ある日超人的な能力が出来たとして
超人的な能力を授けられるお薬を通りすがりの高次元生命体から貰った。普通は思うだろう、これがあったら自分はすごい人になれる、夢にまで思い描いた自分になれる、きっと素晴らしい日々が待ってるに違いない、ハーレムでウハウハだ、とか。
だが俺が思ったのはただ一つ。
痛みから解放されたい。
何の痛みなのか、それは胃痛と腸炎である。ストレスを受けるたびにもう痛くてたまらない。絶対長生きできないだろ、これ。なんて思って、もう血を吐いて倒れたので、サラリーマンもやめて、親戚が住むカナダまで来て喫茶店の手伝いをしながら生活している。
親戚のおじさんはカナダ人女性と結婚して二人も子供がいるんだけど。
俺はそんな家族団らんを遠目で眺めながら、体の調子が良くなるのを待ってる。
それももうこの薬で終わり。
一気に飲んだ。すると力が湧き上がってくる感覚…、はしない。鏡を見てると随分と格好良くなった自分が立っていたけど。主に筋肉。
顔は…、顔の筋肉も引き締まって印象が違って見える。ちょっと抜けていた髪の毛も生えて。背もちょっと伸びた?
そして嘘のように痛みが引いてゆくのがわかる。少しひりひりとした痛みがあったものがすっぱりとなくなっていた。
これだけでよかったのにな。別に筋肉が育たなくても…。それで超人的な能力のところはと言うと。試してない。
試す理由がない。これでスーパーヒーローになるとか。現実では何があるかわからないんだから、自分から危険に飛び込んでまで何かしたところで、それが原因であっさり死んでしまったらどうするの。
せっかく高次元生命体からいいものを貰ったんだから、謙虚につつましく生きるところでしょう。
そう思っていた、あの日までは、なんてことにもならないから。
まあ、ボディビル大会とかに出てみるとか、スポーツ選手になるのは考えなくもないけど。有名になりたいわけじゃないんだよね。
俺は結構引きこもり気質なのである。
だから超人になった今でも普通に喫茶店で働いてるし、喫茶店の三階にある俺と猫が二匹住んでる家でゴロゴロしながらシフトの時以外はゲームをしている。
ゲームにかかるお金はもう少し稼いだ方がいいかもしれない。ネットで流行りのガチャゲーとか見てるとたまにやってみたくなるけど、全然やってないんだよね、あまりお金ないから。サラリーマンのころは家賃と光熱費と将来のための貯金と交通費と食費を抜いたら月四万ほどしか残ってなくて。
それで休日に映画みに行ったり友達とカラオケ行ったりフィギュア買ったり漫画買ったりゲーム買ったりすると殆ど全部なくなるんだよね…。
けどガチャを回したいなと思って。ここでの生活は、そんなにはお金がかからないんだけど、特に家賃がただなので、おじさんが太っ腹と言うか、小金持ちと言うか…。
バイト代はそこまでじゃないから。サラリーマンの時より当然少ないし。
やっぱボディビル大会に出てみないと行けないのかな。あんまり詳しくないんだよね。それと筋肉は確かについてはいるけど満遍なく、そんな大きいわけじゃない。服を着たらわからない程度。
それにインチキみたいな気がするし。頑張ってやってる人に申し訳ないというか。
じゃあ力仕事とか…。カナダは木こりとか多いと聞くけど。でもやっぱり怖いんだよな…。何か事故でも起きたらと思うと。都会で筋肉を活かせる仕事はあまりないかもしれない。
後は女性向けのストリップクラブ…。別にアジア人だからと嫌われることはないと思うけど、逆にそれでいいのか俺…。さすがに超人になれる薬飲んでストリップクラブでブーメランパンツ着て脱いでます、とか。シャレにならないぞこれ。
と言うか能力試してないんだよねいまだに。もう二週間経ってるけど。体も自分だけ見て満足して、特に誰かに見られたこともない。
