第2章 コミュ症が意外に頑張るようです
第2章 始まりました
結局慎之助がログアウトしたのは翔太郎が出た1時間後だった。結論は出なかったが興奮は治まっていた。
景色が自分の部屋に戻る。さっきの言葉とルメアの顔が頭を離れない。彼は布団を頭から被り無理矢理眠りについた。
リアルでは大学3年生。就活がスタートし始めている。眠い目を擦りながら授業開始5分前に教室に滑り込む。
教授の姿はまだ無い。主席点は頂きだ。
「よう慎、昨日は眠れたかー」
隣に座ってきた翔太郎の言葉を無視する。キレてない事は阿吽の呼吸で伝わっているはずだ。
「...」
「今日部活後空いてるか」
「...ああ」
「なら22時にギルドハウスで待ってるからな」
「...」
「でさー、今日の朝のニュース見たー?」
翔太郎は言いたい事を言うと話題をガラリと変えた。これで慎之助も態度を柔らかくできる。翔太郎は切り替えが上手い人間だ。二人が所属する部活でも主将を務めている。時に厳しく、普段は取っつきやすい性格。彼を嫌う人間はそうはいないだろう。
慎之助も普段は明るいキャラクターの人間である。後輩からの人気もそこそこあるが彼には劣る。ただ女性との会話はすざましく苦手である。中高と男子校だった慎之助にとって女性とは半分空想上の生き物であった。その慎之助が虐められず一般的な生活を送れるのは男性に対するコミュ力の賜物だった。
今では同期の女性にグイグイくる子が居たから幾分かはマシになったが未だ後遺症は残っている。
「今から経済学応用編の授業始めるぞー」
教授が10分遅れで入室してくる。俺の睡眠時間10分を返して欲しい。
..........
「で、ご感想は?」
部活が始まる。ふんわり翔太郎があげたロブを全力で打ち返す。それが答えだ。
「ナイスショットです、サカキ先輩」
何も知らない後輩が慎之助を褒め称える。今日の授業は全学部2限終わりの水曜日。翔太郎と後1人のよくつるむメンバーである橋爪功とだべっていたら授業は終わっていた。コメント用紙が配られるが聞いてない授業の感想なんて書けっこ無い。なぜか綺麗に板書してあった翔太郎のノートを見ながら慌ててマスを埋める。感謝は、おそらく昼飯は2人が奢ることになりそうだ。
「翔太郎、お前もそっち側に行ってしまったのか」
「お前もどうだ功。今なら変わってやるぞ」
「よせやい、俺には彼女がいるからな」
「俺も居るゾ」
「二次元は彼女に入れるなよ翔太郎、虚しくなるだけだ」
「そんな事は無い。やっぱり功も来いよ。今のゲームはな...」
途中で話に入り込んで来た翔太郎が会話の主導権を奪い取る。そしてゲーム、『ラストクルセイド』の魅力を熱く語る。何でこいつこんなにオタクなのにモテるんだよ。やはり顔か。認めたくは無いがイケメンだよ彼は。自分では絶対に認めようとはしないがな。
「と言ったところだ。どうだ功」
「聞いてると思ったか馬鹿かよ」
どうやら翔太郎の講義は終わったようだ。5単位ぐらいで無いと割りに合わないクソ授業だ。お疲れ功。
「慎は今日もやるらしいぞ」
「まじかよお前、友達やめていいか」
功許すまじ。
..........
「5分遅刻だぞ甲君」
「さっきまで後輩と飯食ってたからしょうがないだろ。てかお前もいただろ」
「俺ん家、大学から徒歩10分圏内だから」
「ブルジョワうぜー」
22時05分、俺はギルドハウスにいた。昨日あれだけ悩んだ事はすっぱり忘れていた。
「やっぱ、お前は戻ってきたな」
癪だが彼の言った通りだった。慎之助はこのゲームを辞めなかった。おそらく翔太郎はキャラに愛着がついたからだとか思っていそうだがそれは違う。他に理由があったからだ。
「どうせルメアちゃんに愛着が生まれたんだろー。それを見越してこのギルド設立ミッションを先に終わらせたんだよ」
「うるせーな」
「図星かな。お前のタイプは好きなキャラを着てれば手にとるように分かるさ」
思った通りの翔太郎の返答に苦笑いしつつルメアを召喚する...方法が分からない。だって説明書読まずにプレーしてるからね。
見ると翔太郎が「ヘレン=ケラー」を召喚しようとしてる。ナイスタイミングだ。
「見てろよ」
ーーいでよ「ヘレン=ケラー」、爾の功績が生み出した奇跡。ここに具現化せよーー
黄色い光が満ち、昨日の美少女が召喚される。なかなか人前では勇気が居る詠唱だな。
「ちなみにーー具現化せよーーと言って女神の名を呼べば召喚は可能だ」
「早めの忠告感謝するよ」
「でも..真詠唱はこうはいかない」
「それはお前の脳内設定では無いんだよね?」
彼が言うには女神にはランクというものがある。R<SR<SSR<UR<LRそしてLLR。基本は5段階だという。その真詠唱が必要なのがLLRらしい。ガチャで排出される事は無く、イベントで1位をとったプレーヤーにだけ配布されることがあるらしい。だが噂の域は出ない。情報が流出しないからである。
LLRには固有の能力が有り、いわゆるチートスキルが契約者に与えられる。そんな他プレーヤから叩かれる情報を自ら発信する馬鹿はいないからだが..。
「それ絶対俺に関係ないじゃん」
「そうとも言うな」
「やっぱお前○○ばれ」
俺には関係ない。そう受け取るとルメアを召喚する。
ーーいでよ「ルメア」我が元に具現化せよーー
さっきとは違い赤い光が満ちる。そしてルメアが召喚される。どうやらルメアはURキャラクターらしい。
「ルメア。マスターの命に従い参上しました」
赤い髪を携えた少女が召喚される。どこかでロリコンと言う声が聞こえたが無視する。
「ルメア、昨日はすまなかった。改めて..」
「マスター」
ルメアが飛び込んで来る。柔らかい感触がある。触れる事があると言う話は聞いた事があるがまさか。ここまでリアルなものなのか。
「ようこそこちら側へ」
景虎君が何かを察し呟く。成る程、これは悪くない。
今にも逃げ出しそうな構えをしている。