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第一章 第一話 『英雄への第一歩①』

1.


眼前に広がる城門。

刻々と記されたレリーフは、大精霊達を華やかに舞わせる。


その美麗さと壮大さに心を焼かれ、ハイドラ・ガストリオは圧巻の声を上げ『損ねた』。

舌が絡まったのである。

ここ暫く、まともに会話をしていないせいだ。

さっきの美人駅員にもドン引きされる始末だった。


苦々しい思いを噛み噛みつぶし、ハイドラは汗を拭う。

目元に近いそれを拭うと、途端視界が広がり出す。

世界はこんなにも美しかったろうか。

何やら勘違いしてしまいそうだ。


そびえ立つ凱旋門へと並ぶ人々。

その周りには踊り子やら屋台やらが所狭しと並べられている。

喧騒よろしくの状態が作り上げられていた。

よく見れば、その中では亜人種と人間が混じりあって騒ぎあっている。


「これが、都会か……」


小さな丘の上からその情景を見下ろし、ハイドラはタンと呟く。

辺りからも、同じような呟きが聞こえ出す。

たぶん、彼と同じ田舎者だろう。


喉を鳴らし、彼は空へを見上げる。

少し曇った空がちょうどいい。

これから晴れにしてしまえばいいのだ。


決意を新たに、ハイドラは凱旋門へ──その前の長蛇の列に並び込む。

最後尾が、こんな所にまで来ていた。


「さすが都会、列のレベルがちげえ」


と、ボヤキながら、ハイドラは大きく息を吸う。

他人の汗臭さが鼻腔をくすぐる。

とはいえそんなもの気にしていられない。

心の底から軽やかだった。

だからきっと大丈夫に決まっているのだ。


鞄から出したひとつの冊子。

『王都の歩き方』とでかい文字で記されたそれの、何度も広げたページを開く。


──新入生募集! 王都にて、入学試験あり。

魔法に自信のある者、魔法を極めたいものを募集!

