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あたしは今の自分を囲む状況に基本的は満足している。
勤務先は入社六年目の地方の営業所。本社は東京だけどね。
学生時代の親友のユカは「大学が地方だったんだから、社会人になって東京行かないでどうするのさ。華やかなOL生活はこっちから乗り込んで行かないと手に入らないよ」と言って、意気揚々と東京で就職した。
だが、結果については……
凄まじい通勤地獄。
確かに地方勤務より俸給は若干高いが、それを上回る家賃と生活費の高さ。
そして、(ここが一番大事)とっくの昔に出来ていなければならないカッコイイ彼氏は影も形もない。
まあ、あたしもないんだけどね。
あ、また、ユカからLINEが来た。
なになに「また、この季節が来た。東京はクリスマスソングの嵐だ。中でも腹が立つのは松任谷由実の『恋人がサンタクロース』だ。音源を発見したらウォーハンマーで叩き割ってやりたい」
ふぅー
あたしは小さく溜息を吐くと、返信を入力する。
「そういうこと言わないの。クリスマスに恋人がいる人がたくさんお金を落としてくれれば、めぐりめぐって、あたしらの会社も潤うかもでしょ」
あっという間に再返信が来る。
「出たー。秀那の真面目ぶりっこ~。そんなんだから男が出来ないんだよ~。あ、言ってるあたしもいないや。あっはっは」
思わず吹き出す。
これだから、あたしとユカは長いこと親友なのだ。
学生時代もあたしとユカが親友であることが周囲から不思議がられることもあったが、意見が割れても、ユカは本当にサッパリしている。
あたしも譲らないところは本当に譲らないから、こういう子じゃないと友達になれないのかもしれない。
◇◇◇
職場に着いて、始業のチャイムが鳴るなり、営業所長に呼ばれる。
そういえば、来年の異動希望面接だっけ。
「えーと、上泉さん。来年もここでいいの?」
「はい。ここでの勤務には全く不満がありませんので」
営業所長は「うーん」と言いながら、テーブルの上のあたしの勤務履歴をながめ、おもむろに顔を上げて切り出す。
「去年も聞いたけど、上泉さん、本当に東京の本社に行く気はないの?」
「ないですね。さっきも言いましたが、ここでの勤務に全く不満がありませんので」
営業所長は今度は上を向き、大きく息を吐くと、また、向き直り、続けた。
「上泉さん、貴方は優秀だ。正直言って去年本社に送り出した長谷川君より遥かに優秀だと思っている。ずっと、ここにいてはもったいないと思うし、本社も君を欲しがっている」
「お言葉は有り難いのですが、そういった希望はないです」
営業所長は額に右手を当て、言葉を絞り出す。
「ハラスメントになったら申し訳ないが、君くらいの年齢の女性は華やかな東京暮らしに憧れはないの?」
「東京には親友もいますが、ここなら特急で1時間で東京に行けますし、住みたいつもりもないです」
◇◇◇
面接を終えると、サキが駆け寄って来る。
あたしより三つ年下だが、本当に無遠慮にものを言ってくる子だ。
だけど、ユカと同じでサッパリしているし、あたしは年齢の上下にこだわらない人間なので、友達付き合いをしている。
「秀那ちゃ~ん。所長、何だって?」
「あ~、また、東京の本社に行かないかと言われた」
「え~、で、秀那ちゃん、行くの」
「あ~、行かないって言った」
「えーっ、秀那ちゃん。もったいないお化けが出るよ。あたしが代わりに行きたいくらいだよ」
「じゃあ、サキが行きたいって言えば」
「あたしじゃ、所長は推薦してくれませ~ん。フンフングシュングシュン」
◇◇◇
「あれ?」
サキが気が付く。
「新入社員の田中君じゃない。あたしたちに何か御用?」
「あ、あの。上泉さん」
田中君は恐る恐る切り出す。
「何かな?」
「エクセルのマクロでどうしても分からないところがあって・・・」
「あー、そういやー、田中君の前任はあの長谷川君だったねー。彼も変に凝ったマクロ組んで、自慢したがるところがあったからなぁ。よしっ、あたしんとこに添付ファイルで付けてメールで送ってみ」
「は、はい」
あたしは送られたメールに添付されたエクセルファイルを開いてみる。
「ほうらやっぱり。こんな使い勝手の悪い、あんまり使われない関数使ってる。こんなのはこっちの簡単な関数組み合わせればいいんだよ」
あたしはエクセルファイルをオーバーライトすると、脇で見ていた田中君に声をかけた。
「これで大丈夫なはずだから、試しに少し数値入力してみ。それで、なんか分からないことがあったら、また、聞きにくればいいから」
「はい。ありがとうございます」
田中君はぺこりと頭を下げる、そそくさと自分の席に戻っていく。途中で同じ新入社員の高橋さんが田中君に声をかける。
「ほら、上泉さんは優しいでしょ。あたしの言ったとおりでしょ?」
「う、うん」
田中君は、はにかんで頷く。
おうおう見せつけてくれるじゃねぇか。
「若い人はいいねぇ」
◇◇◇
「秀那ちゃ~ん。駄目だよ~。そんなこと言ってちゃ~」
「えっ? サキ? あたし、口に出してた?」
「出してましたとも。『若い人はいいねぇ』って」
「げっ、聞かれていたか」
「秀那ちゃ~ん。そんなこと言ってるとぉ~」
サキは両腕を左上に突き出して「おばっ!」
更に両腕を右上に突き出して「さんっ!」
何の変身ポーズだ。それは?
◇◇◇
サキの暴走は止まらず、あたしの顎を右手の親指と人差し指ではさむと、
「になっちゃうよぉ~」
「サ、サキ」
「な~にかな?」
「後ろ、後ろ」
「!」
サキの後ろには満面の笑顔で腕組をして立つ営業所長がいた。
「佐々木さ~ん。上泉さんと仲いいのはよく分かったから、そろそろ仕事してくれると嬉しいな~」
「はっ、ははは、はい」
これが我が営業所の日常風景だ。
これで営業成績だけは全国屈指というのだから、世の中分からない。