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第一章 第一話 『英雄への第一歩⑥』

4.


──筆記試験の結果は、火を見るより明らかだった。


ボロボロの精神状態で、足を引きずりながらエントランスに向かう。

その小さな二人用ベンチを占領し、ハイドラ・ガストリオは頭を抱えた。


「──マジでどうしよう。落ちた気しかしねえ」


凱旋門前での魔獣騒動から二日。

無事に宿も取れ、健やかに勉強時間を取ったハイドラは、意気揚々と試験会場に向かった。

予期していた風邪も引かず、腹痛も発生しないよう、念入りに食事制限した。


だから、余裕さベイベ。


そんな言葉を吐いた自分が嘆かわしい。

筆記試験は、情報戦。

試験が始まる前から結果は決まっている──とは、一体誰の言葉だったか。

そう、あのクソほど禿げたハイッケルとかいう教師だ。

明らかに脳筋だろうと、突っ込みたくなる容姿で、筆記試験の監督をしていた。

あれで案外、戦闘力低めでーす、とかいってきたりするのだろうか。


ともあれ、その教師曰く、毎年変わる筆記試験の体型に何処まで着いてこれるかがこの試験を通過する条件だそうだ。

つまり、既存のものを知れば知るほど、それに引っ張られてしまうというわけである。


その点、独学でここまでやってきたハイドラは有利なものだ、とタカをくくっていた自分をぶん殴ってやりたい。

何を調子づいていたのか、と試験問題を開いた途端に理解した。


まず、そもそもの問題は、


「何なんだよ、各塔の大精霊の名前とわかる範囲の属性とか! んなの知るわけないだろがよ!」

「──っ!」

「あ、すみません……」


思わず地団駄を踏んだら、受付のお姉さんに驚かれた。

小さく謝って、ハイドラはもう一度頭を抱える。


正直言ってしまうと、ハイドラがかけたのは最終問題だけ。

それも、自分がもしも塔を攻略するなら、どうやって攻略するか、というものだった。


かなり適当に書いてしまったことを、今まさに後悔している。

やらかした感が半端ではない。

と、


「あ」

「あ」


目が合い、声が出る。

お互いの姿が写り会い、二人して同じような阿呆面。

そこにいたのは、この王都唯一の知り合い、ルナ・メイヴィスだった。


「おう、三日ぶり」

「おう」


かなり軽い調子で手をあげるルナ。

それに返事の意味で手を上げる。

すると彼女は近づいてきて、横のベンチに座る。

距離が近い。

ドキドキする。


「ね、ね、筆記試験どうだった?」


と、そのドキドキも一瞬で絶望にすりかわる。

心做しか浮き着いた様子の彼女。

予想だが、筆記試験で上手くいった口だろう。

本当に、試験というのは過酷なものだ。

ハイドラの勝率はほぼゼロに近いというのに。


「ごめん、マジで俺死んだ。最後の問題以外ほぼ穴埋めただけ」

「え……ほんと?」

「うん。真面目に死んだ。真面目に塔の大精霊の名前とかわかる範囲の属性とか知らねえし興味もなかったから」


かなり深刻そうに受け止めるルナ。

こんなタイプだったかと、訝しんでみる。

すると彼女は、少しだけ距離を置いた。

何だ。

これ以上近づくと阿呆が伝染るってか。

と、ひねくれた思考に行く前に、ハイドラは言葉を吐く。


「そう言うルナは調子良さそうだな」

「そう! そうなの! 予想した所がきれーに出てね! ほんと、サイコーでした」

「はあ、そら良かったね」


何とか堪えようとしても、どうしても皮肉げな発言を取ってしまう。

そんや自分に嫌気がさしながら、ハイドラは頬を叩く。

もう帰る準備をしよう。

そうしよう。

そう思い、ハイドラはルナを置いてベンチから立ち上がる。

重い腰だ。

人生で一番重い。

まるで何かに引っ張られているように──と、


「おいおい、腰を引っ張るなよ。どうしたんだよ、今日なんかおかしいぞ?」


しかしそれは事実だった。

ハイドラが振り返ると、腰を引っ張るルナと目が合う。

苦く笑った少女を、冷ややかな瞳で見つめながら、ハイドラはその場を去ろうとする。


何だろうか、ドキドキしすぎて一緒にいるのがしんどい。

どうしようもなく、この場から逃げ出してしまいたい。

そんな感情が湧く。


というかそもそも、今のルナはおかしい。

何故ここまで好意的なのだ。

