第6話
森に佇む一頭の鹿。群れから離れたのか周りには他の鹿は居ない。
だが、この鈍感な鹿は、気にせず辺りの草を貪っていた。
それは、己を害する驚異が近くに居ないと思っていたから。
そこに、平然と歩いて近付く一人の人間の少年。
鹿は一瞬たりとも少年に興味を示さない。
自身への明らかな殺意を宿した少年を。
「『拘束睡眠』!」
そうして、一頭の鹿はその体を横に倒した。
やっぱりこの魔術は強力だ。
僕は鹿の首元に剣を突き刺してから、改めて思った。
「これが、僕が魔術を使用してはいけない理由?」
それなんだったら何てタチが悪いのだろう。強力過ぎるが故に、僕は魔術を学ばせて貰えなかったということだ。
初歩の魔術でこれなら、きっと上位にもなれば、格上の存在も苦労しないだろう。
「って、思ってたけど実際違かったよね…。」
今から2ヶ月か3ヶ月前、僕は魔物にこの魔術を使った。相手は小さな狼の魔物。これだったら倒せるかも!って思って物陰で使ってみたら、凄い眠そうにはしてたけど、倒れたりはしなかった。
「きっと魔物には魔術の耐性か何かがあるんだ。」
兎にしか使っていなかったため、判断材料が無かった訳だけど、鹿が問題なく眠ってくれたことでほとんど確信が持てた。
「これが弱肉強食の世界か…。」
弱い物は強い物の餌となり、その強い物は更に強い物の餌となる。
「僕は鹿以上、子狼魔物未満か…。魔術の勉強頑張ろ!……それよりも…冬対策の毛布ゲット!」
その日は夜通しで鹿の解体を行い、皮を慎重に綺麗に剥がしてからは、川で洗浄し、干す。
そして残ったのが鹿肉。
僕は慣れたように枝を集め、それを地面に置きもうひとつ集めていた長めの太い枝に、解体した手頃な肉を刺していく。
そして、枝に手を添え念じた。
「燃えろ!」
ボッ!と、枝が僕の触れた場所から燃え始め、段々と強くなっていく。
これは、バルブの元で教わった簡単な魔術の一つだ。
こんな簡単な魔術すら、僕は禁止されていたが、もう兎を初めて狩ってからはそんなものは捨てた。
「さ〜って、どんなお肉かなぁ…。」
少し強めの臭いが鼻を通り抜ける。塩も何もあったものじゃないので、完全にただ肉を焼いただけだ。
味は期待してない。
「いただきます…。」
モグッ!
…
…
鹿、君、肉は硬いね…。
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『あの人間のガキ…あの日から気配が嘘のようにしねぇ…。』
「キキィ!」
『っち!下等種族風情が…!』
「ギャァ!」
『苦しんで死ね…』
森の奥。そこでは本当の強者達の弱肉強食の世界が存在している。
そんな中、佇む狼が一匹、猿の魔物の奇襲を、当然のように避け、首に噛み付いた。
じたばたと、声が出せずに猿はしばらくもがいたが、
すぐに絶命する。
猿を殺した魔物。暗闇でも目立つ黒い毛の魔物は、数ヶ月も前の事を今日も唸っていた。
『クソッ!ルーブスがあの時俺を止めなければ喰えた筈だ。恐らく今もガキの気配がしないのもあいつが絶対に絡んでる!』
『聞こえているぞ?』
一匹の魔物が突然そよ風と共に現れる。
先程まで気配すら感じなかった黒い狼の背後には、白い毛の狼が立っていた。
『ルーブス…お前は俺の狩りの決まりを知っていたよな。』
『んー…何だったかな。』
「ガハウッ!!『一匹足りとも逃がさねぇ事だ!』」
黒い狼の怒気が強く孕んだ声と共に周りの樹々がザワつく。
白い狼はそれを全く威に介せず言った。
『落ち着きな。そもそも私は、私達は、人間に干渉しないように言ってた筈だ。お主は一度、その決まりを破り、冒険者の男女を恐らく殺している。それに、今もお主にとっては格下の筈のモンキーリングを奇襲されたとはいえ、殺した。どちらもお主の実力なら手加減は出来たはずだ。故に私はお主の行動は許容できない。』
静かに、それでも明らかに、森全体が嘘のように静まり返る。
白い狼、狼賢王ルーブスもまた、この黒く若い狼に怒りを覚えていた。
『生きる為に何が悪い!?強者は強者らしくすれば良いだろう!
ルーブス。俺はお前を俺なんて歯が立たないほどの強者として尊敬している。俺はお前を超えたい!お前直属のグレートウルフ達にすら、届かない高みを目指せる力が俺にはある!』
『お主には無理だ。今のままではな。常に敵を選べ。そして、己を高めろ。あの童や、その弱者という生物が、お主自身を害したか?』
『害する、しないなど関係がないだろう!弱者は餌でしかない!奴らよりも強者の俺にはその権利がっ『愚か者め!』グッ!?』
暴風が吹き荒れる。弱い草木は耐えれずに飛ぶかへし折れ、近くの魔物たちはその気配へのショックで気絶する者も出る。
『ふ…。まずはこれを耐えれるようになるのだな。』
『クソがァ…。』
『他の同世代の中で自分が秀でているというのは、お主にとっては誇りだろう。が、その才能で違う使い方をしては元も子もない。血が泣いているぞ?』
直接受けた黒い狼は我慢出来ず、その言葉を耳で拾ったあと、白目を剥いて横に倒れた。
『きっと…お主は早く死ぬ。そして、その時私が言ったことに気がつく事を願うぞ。』
辺りは再び静まり、そこには黒い狼がただ倒れているだけだった。
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