従妹のオリビアとジェニファーに腕を触れたことはある。筋肉固いって驚いてたんだよね。二人ともまだ十歳と八歳で対象年齢じゃないから、まあ普通におっさんとしての喜びはあったんだけど、それくらいかな。
モデル?モデルね…。モデルの仕事って、保険とかあまり効かないし、契約条件も厳しく、競争率も高ければ男女関係なくセクハラされまくるという話をどっかで聞いたことあるんだけど。
普通に体の調子が良くなったからサラリーマンに復帰するのも…。いや、今更戻りたくないんだよね、サラリーマン生活。会社にもよるんだろうけど、俺のいた会社は一人に押し付ける仕事の量が半端なくて。もう毎日が大変。残業代も出るし、勤務時間もある程度は自分で決められるとは言え…、周りからの圧力に押されて結局残業代もらいながら夜間まで働くことになるから。
家で遊ぶ時間が欲しいっていうのに。これなら家賃の安い田舎とかに行って、バイトして生活した方が全然楽なんじゃなかろうかと思うほど。なんか支援金出ていたような。
けど日本に彼女いるわけでもないし、学校の時はずっと陰キャで通ってて、オタク友達は何人かいたけど、卒業して大学を都会の方にしてからはあまり連絡しなくなったんだよな。
大学入った時点での生活もずっとボッチで。別に可愛い彼女とかは、自分の性格的な意味で期待してないけど、冗談のうまい友達とかフレンドリーな先輩と馬鹿をやる生活とかは少し憧れてたんだけどな…、ラノベでそんな話読んだことあるので。
カナダは女性が結構フレンドリーな気がする。彼女作る?筋肉を武器に彼女…。
違う、その前に能力を試す。我ながら優先順位低すぎる気がしてならない。
全く、高次元生命体に申し訳ないじゃないかと。
自転車に乗って都会からちょっと離れる。もうこれだけで気持ちいいんだけど。普通に早い。脚力が上がっているのが実感できる。脚力も上がってるし、疲れないし。
人気のないところまでひたすら走る。時速八十キロは出てるのではなかろうか。まだ全力の半分にもなってない気がするのにこれだよ。
森の近くに自転車を止めて、ジャンプしてみる。せっかくだから全力ジャンプ!これで、どうだ!
ええ…。パーンって音がした。顔から弾ける空気。痛くも痒くもない。
多分だけど、今。俺は成層圏ほどまで飛んでいる。
いくら何でもこれは予想外だよ。やりすぎでしょう、高次元生命体。通りすがっただけなのに、こんなのどうしたら。と言うか落ちる落ちる…。と思って止まれと念じたら止まった。
もしかしなくても…。飛べるの?飛べる!と言うか呼吸はどうなってる。空気薄くなってるはずなのに全然大丈夫なんだけど。
だが俺はもう何も考えない。ただ自由に空を飛び回る!
俺は、自由だ!
なんて心の中だけで思いながら三十分くらい青空を飛び回った。目からレーザービームとか出たらもはや完全にスーパーマン…。と思ってレーザービーム出ない?と思った瞬間目の奥が少し暖かくなって、目から青いビームがブーンってお音を立てて出た。
あ…。マジでやばい…。それでも実験は大事だと破壊力を試すため、流れる小川に撃ってみたら。
ジュワーっという音と共に膨大な量の水が蒸発した。
やばいやばい…。
俺一人が戦略兵器になっとるやんけ。戦術兵器の領域を越えちゃうやんけ。
幸い周りには誰もいないのかな。気になったのでズームとかできないのかと見てみたらズームできるし。目がいいってレベルじゃない。もう数十キロメートル先の粒まで鮮明に見える。
ただのスーパーマンじゃん。スーパーマンになる薬じゃん。体とか刃物取らないんじゃないの?防弾とかは基本性能としてあって?
だが俺はいきなりいきり野郎にはならないのである。怪しい薬を飲んで超人になったからといきり始めたらそれはもう、ただの迷惑な奴だよ。それに俺の中二病はもっとこう、こんな超人ではなく格好良く詠唱して魔法をぶっ放すとかそんな感じだから。
全然舞い上がってないし?
