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戦槌《ウォーハンマー》の 大主教《アークビショップ》 が  無双します!  作者: 日傘差すバイト
第一話 『戦槌の上級神官《アークビショップ》』
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『冒険者のお仕事』




翌日の早朝。



今回の仕事は、デルバン坑道と街を行き来する荷馬車の護衛ということで。

テッドが馬車の停留所に着くと。

既に依頼主の、御者と、アプリコットが待っていた。


デルバンで採掘した鉱物を載せ、またエンカロープに戻る、という予定のため、馬車の荷台はまだカラッポだ。

そして、荷台を引くのは、小型竜族の中で、翼の退化した|地竜ウムスエクィテス――通称『(ウマ)』だ。


与えられた飼料をモグモグしている馬。

その周囲を見渡せば、当のヘレニウムはまだ不在だった。


「――あいつはまだ来てないのな」


「はい。ヘレニウム様でしたら、毎朝、聖堂教会の仕事もありますから」


「そういうあんたは教会に行かなくていいのか? あんたも神官だろう?」


「わたくしは、駐在派遣ではありませんので」


そんな会話を聞いて、依頼主は驚く。


「ヘレニウム様って、もしかしてあの、『赤き鉄槌のヘレ』様ですか?」


その呼び名について、アプリコットはまだ知らないせいか。

え? と言う反応で。


テッドが答える。


「ああ、たぶん。そうだが?」


「そうですか」


どこか残念そうな不安そうな御者にテッドは尋ねる。


「なにかいけないのか?」


「いえ。ただ、あんまりいい噂を聞かないもので」



「へぇ。例えばどんな噂だ?」


「……それはまぁ……」


言いよどむ御者だが、テッドもある程度は酒場のバーテン等に情報を貰っている。

だから、どんな噂があるかは、多少知っている。

例として。

「――聖堂の仕事をあんまりしてない、とかか?」


「ええ。はい、噂では3日に一度くればいい方で、すぐにどこか行ってしまうらしいですね。それで病人の方たちが困っているのだとか」


それに、アプリコットは、早口につっかかる。

「それは当然です。あの方はグラッセの大聖堂の中でも選ばれたお方なのですから。本来治癒業務(ヒーリング)は現地の上級司祭(ハイプリースト)以下の神官が務めるものです。本来このような辺境に居るべき身分ではないのです。その証拠に、あの真っ赤な礼装は、枢機卿(カーディナル)様がヘレニウム様のためだけに特別に仕立てられたと聞いています」