詳しくは地方の担当者まで。


サープリテン大魔法学院。

そうでかでかと広告され、かなり精巧な絵も添付されている、その冊子。

マストは一体何処で見つけてきたのだろう。

こちらとしては、枕元にあったのを勝手に頂戴したに過ぎないのだが。


ハイドラは長蛇の列の中で、鼻息荒くそんなことを考える。

その間にも、少しずつ列は進んでいく。

ハイドラは興奮状態で、背伸びしていた。

遠くの人の頭を眺める。

奴はツルッパゲだ。

と、


「ねえ、あんたちょっとうるさい。黙って並んでられないの?」


隣で並んでいた少女が、唐突に話しかけてきた。

麗らかな声が完全な罵倒で染まっている。

心の底がキュッとなるのを感じながら、ハイドラ勢いよく振り返った。


「うるせえ、テンション上がって夜も眠れないんだよ! ──って、わお」

「何が『わお』よ。そもそも前後の文に繋がりがないじゃない」

「いやそれはマジで阿呆でごめんなさい。でも……わお」

「ほんとに何? 『わお』って…・もしかして話しかけたらやばい人に話しかけちゃった……?」


顎に手を添え、こちらから視線を逸らす少女。

うんうんと、頷きながら独り言を呟いている。

そんな彼女を姿を見つめたまま、ハイドラの動きは停止する。

理由は、至極簡単だ。


──彼女の容姿が、どタイプ過ぎた。


麗らかで艶やかな藍色の髪。

長く伸ばされたそれの艶は、毛先まで保たれている。


少々キツくつり上がった目元には、桜色の泡やかな瞳がはめ込まれている。

中の光がハイドラを照らすようだった。


処女雪を連想させるその白い肌。

そこには傷ひとつなく、唇は天然の潤いを保っている。


一目で、美少女だと確信できた。


「こ、こんにちは……俺、ハイドラっていうんですけど……」


しどろもどろ、噛み噛みで自己紹介。

薄く細めていないと目がやられる。

それはもちろん嘘だが、それほどの美少女だ。

今までの美人さんが霞む霞む。

かなり失礼な話だ。


「何? その急な態度の変化? ちょっと、キモイんだけど」

「おお! ズバズバ言うてくるなこの子! 実は俺ら初対面って分かってる?」

「あら、また態度の変化」

「久々の人との会話で緊張してるんだよ。テンションキモイのは申し訳ない……」

「まるで人外となら幾らでも話せますよ、って顔をするのね」


それであながち間違いでもない。

だが、わざわざ説明するのも面倒だ。

ハイドラは「ともあれ」と前置きしてから左手を差し出す。


「俺はハイドラ・ガストリオ。君は?」

「おお、なかなか急な自己紹介ね……私はルナ。ルナ・メイヴィアスよ」


そう言って、少女は──ルナは仄かに笑う。

差し出したハイドラの手は握ることなく。


見えずとも確かな壁がそこにある。

ハイドラはそれを、そこはかとなく感じとっていた。



──



「それで、ルナ・メイヴィアスさん。あなたの入都目的は?」

「たぶんそれ、あそこの受付さんの台詞だと思うんだけど。どうしたの?」


凱旋門の長蛇の列。

その一番最前を指さし、ルナは徐ろに不信感を表情にする。

苦笑いでそれをスルーし、ハイドラは指パッチン。

顎に手を添え、


「ま、まあ、予行練習と思ってさ。やってみてよ。る……君も考えてるんだろ?」

「まあ、一応はね……」

「ほらほらーやってやってよ」

「あの、実は私達初対面だって分かっててそれ言ってる?」

「それ言われるとなんも言えなくなるので辞めてくださいさっきはどうもすみませんでした!」

「ふん、それでいいのよ」


この一連の流れで、どうして自分が謝っているのか分からなくなりながら、ハイドラは軽く息を吐く。

やはり、軽々しく女の子の名前なんて呼べない。

その葛藤に気付いてか気付かずか、ルナも触れてこないから安心だ。


何とか話を続けようと、無理難題を押し付けてきたが、そろそろ限界だろうか。

入都面接の練習なんて、突拍子も無さすぎたか。

とはいえ、このまで来たら後には引けない。

打つべし打つべし、である。


「で? ルナ・メイヴィアスさん。あなたの入都目的は?」


自分の手が、若干震えているのを感じながら、ルナに問う。

すると彼女は呆れた様子でため息を吐き、


「入都目的は、サープリテン大魔法学院への入学試験と入学。それと……出稼ぎね」

「ほうほう、サープリテン大魔法学院……ってマジ?!」


敢えて後から気付いたように、オーバーリアクション。

それに驚き目を丸くするルナに小気味よく思いながら、ハイドラは一言。


「俺もだぜベイベ!」

「その『べいべ』が何か分からないけど、見てれば分かるわ。そことかそことかそことか」


そう言って、ルナはハイドラの手元・足元・鞄に指を指す。

手元にはサープリテン大魔法学院の冊子。

足元には合格祈願の赤の糸。

鞄には、同じく合格祈願の『オマモリ』が付けられている。


そのわかりやすさを改めて認識し、ハイドラは苦笑い。

呆れた様子で、ルナは肩を竦める。


「まあ、どうでもいいけど」

「それでさ」


ハイドラは何とか話を続けようと、言葉を吐く。

とはいえ、プランは皆無。

ただ沈黙が広がり、ハイドラの脳みそがひたすらに回転する。

「なに?」と広げられた手を見つめながら、垂れていく汗を拭わず感じる。


「さっきの続き、なんだけど……」

「ああ、まだ続くのね。……それで?」


しどろもどろに出した言葉を、案外軽めに受け止められたことへの驚き。

彼女の傲慢さに自分よく耐えきれているな……という小さな感嘆。

