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家に帰るには繁華街を抜けていく。
ユカは東京はクリスマスソングの嵐で腹が立つって言ってたけど、それはこっちも同じだ。
七五三が終わってしまえば、街中これでもかとクリスマスソングだ。いや、電飾なんかは地方の方が派手かもしれない。
それについて、あたしがコメントすることは何もない。誰かが支出してくれれば、少しでも景気は良くなる。文句を言う筋合いのもんじゃない。
前も言ったが、あたしは今の自分に満足している。何かを大きく変えようとは思わない。経理と電算処理の技術は磨きたいと思っているけど……
だが、それをここにいる人たちは認めようとしないのだ。
今現在のあたしの最大の悩みの種。
「ただいま」
あたしは憂鬱な気持ちで自宅のドアを開けた。
◇◇◇
「あ~らぁ~、今日も早かったのね~。こんなにいつも早くて会社は大丈夫なの~」
ドアを閉め切らないうちから、こんなジャブを放ってくるのは、我が母、上泉秀子五十五歳。
「ご心配なく、あたしも決算作業に参画しましたが、我が社は5期連続の黒字決算です。何なら決算報告書見ます?」
「決算報告書とかそういう色気のないことばっか言ってるから、28にもなって彼氏が出来ないんだよー。全く誰に似たのかしらね~」
「まあまあ、秀子。そういう子なんだから仕方ないよ。本当にあたしらには似なかったんだねぇ~」
後ろからさりげなーく止めを刺してくるのは、祖母上泉秀代八十歳。
名前からも察しがつくと思うが、我が家はいわゆる女系家族。
あたしがものこころつく前に亡くなった祖父も、一人で大阪に単身赴任中の父も婿養子だ。
そして、あたしは一人娘。親類からは「あそこの家は女が強いから」と評判。
事実、父は優しくておとなしい。私は覚えていないが、亡くなった祖父も優しい人だったそうだ。
◇◇◇
別に祖母と母が強かろうが、あたしの知ったこっちゃない。
だが、両者連携しての自慢攻撃。それがもうほんっとーにうざい。
そして、二つ目に炸裂する「あたしらは若い頃もてたのに、お前は彼氏の一人もいないのか」がもうーっ、どうしてくれようか状態なのだ。
今日は十二月二十三日の月曜日。そして、明日はみんな知ってるクリスマスイブだ。こういう時は攻撃力が増幅されるから、たちが悪い。
「じゃあ、優しいママは可愛い一人娘の秀那ちゃんのために5号ホ-ルのチョコレートケーキ買ってきてあげるね。ぷぷぷ。どうせ彼氏いないし、お友達はみんな彼氏のところに行っちゃうだろうからぁ、家でチョコレートケーキ食べよ」
「じゃあ、あたしは秀那のために二十八本のロウソクに火をつけてあげるよ。ぷっと吹き消してね」
「おばあちゃん。クリスマスはイエス様の誕生日。あたしの誕生日じゃありません」
「あっはっは、じゃあ、クリスマスプレゼント買ってきてあげるよ。何がいい?」
「いいよもう、そんなのもらう年じゃないよ」
「二十八だもんね。あたしがその年には…… あ、もう結婚してたわ。高校出て会社入ってから、いろんな人から映画見に行こう。テニスしようって誘われてさ~。結局、死んだおじいさんが泣いて結婚してくれっていうから、仕方なく結婚してやってさ~」
おばあちゃん、その話、もう何回目?
「あたしも結婚してたわ。そんで、学生の頃はアッシー君、メッシー君、ミツグ君にキープ君。土曜の夜はディスコでサタデーナイトフィーバー。でも入場料も酒代も一回も払ったことないっ!」
この話も何回目だ? このバブル女。
「でも、そういう話が全くない。かわいそうな秀那ちゃんは、明日は家族とケーキ食べよ!」
あたしも疲れていたのかもしれない。普段なら聞き流すのだけれど、何故かその時に限って、大見得を切ってしまった。
「あたしは、明日は夕飯は家で食べません。お二人でケーキでもチキンでも好きなだけ食べてくださいっ!」
◇◇◇
母と祖母は一瞬顔を見合わしたが、やがて、爆笑し始めた。
「ぷっくくく。この見栄っ張り~」
「でもさー、かわいそうだから、優しいママは秀那の分の夕飯とっておいてあげるね」
ああーっ、もうっ、腹が立つ。あたしはそそくさと夕食を済ませると、二階の自室に急いだ。
◇◇◇
だがまあ、彼氏なるものが存在しないのは厳然たる事実だ。
よりによって十二月二十四日に一人で外食も、落ち着く話ではない。
あたしはサキのスマホに電話した。
確か、彼氏いないつまんな~いと言っていたはずだ。
「はーい、もしもし、珍しいねぇ。秀那ちゃん。こんな夜に」
サキはすぐに電話に出た。
「ねっ、サキ。明日の夜、一緒にご飯食べに行かない?」
「うっ…… ごめん。明日は先約が入っちゃった」
「えっ? 確か今は彼氏いないって……」
「今さっき急にお誘いが来ちゃって……」
「えっ? 誰? あたしの知ってる人?」
「う、うん。長谷川君」
「長谷川君? あいつ確かこの僕が東京行ったらモテまくりって自慢してなかったっけ?」
「うん。それがね。全然、彼女できないんだって、寂しくてしょうがないので、こっちに来るからデートしてほしいって」
「ふ~ん」
あの長谷川君かあ。あたしだったら考えるが、受けると決めたのはサキ本人だ。
「分かった。また、今度、お願いね」
「うん。ごめんね」
はあ~。どうするか。
◇◇◇
十二月二十四日火曜日の勤務時間は瞬く間に過ぎていく。
サキはいつもとおり接してくれるが、こころなしか嬉しそうだ。
昼休みに恐る恐るという感じで田中君が訪ねてくる。
「あの…… 上泉さん」
「ん、何かな?」
「あっ、いえっ、お忙しそうなのでいいです」
ひょっとしてあたし怖そうだった?