なんか目立ったら、色々責任とか出てきそうでちょっと嫌なんだよね。政府に監視されるのは当たり前。国が俺をめぐって争いを始め…。やめて、俺のために争わないで!とか。
いやいや。
そう言うのいいから。静かに暮らしたいだけだぞ、こちとら。ただ静かに、縁側に座って燥ぐ子供たちを眺めながら、ばあちゃんと手を繋いで。
大きくなったわね、とか言われて。ああ、大きくなったのう、とか言って。そんな夢のような生活(?)。マイドリームががが…。
だがまあ、別に俺が何かしなければならない理由にはならない。まあ…、近くで誰かが困ってたら助けるかもしれないけど。そのためにマスクとかするべきか。
正体ばれたら大変なことになるもんね。と言うか絶対知ってて人を困らせるため力を授けたのではなかろうか、あの高次元生命体。見た目はただのクトゥルフ神話に出てきそうな感じだったし。ちょっと色合いだけ神々しい感じはしたけど。
なんか俺以外にもこの手の力を持つ秘密組織とかあると話が違ってくるかもしれないけど。地球に帰還した異世界出身の勇者連合とか。
俺は勇者でも何でもないが。誰も救ったことのないただの一般ピーポー。
海水浴に行って筋肉自慢をする気にもならない…。
と言うか外を出て、もし誰か困ってたら絶対手を貸すと思うんだけど。トラックにひかれそうになった子犬を見て放っておける?放っておけないじゃん。絶対助けようとするじゃん。それでトラックを持ち上げたらどうなるよ。やっぱ顔隠すためのものをずっと持ち歩かないと…。いや、そもそもこのご時世、運悪くどっかのカメラにマスクをする場面が映って素顔がさらされたらその時点で終わりだよね。
結局強制的に引きこもり生活を強いられる俺。
いや、普通に救っちゃおうか、開き直って。顔もそのままにして。
それで誰かに聞かれた知らんぷりして。
そんな都合のいい話あるか。せっかくだから相手の記憶を操作できる能力とかもセットでついてきたらよかったとか。
このまま普通に異世界召喚された方がいいんじゃないかとか思いながら、ちょっと悶々とした気持ちで一週間を過ごしたころ。
それはやってきた。魔法陣!俺今カナダにいるんだが、カナダからも召喚はあるんだね。俺は一瞬で手紙を書いた。ちょっと自分探しの旅に出ます、探さないでください。と
もう二秒もかからない、俺だからできる早業。魔法陣に乗って目を瞑ってから開けると。
そこはただの学校だった。
校舎の中庭と言ったところか。
中世ヨーロッパの大学みたいな雰囲気と作りをしている学校で、男性ばかりなので多分男子校かな、そこでは召喚術の訓練をしていたようだけど。
たまたま俺が呼ばれていた模様。
目的があって召喚したわけじゃないんかい。
召喚することそのものが目的だったんかい。
「人間が呼ばれたのはこれで三階目ですね、戻してください、ジョナサン君。」
そう教師が言ったら、召喚をした男子生徒が俺を戻そうとしたので。
「ちょっと待った!」
俺は待ったをかける。やはりこの機会を逃すわけにはいかない。
「何かね。異世界の勇者だの、そう言う話なら聞き飽きているけど、君もその口の人間かな。」
「俺は、こんなことも、できるんだぞ。」
目から空に向けてビームを出し、空を飛んでみて、ものすごい早いスピードで移動して見せたら。
ポカーンと口を開けて見てる。
「ほら、俺は何かに役に立つかもしれないぞ。」
俺はこんなグイグイ行く性格ではないのだが、あの現代社会で超人的な能力を持つと有り余るだけだから、必死にならざるを得ないのである。
「だ、だが…、我々の世界には特にこれと言った脅威は…。」
あ、怯えてる。ちょっと俳優さんみたいに格好いい中年男性の教師が俺を見て怯えてる。
「別に危害を加えるつもりはありません。俺だからできる仕事とかないんでしょうか。」
「仕事、仕事か…。」
てなわけで、俺は魔物が跋扈する森林にある城塞で魔物を定期的に駆除するようになった。と言うか魔物とか言ってるけど、ただの動物じゃん。ちょっと大きいだけで。ちょっとと言うか、高さ六メートルを超える猪とか八メートルの熊とか普通に脅威ではあるんだけど。どうなってる、この星の生態系…。
可愛い妻も出来て、ここでの生活はおおむね満足はしているが。
と言うかこの城塞、俺と妻しか住んでない。
子供は相手がエルフだからか出来にくいみたいだ。
俺の寿命はどうなるか気になるところだけど。
エルフの妻曰く、自分と同じかそれ以上に長生きできるらしいんだけど。体内の魔力の循環云々。俺はこの世界の住人じゃないから知らんぞ。
やはりね、有り余る力は有り余る力を使うにふさわしい世界でないと。
そう思う俺であったんだとさ。