三日前とは随分違った様相である。

不思議さが増す中、ハイドラはため息。


「何の用だよ、全く」


そう言って、二度目のため息。

ルナの顔がパッと明るくなる。


「──実は、ちょっとだけ付き合って欲しいんだけど」



──



「付き合ってって、何? お前は俺を荷物運びにしたかったのか?」

「はいはい、ごめんごめん。さっきは気分が良すぎておかしな態度をとっちゃったわ」

「うん。もう人の腰を引っ張るなよ」

「──っ! あれはちょっとした癖で……」

「あれちょっとした癖だったの?」


と、ルナの発言に衝撃を受け、ハイドラは目を丸くする。

まさかあれが癖、だったとは。

つまり、身内にはあんなことをしょっちゅうしているという訳か。


「お、お前の親御さん大変そうだな……」

「──っ! う、うるさい!」


ハイドラの言葉の裏まで汲み取ったのか、ルナは赤面してしゃがみこむ。

しかしここで立ち止まられては困る。

なんて言ったって、ここは市場のちょうど真ん中なのだから。


──ルナへの付き合いで、ハイドラは市場に来ていた。


市場、と言ってもハイドラの知る村市などとは比べ物にならない。

凱旋門前での屋台と似たようなものが、あそこの五、六倍立ち並んでいる。


そしてまた、売っているもののバリエーションも豊かだ。

食品類だけでも、野菜・果物・肉・魚・穀物類などに別れ、よく見れば武具なんかも売っている。

ちょっと裏路地に回れば、かなり危なさそうな魔法道具も売っていたり、かなり危険な薬草なんかも売っている。


放心状態で、涎を垂らしながら座り込む男がいたから、きっとあれは麻薬だ。

麻薬はマジでやばい、とは親父の台詞である。

親父は戦いの時でさえ、鼓舞する意味で摂取する薬草さえ麻薬と判断し、最期まで摂取しなかった。

それはハイドラにも受け継がれている。

と、それはともあれ。


「こんだけの量買って、まだ買うか!」

「ええ。まだまだ買い足りないの! いわゆる自分へのご褒美、ってやつね」


ウィンクして、愛らしい表情からのその台詞。

音声なしながら素晴らしき美少女だが、その実態は買い物依存症患者である。

既に十軒以上店を回っているにも関わらず、買い足りないなど、よく言える。

一番不思議なのが、一体どうしてか、彼女の財布から金貨が無くなることはない、ということである。

ルナも、なくならない前提で話をしているように聞こえる。


「そう言えばさ。ルナって何処地方の出身なんだ?」


ふと思いついた疑問をそのまま口にする。

先程に比べればマシだが、それでも浮き足立った彼女は、その言葉で急に歩みを止める。

少し顔を下へ向けて、表情を見せないようにこちらに近づいてくる。


「私の出身は、アルス地方。──それだけ言えば、わかるでしょ?」

「──え?」

「え?」


アルス地方、というのはもちろん知っている。

ハイドラが住んでいたフランク地方からはるか遠く、このナータリア朝ガルリアの東に位置する地域だ。

マスト曰く、かなりの都会。

特にメイヴィス公爵が統治するメイヴィス領は、かなりの発展を遂げており──、


「あ。ああ! そういう事か!」

「ええ。そういうこと、だからあんまり実家の話はしたくないのよ。──それに、実子じゃないし」


そう言って、苦々しい表情を浮かべるルナ。

今度は最後の言葉もしっかりと聞こえ、かなり雰囲気が悪くなる。

なんと言えばいいのかわからないから、ちょっとだけ苦笑い。

そうして、ハイドラは覚悟を決めた。


「よし、わかった。今日は最後まで付き合うよ。どうせ落ちるんだ。パッ! と散ってやるよ」


そう言って、ハイドラはルナの瞳に目を向ける。

そこには潤んだ表情が──あることはなく、彼女は何かに気付いたような表情をしている。

それにハイドラは首を傾げる。

するとルナが口を開いた。


「あのーその話何だけどね、実は朗報があるの。噂話、だけどね」

「なんだ? 朗報って」


唾を呑む音が聞こえる。

伝っていく背中の汗が生ぬるい。

何だか今、いつも以上に敏感になっている。

ハイドラはルナの瞳を見つめ、彼女の言葉を待つ。


「──実は毎年、筆記で不合格だった人の所に、学院の職員が来て、個別試験が行われるらしいの」


そう言って、ルナは片目を閉じる。

一瞬、本気で惚れそうになった。



5.