「じゃあなんのためにこっちに来たんだ?」

それはテッドからアプリコットへの問いかけ。

御者は、そうですよね、とテッドに賛同する。


「きっと、特別な事情がおありなのです。もしかしたら、大主教(アークビショップ)以上の階級(クラス)への修練なのではないでしょうか?」


「アレ以上? ……」


思わず、テッドは首を傾げた。

ハンマーで魔物を殴り倒す様を思い出し。

どう考えても、神官の階級に関わるような話ではない、と思うからだ。


「ああ、でもそうだな」

しかし、テッドは一つだけ、御者に約束できることがあると、思い当たる。


「安心していいとは思うぜ。なんせ、アイツはオオムカデを一撃で殴り倒すからな」


「なんと……。やはりヘレ様の全身が真っ赤なのは、返り血を隠すため、というのは本当なのでは?」


そんな話をしていると。

噂をすれば影が差すというやつで。


ヘレニウムが合流し、準備を終えて出発するという運びになった。




――――



道中、デルパンまでの行きは、何もなく平穏だった。

それは当然の話で。

空っぽの荷馬車を襲うアホな盗賊が居ないだけだ。



つまり、



「やはり、来たか!」




そんなデルバン坑道からの帰り道。



テッドとヘレニウムが気付いた瞬間、街道両脇の叢から、矢が、幾つも放たれた。


「ひぃ!?」


矢は、全て業者を狙ったものだった。

その矢を、アプリコットの『天恵』が弾いて防御する。



そして、驚いた地竜(ウマ)が立ち往生してしまう。



やはり盗賊たちは、依頼者の危惧する通り、エスカロープに戻る荷馬車を襲ってきた。


金、ミスリル、ウガヤ銀と、まさに金銀財宝を乗せた荷馬車が目を付けられるのは当然のことだっただろう。




そして。


荷馬車から降りたヘレニウムたちの前に。


周囲から、ガタイの良い男たちがぞろぞろと姿を現した。


「――命が惜しかったら、積み荷を置いていきな」



そう、何の面白みも無い定型句で。


それに、

「なんですかこれ? 話と違いますけど?」


対する、ヘレニウムの開口一番は、そんな不満の一言だった。







盗賊たちの手には、一人残らず短剣や曲剣が握られていた。


ヘレニウムの第一声はそこだ。


ハンマーを持っている盗賊は一人もいない。



『なんですかこれ。話と違いますけど?』

振り向きざまに放たれた。

そんなセリフの矛先は、テッドだった。


組合のカフェテリアで、全員ハンマーで襲ってくるかも。

なんて言ったテッドへの失望だったらしい。


「ああ。まぁ、そういうこともあるさ」


大剣を構えながら、テッドはヘレニウムを宥めにかかるが。


「あなた。メインウェポンはどうしたのです」


メイスではなく剣を手にしたテッドに、ヘレニウムはさらに機嫌を悪くする。


「お、おう……そうだったな」

テッドは慌てて、剣を鞘に戻してメイスに持ち替える。


「まったく……なっていませんね」

ヘレニウムはジトっとした物言いで、テッドの分の苛立ちをも、視線に乗せて。

盗賊たちを、強く睨めつける。



そんな二人のやり取りを、杖を構えたアプリコットが応援している。

その傍には、御者の姿もある。


「依頼主様と、荷馬車の防衛はお任せください」



「つっても、結構な数で来たな」


自然と、テッドは荷馬車後方。ヘレニウムは荷馬車前方を受け持つ形になりつつある。

前方10人前後、後方5人前後。

草むらの中や、木の上に3人といったところだろう。


武器を構えるヘレニウムたちに、


「抵抗するってんならしょうがねえ」


ぴゅい~。


そこへ。

指笛が鳴り、それを合図として、盗賊たちは一斉に荷馬車に襲い掛かってきた。

荷馬車に、依頼主を狙う矢が降り注ぐ。


それを、アプリコットの『天恵』が防衛する。


下級神官(プリースト)の少女が展開する『――下位天使級(アンゲルス)守護法壁(プライシディウム)――』の陰に隠れて、依頼主は、自分を狙う矢に、ひぃひぃ悲鳴を上げた。


けれど。

矢は全て弾き返されて用を成さない。

これが本来の、神官の戦い方というものだ。


一方。


荷馬車の前方では。



鈍い音が響き渡っていた。

生々しい音が。

何度も、何度も、何度も。


革鎧の上からハンマーの強烈な一撃が、内臓をえぐり潰し。


金属鎧の上から、ハンマーの痛烈な一撃が、凹ませた甲冑ごと筋肉を押しつぶし。


時には、盾すらも打撃力として使用し、追撃のハンマーで頭蓋を叩き割る。


一撃で、オオムカデの装甲を撃ち砕く少女が、非力であろうはずがない。



ヘレニウムは。

あっという間に、9人の盗賊を、わずか9打で叩きのめした。


「く、くそったれが!」


襲い来る10人目の剣撃を、盾でいなし、『膝』をハンマーでたたき割り。

「うごっ!」


よろよろと。

剣を杖に立とうとする盗賊の、その支え(ツルギ)をハンマーで撃ち飛ばして、明後日へ吹き飛ばす。

からんからん、とくの字に曲がって破損した刀剣が、地面をすべって転がった。


「……次に蛮行を働くときには、せめて、打撃力(ハンマー)を持ってくるのですね」


ゴキッ。


10人目の頭に、トドメの一撃がめり込んだ。


どさりと崩れ落ちる。




その様子を見るアプリコットは、感動を覚えていた。

「凄い……『天恵』すら使わずに……! さすが上級神官(アークビショップ)様は格が違います」


逆に、テッドは呆れていた。


「……アレはもう『格』が違う、っていうより、『仕事』が違うんじゃ?」

もはや、神官と言うよりは戦士だと。



そう言いながら、襲い来る盗賊を、テッドは、握るメイスで迎撃する。

ヘレニウムが言う通り、その『鈍器(メイス)』は、敵の防具をものともせずに、内部に痛痒をもたらした。


手ごたえから行って、骨の一、二本砕け散っただろう。

のたうち回る盗賊を見て。


へぇ、とテッドは感心する。


「メイスって意外とつえーんだな」


そんな感じで、テッドも後方の5人をメイスで叩きのめした。



「よし、終わったぞ」


振り返る――、とヘレニウムが居ない。


「あれ? あいつはどうしたんだ?」


「ヘレニウム様でしたら――」


アプリコットの視線の先、その叢の中で、痛々しい打撃音が響き渡る。

犠牲になっているのは当然、弓を撃っていた伏兵だ。


「……容赦ねえな……本当に神官か、あいつ」


ちなみに、木の上に居た弓使いは、アプリコットが防衛の片手間に、『神聖なる光矢サンクトゥス・サジータ』の『天恵』で、既に叩き落としている。





そして。

草むらから盗賊二名を引きずって戻ってきたヘレニウムは、半死半生の身柄を、他の盗賊たちの所へ放り投げる。


致命傷に近い者も多数いる中、まだ死んだ者は一人もいなかった。

それは、ヘレニウムのさじ加減によるものだ。


なぜなら。

その先の予定があるからである。


ヘレニウムは盗賊たちに呼びかける。

「さて、治療を望むなら、一人1万グランで引き受けますが、どうしますか?」



グランは、この世界の通貨単位であり、1万と言う数字は、成人男性が首都圏で一般的な生活をしたとして。


1か月の食費の『1/3(さんぶんのいち)』ほどになる。


「……こ、このアマ……!」


比較的元気な盗賊が悪態をつく。


「介錯なら無料ですよ」


しかし大半は今にも死にそうな連中だ。

命には代えられないと、重症や重篤の盗賊は全員、1万グランを支払ってヘレニウムの治療を受けた。



その様子を見るテッドは。


ありゃ、首都の聖堂を追い出されても当然だろうな、と納得していた。

神官にあるべき慈悲の心は微塵も無さそうだ。


「アプリコット。おまえは、あんなのを尊敬するのか?」


「はい? 勧善懲悪のどこがいけないというのです?」


「……オレにはどっちも、悪に見えるんだが――?」








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