誤算
村長バルブ視点なので少し長めです。
「すー……ふぅ…。不味いな。」
ルイスを森に捨ててから丁度、一日経った。
俺は特にルイスを捨てたことに後悔はしていない。
そもそも、友が遺した子だったから引き取っただけであって、ルイスには最初から情は湧かなかった。
呪われた紫色の髪の毛、やせ細った手足、驚くほど色白い肌。
俺には自慢の娘がいる。顔は妻に似て非常に美しい容姿を持ち、才能は俺のを受け継いで、この歳で既に中級までマスターしている。
だからこそルイスを見た時は、これが私の娘と同い年の子なのか。
ーーーあぁ、なんて不運なんだーーー
心から私はそう思った。今でもあの時を思うと悲しみで涙が出そうになる。
あんな薄汚い餓鬼を引き取ってしまったことに。
「あ゛ぁぁ………結局、最初から最後まで餓鬼自身には価値がなかったな。」
煙草を潰し、俺は手元の溢れんばかりの金貨を見つめる。
餓鬼の父母の冒険者ギルドに貯めてた金だ。
餓鬼の父母は俺と同じくかなりの腕の冒険者の夫婦だった。死ぬ少し前にはランクはCと、三十歳という若さで成り上がったことで、当時はもてはやされたものだ。
「まぁ、苦労して手に入れた金は俺が頂いたがな。」
冒険者ギルドに餓鬼の義父になる申請をする時は苦労した。餓鬼が毒属性魔術の適正があったからだ。
やれ、魔術は使わせるなだとか、何かあったら全ての責任を押し付けるだとか、非道な手段に使わないかだと質問責めされた。
「クソ餓鬼がっ!………ハァ、まぁいい。これで娘のマイリンの王都の学校への入学費用が集まったんだ。別に良いだろう…。」
部屋を歩き回り気を紛らわせ、上がった熱を落ち着かせた。
が、その時、俺に衝撃が走る。
「…これは…思ったよりも早かったな。」
自然と笑みが零れる。俺の見つめた先の本棚にはヒビが入った紫の宝玉があった。
念の為、毒属性魔術書に付与していた保護魔術が使われた証拠だった。
「ゴブリンではこの保護魔術を付与する宝玉にヒビを入れる事は出来ない。そもそもあそこにはそんなヤワな存在はいない。
確実にレッサーウルフ以上…最近では温厚な狼たちが、人間を襲いはじめたと聞く。
フハハ!運の無いヤツめ!本当に初日で死んだようだ。」
思わず口から笑い声が出る。
久しぶりに秘蔵のワインでも開けようか。
なに…金ならいくらでもある…。
「どこだ…。」
餓鬼を捨てて一週間後、俺は魔物達の間引きをやりに
森の奥までの道のりを進んでいた。
俺が通る道。つまりは餓鬼を捨てた場所に、餓鬼の死体だけならまだしも、魔術書が存在しない。
俺は探した。
普段通らない道や、森の抜け穴すら念入りに。
足跡を探そうにも動物や魔物の足跡のせいで薄れて分かりずらく、とてもじゃないがどれだけ時間がかかるか分からない。
「ビルギャア!」
「コカトリス!?クソッ!奥に進みすぎた!」
そんな焦りから俺は普段は絶対にしないはずのミスを犯す。コカトリスはかなり上位の魔物。冒険者の指定ランクは下から四番目のDランク。
「取り敢えず身体強化と俊敏を使って立ち回るか…?」
だが、それでも俺一人だと、ギリギリ殺せるか殺されるかというランクだ。
過去に一度や二度、このランクの敵に痛い目にあったことがある。
「餓鬼の為だけに命は賭けれねぇな畜生!一時撤退だ!」
焦って俺はまたミスを犯した。実力が拮抗する相手に逃げの一択を選び、背を向けたのだ。
これは、現役なら絶対にやらないミスだ。
コカトリスの視線が強くなるのを感じる。後ろを向いた瞬間に、俺は手に取るようにコカトリスの思考がわかった。
逃がすか?絶好の機会に?有り得ないだろう!
「ビギャア!」
「…!ちくしょうがァァ!!」
右腕がコカトリスの魔術で石化し、一気に重くなるのを感じる。
「【上位回復】!!クソッ!侵食が早すぎる!やるしかねぇか…ウ゛オォォ!!!」
俺は歯を食いしばり剣で己の右腕を切り落とす。
「キケケ、キケケ!」
「ん゛ぁ゛ぁ………はぁ…その腕はくれてやる…クソ鳥が。宝玉よ、魔術を解放しろ!