また、世の中顔かよ、という苦々しさが混じり合い、何とも言えない表情になっているハイドラ。


それを見つめて、ルナは不思議そうに首をかしげる。

愛らしさが大気中で爆発した。

全く、憎らしい。


「そっちから何もないなら、今度はこっちから行くわよ」

「え?」

「『え?』って何よ。当然の応酬でしょ?」


八つ当たりのような感情を表情に込め、ルナが笑う。

まさか乗ってくるとは思わなかった。

ハイドラは、困惑で表情をいっぱいにしてしまう。

その情けない姿を笑うように、ルナは口を開く。


「ハイドラ・ガストリオさん。あなたの、入都目的は?」


そう言って、形式だけだがかしこまる彼女。

ハイドラもそれに従い、少し背筋を伸ばす。


「俺が来たのはもちろん、サープリテン大魔法学院への入学。そして!──」

「そして?」

「──英雄に、なるためさ」


溜めに溜め、こねくり出した言葉。

指をルナに向け、片目を閉じた状態でフリーズ。

これは完全に決まった……と惚れ惚れするハイドラを、ルナは、


「ぷっ! え、英雄って……時代錯誤も甚だしい……」


腹を抱えて大爆笑していた。


「なっ! し、失礼な! これでも本気なんだからな!」

「い、いやごめんなさい。くっ……悪気はなかったの。くっ、くくく」

「悪気ないって言うならせめて丸交代で笑みを堪えるのやめようか?!」


一文が終わる度に、堪えきれぬとばかりに爆笑するルナ。

ハイドラはそれに憤慨しつつも、冷静さを意識する。


「ほんとにごめんなんだけど、そもそも英雄って何だかわかってるの?」


ようやく落ち着いたルナが、そう問う。

かなり傲慢な言い回しである。


むるでさっきまでの魔法が途切れたようだ。

ハイドラは彼女に、若干の鬱陶しさを感じた。

とはいえ、始めたのはこちらである。

前歯の痒みを必死に堪える。


「あれだろ? この世を守る大英傑! 強きを崩し弱きを助ける、時代の変革者……だろ?」


自信満々、という訳では無いが、腰に手を添えながらハイドラはそう応える。

父からの言葉だ。

正直、父の言葉で信用に足るものはこれくらいしかないと思っている。


「まあでも確かにそうなのかもしれない。けど、国が認める英雄って言うのは知ってる?」

「国が認める……?」


英雄を国が認める、とは一体どういうことなのだろうか。

そもそも英雄とは、救われた民衆が勝手に付けていくものだ。

それがまるで国からの栄誉とばかりに語られるのに、違和感しかない。


「あのね、英雄って言うのは『塔』の攻略者のことを言うのよ?」

「マジで?」

「マジで」


少々食い気味で放った言葉に、ルナも被せて音を合わせる。

ハイドラの顔面は驚きでいっぱいだった。

そんな事実を知らなかった自分に驚き。

何故そこに意識しなかったのか自分が不思議で仕方がない。


「例えば、あそこの『凪の塔』。あそこはこの国の初代王、ガルロア・ナータリア王が攻略した。だから、彼は英雄なの」

「んー? じゃ、あれか? 君がいう英雄っては今の時代じゃ犯罪者ってことになるのか?」

「ええ。確かにそうね」


──『塔』の攻略を禁ず。

これはこの大陸に存在する四つの大国、唯一の共有法である。

遠い昔、まだ無法の時代の教訓を汲み、立てられたこと法は、ここ百年ほどは破られていないらしい。


「けどそもそもあれってなんで立てられたんだっけか」


ふと思ったことを口に出すと、ルナが呆れたように額を叩く。

「それはね……」と言葉を続けようとした。

その時、


「──魔獣警報! 魔獣警報発令! 一般人は避難所へ! 冒険者は『塔』へ迎え!」


唸る不協和音と、男の声。

冷静さを欠いた声が、そこかしこで聞こえ出す。

長蛇の列にパニックが伝染した。


騒がしさと慌ただしさの中から、ハイドラは何とか抜け出す。

ルナの手を握る勇気はなく、しかし彼女がついてきていることは確認した。


「おい、一体何が……!」


轟く警報音の中、ルナだけに届かせるよう喉を行使する。

何とか聞き取った彼女が、頭をかき、


「ああ! もう! まさかこんなのって……!」

「だからなんだよ! 知ってるなら教えてくれ!」


狼狽える彼女に何とか声を届ける。

頭では肩を揺すりたいのだが、その勇気すら出ない。

自分のヘタレさにため息がこぼれる。


「だ・か・ら! さっきの話の続きよ!」

「は?!」


何回目かの問の後に、ようやくルナが応えを口にする。

しかし辻褄が合わない。

疑問符を浮かべ、思わず怒鳴ってしまう。


「さっき言ってた『塔』の攻略禁止法! あれはこうなるからなのよ!」

「マジで言ってる意味がわからねえ! 攻略したらこうなるって、じゃ今誰かが攻略した、ってことになるのか?!」

「違っ! そういう意味じゃ──もう! 埒があかない! とにかく避難所に行きましょう。そこでちゃんと話すから!」


そんなふうな台詞で、ルナは話を勝手に終わらせる。

しかし追求の言葉はない。

それを出す前に、彼女の手がハイドラの手を握り締めた。


「──行くよ!」


そう言って、ルナは走り出す。

その手の温もりや柔らかさなんてものはもう気にならない。

その表情の必死さに目を奪われた。

それはまるで、死に瀕した野犬のような瞳で、


「──わ、わかった!」


逡巡の末に、ハイドラは避難所へと駆け出した。

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