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「そんな訳で、僕は今年、何としてでも秀那さんにプレゼントを受け取ってもらわないといけないんです」
「ふぅー」
あたしはジョッキに四分の一くらい残ったビールを飲み干すと、お代わりを頼んだ。
「この年でプレゼントとか言われてもねぇ~。そのプレゼントは他の子供にあげてよ。この年でおもちゃもらっても困るしさ~」
「プレゼントは一人一個と決まってるんです。いかなる理由があっても、これは変えられません。それにプレゼントはおもちゃでなくてもいいんです。願い事を一つだけ叶えることも出来ます」
「ほう、例えば?」
「例えば、そうですねぇ、カッコいい彼氏が出来るとか……」
「ぶっ」
あたしはまたビールを吹き出した。今回は量も多く、ビールはサンタクロースの顔面を直撃した。
◇◇◇
「ごっ、ごめん」
あたしは店員さんに頼んで、たくさんのお手拭きを持ってきてもらった。
サンタクロースは自分の顔面をお手拭きで拭くと、すぐ落ち着いたようだった。
「でっ、どうするんですか? さっきの願い事?」
「あなたねぇ」
あたしはちょっとだけ声を荒げた。
「彼氏が出来るったって、どうするの? 作るの? ホムンクルス? 戸籍がないじゃん」
「いや、世の男性で、秀那さんがいいなと思う人を秀那さんに惚れさせて……」
「二十八歳を舐めるなよ。こちとらもう子供じゃないんだ。相手が妻帯者だったらどうするの? それにそんな無理やり力業で惚れさせるなんて、相手の本意じゃないことしたくないよ。だって、自分がそんなことされたくないもの」
「僕だったら大喜びで、秀那さんに惚れるけどな~」
「お世辞はいいから」
「お世辞じゃないですよ」
「!」
「こっちの身にもなって下さいよ。自業自得とはいえ、二十年も会ってプレゼント渡すの忘れてたんですよ。相手が無茶苦茶な人で、この世のイケメン全部自分に惚れさせろとか言い出したら、この世の終わりですよ」
「……」
「だから、凄くほっとしてるし、会って話してみたら、凄く常識的で優しい人で、良かった。本当に良かった」
サンタクロースは泣き始め、自分の涙を赤い袖で拭きだした。
「ちょっ、ちょっとやめてよ。ただでさえ、注目浴びてるんだから」
「はっ、はいーっ」
◇◇◇
「それでは、秀那さん。願い事を言って下さい」
「ん~っ。そうだなあ。あ、さっき、言っていたけど、他の人間って、みんなサンタクロースに会っても、そのことを忘れちゃってるんだよね」
「はい。そういうシステムになってるんで」
「じゃあさ。あたしたちが今年のクリスマスイブに会ったこと。二人がずっと忘れないようにして。これがあたしの願い事」
「……」
◇◇◇
サンタクロースは黙ってしまった。
「え? まずかった? 何か地雷踏んだ?」
「そんなの、僕が願い事にしたいですよ。それは出来ないんです。本当に残念だけど……」
「えーい。もうじゃあ、さっきの願い事ふっかーつ。あなたが私の彼氏になりなさい」
「僕だって、そうしたいですよ。秀那さんを彼女にしたい。じゃ、手を握りましょうか」
サンタクロースは右手を差し出した。あたしはそれを自分の右手で掴もうとした。
◇◇◇
すかっ
その手は掴めなかった。
「えっ? 何で?」
あたしは何度も何度も掴もうとした。だけど、どうしても掴むことは出来なかった。
今度はあたしが泣けてきた。
「ごめんなさい。生きている世界が違うんです。だから、掴むことが出来ない。秀那さん、他の願い事を」
「もういいよっ」
あたしもキレてしまったらしい。
◇◇◇
「何だよっ! さっきから願い事聞いてくれるって言って、あれも駄目これも駄目って、そんな願い事ならいいよ」
「ごめんなさい。でも、今夜、秀那さんにプレゼントを渡せなければ、僕は死んでしまうんです」
「死ねばいいんじゃない」
「えっ?」
「死んで人間に転生すればいいよ。そうすればあたしと付き合える」
「ははっ、そうなるといいですけど、仕事を果たせなかったサンタクロースの転生先はいいとこ、ハエとかカじゃないですかね。ミジンコかもしれない」
「ははっ、さすがにミジンコの彼氏はきついか」
◇◇◇
あたしは今度はジョッキに三分の一残ったビールを一気に飲み干した。
「でもさ。あたしは結構満足してるよ。いろいろあった夜だけど、こうして楽しく呑めてるし、これがプレゼントじゃ駄目かな?」
「うーん。僕も楽しいから、駄目ですね」
「そうかあ」
◇◇◇
「すみません。お客様。ラストオーダーになります」
ああ、もうそんな時間かあ。楽しい時間はあっという間に過ぎる。東京なら24時間営業の居酒屋もあるけど、こっちは田舎だ。閉まるのも早い。
あたしとサンタクロースは連れ立って外へ出た。
「やっぱり、そのかっこは目立つね。こっちの人間風になれないかな?」
「あ、それなら」
変身したサンタクロースは背広ネクタイのヤングサラリーマンになった。
「これはプレゼントになるの?」
「何しろ二十年遅れましたからねぇ。利息分くらいかと」
「ふーん。難しいんだね。でも、カッコよくて、仕事できそう。とても約束を二十年もすっぽかすようには見えないよ」
「ははは。でも、今は忘れてよかったと思っています。二十八歳の秀那さんに会えたから」
「ははは。あたしもだよ」
あたしたちはコンビニで日本酒の熱燗を買い、公園のベンチで二回目の乾杯をした。
「ねえ。このまま朝を迎えたらどうなるの? あなたは消えちゃって、あたしは公園で夜明かしした酔っ払い女になるの?」
「そうならないように、明日の朝は秀那さんが自宅で普通に目覚めるようにします」
「これでプレゼントは完成?」
「うーん。もうちょっと足りないです」
「さて、どうするかな?」