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第一章 第一話 『英雄への第一歩⑧』

7.


実技試験当日。

緊張した面持ちで、ハイドラ・ガストリオは長蛇の列に並んでいた。


ニアロ・カロッシュからの個人試験。

それをなんとか通過し、その三日後に届いた実技試験用紙。

何やら小難しいことが書かれたそれを左手で握り、ハイドラは長く息を吐いた。


既に学科の欄は書いてある。

もちろん入ることが目的なので、全部の欄に丸をしてある。

これで魔法工学科になって回されたら最悪だが、工学の力で戦う英雄ともなかなか面白い。

私は鉄の男だ! なんて、悪党を軽々と倒した後に言ってみたいものだ。


と、妄想がどんどんと広がっていく中、列も前へ前へと進んでいく。

既にハイドラは真ん中辺りまでに到達していた。

今回は、一列で並ぶということだったので、隣の人に話しかけるなんてことも出来ない。


尤も、例え二列や三列であったとしても、この空気感で隣に話しかける者はいないだろう。

果たしてそこまで緊張せずに挑めるものがこの世の中にこの長蛇の列にいるのだろうか。


『──ねえ、あんたちょっとうるさい。黙って並べないの?』


何だか、探せば割といる気がする。

思い浮かんだルナの表情。

つり上がった目じりを思い出しながら、ハイドラはふと思う。


「そういや、何であんな別人みたいなことになってたんだろうな……」


ふと思い出すルナの態度。

凱旋門での初対面と、一週間前の買い物。

前者の人を寄せ付けない氷のような態度と、後者の人によく懐く犬のような愛らしい態度。


まるで別人のようなそれに、一週間前のハイドラも上手く対応できなかったものだ。

ルナはそれを、試験が上手くいってテンション上がってる(意訳)と言っていたものの、果たしてそれだけなのだろうか。


もしかして、ルナは自分のことを──。


「なんて、有り得るわけねえよな」


釣り上がる口角を何とか抑え、ハイドラは冷静さを気取る。

見せかけのそれで何とか心の高鳴りを隠し、息を吸った。


「──うえ」


と、吐く前に、思い切り咳き込む。

油断していたが、ここは人混みの中。

人臭とも言うべき様々な臭いが混じり合い、充満している。

そしてそれに炎天下の太陽の匂いが混じり合い、とんでもないことになっているのだ。


そんな中で思い切りを息を吸うだなんて、本当に愚かしいことをしてしまった。

後悔先に立たず、とはよく言ったものだが、本当に先に立たない。

口蓋と鼻咽腔にこびり付いた独特の臭いは、一向に消え去ってくれない。


そしてそれを吐き出そうと息を吸えば、その臭みにやられる。

その悪循環。悪路は長く続いていく。

自分の死を身近に感じながらハイドラは咳き込み続ける。


──それはハイドラが長蛇の列の最前に立った頃、ようやく治まったのだった。



──



実技試験の本会場──サープリテン大魔法学院。

歴で言えば、このナータリア朝ガルリアが建国されるより更に前、サルロ朝初期に造設されたといわれている。

つまり、凡そ二百年以上、この学院は存続している訳である。もちろん時代により、制度を変えるなど、その柔軟さが他の魔法学院との違いだが。


ハイドラがこの学院について知ったのは、実は最近のことである。

マストと住んでいた、あの森での事件の後。

マストの枕元に置かれていた手帳の間に、この説明書が挟まれていた。


手帳の言うとおり、ハイドラは何とか森から脱出。

その後、幾つかあったうちの行き先で、最も英雄に近そうなものを選んだ訳である。


正直、ハイドラにとっては魔法学院でさえ、英雄への道程に過ぎないのである。

これを他言すれば、かなりの人数から白い目で見られることは確定なので、口にこそ出さないが。


「はいー、身長百七十二。体重五十三でーす」

「ま、また体重が減ってる!」


と、驚きの声を上げ、ハイドラは目を丸くする。

測定者と目が合い、微笑まれる。

この学院の教師らしいが、大変なものだ。

見た感じ、新米なのだろう。

偉そうな誰かに媚びへつらっている様子が目に見える。

というか実際に見た。


ハイドラはため息を吐き、測定用紙を受け取る。

後は座高と視力聴力検査だろうか。


──受付を終え、会場に入ったハイドラは、まず測定から受けさせられていた。


これが一体、どんな意味を持つのか知らないが、点数になることはわかっている。

次に待つ魔力測定に自信がないから、ここで稼いでおきたい。


身長や体重を測定したあとは、単純動作の測定だ。

反復横跳びやら長座体前屈など、森での生活から較べれば遥かに楽だ。

ぴょんぴょんと軽々しく飛び、ハイドラは測定の最終にまで辿り着いた。


最終の測定──つまり魔力測定であるが、それは小さな結晶に触れることで行われる。


魔法に適性のある者が、その結晶に触れた瞬間、その色と輝きが変化するのだ。

それにより、そのものの適性が分かる、という仕組みなのだが──、


「ちょっと待ってくれ、何で光らない」


ハイドラが触れたその結晶は、変化することもなく、ただ鈍色を示すだけだった。


灯らない結晶を前に、ハイドラはつめるように呼吸する。

ハイドラと同じく、驚きに声を失う職員。

新米教師と判断した彼女は、手を上げて、苦笑い。


「えーっと、魔法、使えない感じですかね?」

「いやいやいやいや! 使えますよ! ガンガン使えますって! 何で灯らないのかマジで不思議でしゃーないんですよ!」