【錯乱】!!」
「ギィ!?」
バルブの魔術を浴びたコカトリスはまるでバルブ自身を見失ったかのようにそっぽを向き始めた。
コカトリスが再び正気に戻った時には、真っ直ぐに血痕が続いているだけだった。
「ハァハァ…。クソッ!手に力が入らねぇ…。こいつは捨てていくしかないか。」
森の中間付近、何とか難を逃れた俺は、たまたま見つけた川の前で休息を取っていた。
既に切り落とした腕の先は包帯で巻き付け違え溢れるのを防いでいる。それでも少しずつ包帯の間、間から漏れているが。
「おらよっ!(ドポンッ)」
バルブは川へと剣を放り投げる。
川に落ちた剣はゆっくりと下流へ流れて行った。
「これであの餓鬼の両親から奪った金もパァだ。街まで行って神官の金取り虫に治してもらわなきゃならねぇ。それに、冒険者ギルドで一応餓鬼の捜索だな。報酬は……まぁあの魔術書で良いだろう。取り敢えず傷が癒えるのと金が溜まるまでは出せねぇか。全くついてねぇ……………
おいおい…。」
何だこのとんでもねぇプレッシャーは…。
まるで、地がその存在に恐怖しているかのようにブルブルと揺れる。木々は逆に嘘のように静かだ。
『人間の血が続いていて心配になって辿ってみたが……どうやら人違いらしい。』
「…【錯乱】!」
振り向きざまに魔術を放つ。俺の感は当たってた。
ただの白く弱々しそうなウルフだってんのに、神に片足を突っ込んでるのか?と、疑いたくなるほどの魔力ではないオーラを感じる。
『魔術か。咄嗟の判断は良いが、私には効かん。』
…だろぅな。
「あんたは何者だ…ウルフの魔物に見えるが人間の言葉を話せるなんて…。」
『何者だとは…お主たちの間では私は有名だと思っていたのだがな。』
まさか…いや、そうに違いねぇ。そもそもウルフの時点で気付くべきだった。
「ふは…五百年前の勇者の旧来の友、狼賢王様が何故俺のような者の前に現れたんだか…。」
全身の緊張を解く。この方なら簡単に人間を害すとは思えない。
『まず聞こう人間。お主はなぜここにいる?』
俺が何故ここに?
『いや、お主の存在は知っている。質問を変えよう。何故、いつもは通らない場所に来た?』
俺は考える。目の前の希少な存在であるこの方は嘘は通じるとは思えない。だが、本当のことを話すと何をされるか分からない。
「…探し物をしてました。」
『それはどんな?』
「貴重な魔術書です。かつて原本すら燃やされ、複製でも、世界に数冊しか残ってないと言われるほどの。」
ある意味持ってたのがバレたら地雷以外の何でも無いものだがな。
一国の王にバレたら家族諸共打首。
やべぇ集団に知られたら、奪われて実験台にされちまう。
『魔術書……いや、あれは分厚い本だったか…?……兎にも角にも本というなら紫の分厚い本は知っているぞ?』
「!?それは、何処で見ましたか!」
『そうだな…私の若い弟子たちがそれを使って遊んでいたな。』
な、何だと…。
「いや、しかしあれには魔術を付与していて…」
『知っている。今頃は見るも無惨な物になっているだろうな。私もそれ程貴重なものだと知っていたら預かっておいたが。』
そんな……まぁ、この際しょうがないだろう。
俺は割り切って立ち上がる。この方の言う通りなら、
餓鬼は確実に死んでいる。例え生きてたとしてもすぐに飢え死ぬ筈だ。
「ルーブス殿と呼んでも?」
『好きに呼ぶが良い。元々表面だけの姿勢は好まぬ。』
まったく…この賢王様はやべぇな…。
「………ルーブス殿。この度は有意義な情報をありがとうございます。魔術書が無くなってしまったことは非常に残念ですが、行方が知れてよかったです。」
『敬語は続けるか…良い良い、私も悪かったな。関わってはいないとはいえ、貴重な本を失わせてしまった。これは元から渡すつもりだったが、その詫びとして受け取ってくれ。』
そうして、私はコカトリスの魔石を受け取り、森から去った。
「あの少しの間でコカトリスを討伐か…。ははっ。つくづく運が悪いと思っていたが、最後に良い物を貰った。」
家へ帰ると妻と娘に腕のことで驚かれたが、2、3日後には街の神官に治療して貰いに行くと言って、部屋へと戻った。
「宝玉は………完全に砕け散っているな。少しの可能性を考えたが、どうやら本当だったらしい。」
俺は妻に気休めの回復魔術を施してもらったあと、現役で冒険者をやっていた頃のように、久々に深く眠りについた。
「むにゃむにゃ…。」
『童は…眠っているな。魔術の修練は順調のようだ。………
フンッ!(ドゥバアァァン!!)』
ルイスのすぐ隣、そこにあった件の魔術書を力の限り踏み潰す。
魔術書は、一瞬の光も出さず、しかし原型を残しながら、地面へめり込んだ。
『我ながら手加減はこうだと、弟子たちに教えてやりたいな。』
良い訓練を思いついた。と、一匹の狼はその場から消えた。
ーーー翌日ーーー
「…誰の剣だろ?」
上流で川に投げたバルブの剣は、下流にいたルイスの元へと流れ着き、この日からルイスは動物を狩る訓練を始めるのだった。
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