ソワソワと、机と本棚の間を何度も往復する。

ベットには幾つもの書類と、ルナから貰った緊張解す用の飴玉。

それらを見つめながら、ハイドラは腕を組む。

舐めるかどうか悩んで、結局辞めておくことにした。


時間は深夜。今日は満月で、月が綺麗な頃合だ。

しかし不合格者であるはずのハイドラにとって、月をぼんやり眺める暇はなかった。


『──いい? もちろんその個別試験は、不合格者の全員の元にいく訳じゃないの。条件が、ちゃんとあるらしい』


ルナの言葉を思い出し、胃が締め付けられる。

その条件とやらを、一体どうしてルナが知っているのか不思議でならないが、それは今どうでもいい。

その条件を復唱して、心を落ち着かせる。


『条件一。──問題用紙の全てに記入がなされていること。特に最後の問題で、自分の意見をちゃんとかけていること』


それは大丈夫。

ちゃんと全部埋めたし、ちゃんと最後の問題も自分の意見を書いた。

下から燃やして、炙り出す。

なんて言う暴論かつ、実は自分の経験という、訳の分からん意見だが、きっと大丈夫だろう。


『条件二。──この試験が、初回であること。二回目以降は、絶対に来ない』


これも余裕でクリアだ。

ハイドラはまだ一度目。

実は記憶喪失で、何度も何度も受けていました、なんてことも無いはずだ。


『そして最後の条件。これが一番厳しい。──自分固有の魔法を持っていること』


最後のひとつも、大丈夫なはずだ。

氷結魔法を使えるものは、たぶんこの世界でハイドラ以外いないはず。

いるにしろ、ハイドラは未だ出会ったことがないし、世界中を旅していたマストでさえ知らなかったのだ。

きっと、大丈夫なはず。


そんなふうに自己暗示をかけ、何とか心を落ち着かせる。

ルナからも、きっと大丈夫って言われた。

あれは本当に惚れそうなくらいに優しい言葉だった。

自分の単純さに呆れ惚けながら、ハイドラはベットに腰掛ける。

調息して、腹に力を込める。

と、


「──すみません」


ノックの音がした。老爺の声がする。


「ハイドラ・ガストリオ君。いらっしゃるかな?」

「は、はい!」


老爺ののんびりした声に、かなり高めの声で反応しながら、ハイドラはドアノブに手をかける。

ルナ曰く、この試験は扉を開けた瞬間から始まっているそうだ。

ならば、もうここから心を決めなくてはならないということだ。


扉を、ゆっくりと引いてく。ギシギシと、老朽化した扉と地面のすれる音。

それに体の力が抜かれていくのを感じながら、ハイドラは完全に扉を開いた。


「こんばんは、ハイドラ君。サープリテン大魔法学院のニアロ・カロッシュじゃ」

「こ、こんばんは。ハイドラです」


そこにいたのは、ハイドラよりも二回りほど小さい身長の老爺だった。

長く伸ばされた灰色の髪と髭は地面スレスレ。低身長と相まって、かなりシュールなものとなっている。

しかしそれより奇怪なのがその瞳だ。右は黄色、左は青のオッドアイになっている。

杖で支えた体は細く、今にも折れてしまいそうだ。


そんな老爺は、一度髭に手を触れると、咳払いして言った。


「もう、分かってはいると思うのじゃが……個人試験に参った」

「は、はい……」


そう言くって、口一文字に固めるハイドラ。それに老爺は──にニアロはほっほっと笑い、


「そんなに固くならなくても良い。試験とは言っても、儂はそないに難しいことは要求せん。ただ──」


言って、長く伸ばされた髭に手を触れる。


「──儂と、月見して欲しんじゃ」


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