「いやでも、これは魔力測定器ですから……」

「ま、待って! 魔力ゼロでそこに書かないで! 今魔法見せるから! 見せますから!」


こちらを見つめながら、測定シートの魔力欄に『ゼロ』と書き込もうとする彼女の手を抑え、ハイドラは首を横に振る。

彼女はしばらく考えた後、綺麗な金髪に触れ、


「ほ、本当に申し訳ないのですが、こちらの機械が壊れている可能性もありますので、次の試験に移って下さい。後から、呼びますので」


そう言って、ハイドラの手に測定シートを返す。

『後回し』と赤文字で魔力欄に書かれたそれを見つめ、ハイドラはため息。

全く、一体どうなっているのだろうか。

魔法が使えるのに魔力がないだなんて、意味がわからない。


適当にいなされたような感覚を味わいながら、ハイドラは前へと進む。

また、厄介な種が撒かれたような気がして、心の底からヒヤリとする。


渡されたシートを何度か折りたたみ、ポケットに突っ込む。

グシャリ、と嫌な音が立つが、気にしない。

ハイドラは大股で、前へ前へと進む。目的はもちろん、


「よ。久しぶり」


この王都で唯一の友人、ルナ・メイヴィスの肩を叩く為だった。



──



「あら、久しぶり。景気はどう? 最悪?」

「とりあえず最悪って言ってくる時点で性格の悪さが目立つな……いや、まあ否定は出来ねえけど」


人の体臭やら何やらの混ざりあった臭いにむせ、体重が減り、実は魔力がありませんでした、なんて言われた後だ。

最高な訳が無い。

ハイドラのため息を汲んで捨てるように、ルナはふっと笑って、


「まあでも、私が言った通りだったでしょ?」

「ま、まあな……あれのおかげで通ったのは間違いない。あれに関しては感謝の気持ちしかないです」


手を合わせ、感謝の気持ちを伝えるハイドラ。

それを見つめるルナのなんとも不敵な笑みだ。

悪の形相である。

そんな感想を抱きながら、ハイドラはふと思いつく。


「そういや、どこまで進んだんだ?」

「……え? あ、私?」

「うん、それ以外ないだろ」

「いや、主語抜きで話されたから、ちょっとね」


と、ルナが戸惑う。

ハイドラは申し訳なさに苦笑い。

二つ目の言葉を上手く発音できなかったのはそれのせいだ。

ルナ、と女の子の名前を軽々しく言えるほど、ハイドラは大人ではない。


いわゆる初心、と言うやつだ。

自分で認めているあたり、まだマシだろうと、ハイドラは思っている。

初心にマシもへったくれもないのだが。

と、


「ああそれで、どこまで進んだか、だったよね。私はもう殆ど終わり。後は模擬戦闘だけよ」

「おお、なら俺も一緒だ」


そこで、一瞬の沈黙。

何故、それが流れたのかはわからない。

しかし確実に起こったそれは、ハイドラのルナの関係性を尽く綺麗に著していた。


「じゃ、お互い頑張りましょ」


そう言って、ルナが口を開く。

笑って、こちらに拳を突き出した。

疑問符を浮かべていると、彼女はふっと吹き出したように笑って、


「おやおや、知らないの? 巷で何故か流行ってるグータッチって奴よ。英雄志望なら、何か鼓舞する時の合図でも作っときなさい」

「おお、グータッチか。懐かしいな」

「はいはい強がらないの」

「いや本気で……まあいいか。じゃ、健闘を祈る」

「健闘を祈る」


そう言って、ハイドラとルナの拳が触れる。

微妙な加減で、力を抜いたハイドラの拳に、割と本気で打ってきたルナの拳は痛い。

ちょっと我慢しながら、ハイドラは手を振る。


次に会う時は、合格発表の時──つまり今日の夜中という訳だ。

その事実に心を震わしながら、嘆息。

ふと聞いた懐かしい音の響に、頬をほころばす。


「グータッチ、なんていつぶりだろうな」


そんな言葉で、ハイドラは測定会場を後にした。



──



「てめえ、マジで、冗談だろ……」

「ハハハハ! これが僕と貴様の差だよ! 愚郎めが!」


砂埃の味が苦々しい。詰まった鼻から息を吹き出し、何とか心を抑え込む。

怒りの感情は不思議と湧かない──なんて、そんな嘘で取り繕れるほど、彼はこの状況を楽観視できない。


魔力量はもう雀の涙ほど。既に二度《大氷結》を行使してしまっているから、これ以上それは使えない。

全身はボロボロだし、心も折れかけ。

未だ立ち上がるのはきっと、英雄への思いだけが卓越して彼の心を支配しているからだろう。


「マジでなんなんだ……? どんなカラクリがある……?」

「ハハハハ! どれだけ見破ろうとしたって無駄さ! 僕は正攻法でしか戦わない! セコイ手は愚郎達に分け与えてるのさ!」


と、いちいちこちらを愚弄してくる少年。

腰に剣を、背にはマントを装着した姿は、まるで騎士のよう。

しかしその在り方はその正反対だ。

自分の能力を誇示するばかりで、一体何をしたいのか。


思えばさっきから愚郎、愚郎と言っているが、まさかこっちの愚弄と掛けているのか。

まさかな。

そこまで阿呆ではないと思いたい。

そもそも愚郎、なんて言葉があったかどうかさえ怪しい。

まさか造語という奴か?


そんな思考の中でも、彼の瞳は少年の動きを追い続ける。

そのカラクリを──一度も近づけない、触れられない、そのカラクリを破る為に。


「──絶対見破ってぶん殴ってやる!」


決意を声にし、彼は──ハイドラ・ガストリオは構える。


──模擬戦闘にて、ハイドラはかなりの苦戦を強いられていた。

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