってどういう状況?」

「お見事でございます。お嬢様。見事にイノシシを受け止めた際に、魔物の方が衝撃に耐えきれなかったようです」


 なるほどね。

 どうやら魔物の方からすれば想定外だったみたいだね。まぁいいや、ラッキー!


「村の人達に持っていけば、きっと喜んでくれるわね!」


 そんなわけで私は早速、討伐の証拠を持ち帰る為に、イノシシを持ち上げて村へと向かう。


「ミーア! 早く、早くっ!」

「お嬢様、私はいつも思うことがあるのです」

「どったの? ミーア?」

「お嬢様に、ほんの僅かな野心と、見知らぬ人に対して緊張するあまりに人を睨みつける癖と、不愛想で無口にならず、書簡をマメに返答する方であればと」

「えぇ……そんな完璧な人間がいたら、私怖い」

「……お嬢様の完璧基準について、私は頭が痛い気持ちになります」

「まぁ、ミーアの言いたい事は、こんな私でも僅かながら察する事が出来ますよ。でもさー」


 私はミーアの目を真っ直ぐ見つめると、こう口にするの。


「完璧になれなくてもいいから、今の生活を護りたいなっ。ミーアとこうして視察に出掛けられるのは、私の楽しみだし!」


 私にとってミーアとの時間は特別で大事なものであり、それはかけがえのない大切な宝物のようなものなの。……うぅん。やっぱり私は我ままだ。ごめんなさいミーア。

 私の言葉を聞いて一瞬キョトンとした表情を見せたミーアであったが、次第に微笑んでくれたのだ。その笑みの眩しさと言ったら……っ!!


「ささっ、早く村に向かって、パーティー開いてもらおうぜい!」

「ふふ、仰せのままに」


 ミーアは口元を隠しながら優雅に会釈したのであった。


 *****


 辺境の地ということもあって、ここの村は小規模だ。

 到着すると村長が迎えてくれて、担いできたイノシシを村人総出で村の中心まで運んでくれる。


「アリスティア様。わざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」


 深々と頭を下げてくる村長に、私はミーアを通じて返答する。


「お嬢様が、領主代理とはいえ、彼方がたの主だから当然ですと申しております。そして、あのイノシシは、村で活用して欲しいとの事」


 このやりとりをしたのは何度目になるのかしら? ミーアからイノシシの説明を受ける村長さんは、とても嬉しそうな顔をしているように見える。


(あ~良かった。どうやら納得してくれたみたい)


 このやり取りをするたびに胸を撫で下ろしていたのだが、今回は特に安堵していた。

 私が未だに人慣れしていないせいで、皆に迷惑をかけてしまっているから申し訳ないのである。

 たださ? 私は領主の令嬢として相応しい行動を常に求められていて、それに応える為には頑張らないといけなくて……。

 頑張っている自分が嫌いじゃないんだけれど、たまには楽をしたいなと思う事があって。


 容姿はともかく、内面は自分自身の問題だ。だから自分で解決しなければならないのだ。

 ……でも、凄く難しい。

 そんな事を考えていたら、私の足元にしがみつく子供たちがいる事に気が付いた。

 ……何故だろう? 彼らは私の顔を見ても怯えた様子は無いような気がする。


「アリスティア様! あれやっつけたの!?」

「すごいすごーいっ!」


 キラキラと目を輝かせて興奮気味に口々に褒め称える子供たちを見て困惑してしまう。

 もしかしたらだけど。

 子供だから私の威圧感を感じ取っていないのかなと思ったの。


(もしそうであるならば嬉しいな)


 だって、私の外見が恐ろしくて泣いて逃げられてしまうと、やはり悲しい気分になってしまうからだ。

 だからそうではないという事実はとても安心できるものだった。

 村長が止めようとするが、ミーアが引き止めてくれている。

 一歩を踏み出すなら、今しかない。


 私は膝を折ってからしゃがむと、一人一人の目を見つめる。最初に手を伸ばすのは目の前にいる女の子。

 そっと手を差し伸べると、優しく頭をなでてあげた。


(どうか、怖がらずに私に接してくれるといいんだけど)


「わーい! アリスティア様にナデナデされた!!」


 はじける笑顔を見せる少女に対して、私は戸惑いを覚えてしまう。

 私の手を握って離そうとしないので、「えっと……」と言い淀んでいると……突然、男の子たちが声を上げ始めたの。


「ズルいぞーお前らだけー! 俺たちもアリスティア様に撫でられたい!」

「落ち着いて。アリスティア様は消えたりしませんから、慌てちゃダメよ。順番に並んでね?」


 ミーアが声を掛けると、全員が大人しく従ってくれました。

 その様子を見ていた他の子たちも慌てて私の前に列を作る光景は何と言うか……うん。

 子供ってとても可愛らしい。


 *****


 イノシシ肉がふんだんに使われた宴に、私とミーアも招待されて参加する事になった。

 その間も、子供たちは、私の周りから一切離れようとしない。

 服の裾からスカートの端、はたまた調子こいて肩に乗せてあげたものだから、この村で一番高い視線から眺められる事を楽しんでいる。


(本当に元気いっぱいね)


 子供達は、よく話しかけてくれるが、私は首を振るぐらいしか出来ない。

 だけど、そんな事はお構いなしで、子供たちは皆、笑顔を見せながら話しかけてくれた。

 私は不思議に思って、思わずミーアの方を向き、小声で喋る。


「(どうしようミーア。私、何でこんなに懐かれているの?)」


 彼女は少し考えるように顎に手を当てる。


「(該当する事が多すぎて絞り切れません)」

「(……え? そんなにあるの?)」


 私が問いかけるとミーアが首を縦に振る。

 まじか。そんなにあるんだ。ちょっとショックを受けたよ。


「(お嬢様はよく屋敷を抜け出して散歩に出掛けてましたよね?)」


 ミーアの指摘通りでございます。はい。ぐうの音も出ませんわ。


「(その時に、突如現れた魔物を討伐して、家に持ち帰るとバレるからと近隣の村に放置して逃げ出したとか……他にも……)」


 ミーアの言葉を受けて項垂れるように私はうなだれた。はい、その件については反論できませんわ。

 ……え? もしかして、私の悪行を咎めに来たのだろうか? 私は覚悟を決めた。

 どんな罵りであろうと甘んじて受けると決意してミーアの顔を見ると……彼女は微笑みを返してきたのだった。

 そして、優しい口調で言う。


「(近隣の村人達は皆、村の脅威から救って頂いた事を、お嬢様に感謝しています。お嬢様の行動があればこそと……そのおかげで救われたものがいるという事でしたよ。決して責めるものではございませんでした)」


 ……ミーアの言葉を聞き、尚の事、家から脱出して散歩していただけでしたとは、なかなか言えなくなってしまった私だった。


 *****


「アリスティアお姉ちゃん! また来てね! 絶対だよー!」


 宴もそこそこに、私達は帰宅をしなければならない時間を向かえ、村の出入り口からは子供たちが、大勢、無邪気に笑いかけながら手を振って別れを告げて見送ってくれていた。

 私も精一杯の勇気を出して、手を振り返してみると……皆が笑顔で応えてくれる。

 その姿が凄く嬉しかった。私は胸が高鳴る感覚を覚えると共に、自分の気持ちに変化がある事に驚いてしまう。

 最初は怖いと思ったけど、こうしてみると全然そんな事はなく、むしろ楽しくてしょうがないのだ。

 私はもっと、色んな人に心を開いてもいいのかもしれないと思えた。


 それは今までにない感情の変化であり、私はそれを噛み締めるように、心に刻み込んだのであった。

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