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ダルマ

作者: 春羅


 こんなことをしていたら、また歳三さんにバカにされちゃうかな。


「次はソージが鬼ぃー!」


「早くぅ!」


 もう……みんなの真似をして、子ども達まで僕の名前を縮めてるじゃないですか。


「はいはい」


 甲高い声で急かされて小走りで立派な大木の根元に行くと、


「“はい”は一回でしょ!」


なんてまるで姉さんにされてるみたいに叱られてしまった。


「ごめんごめん」


「ごめんなさいも一回! ホントしょうがないね、宗次郎は」


 文久三年の冬、キンと寒いけれど晴れの高くて青い空が気持ちいい午後、稽古を終えた僕は近所の子ども達と遊んでいた。


 同じ試衛館の食客だけど、北辰一刀流皆伝というすごい剣士であり学識も高い文武両道の山南さんにさっき、


「沖田くんは塾頭として門弟の稽古は勿論、小さい子の面倒まで見てあげて偉いね」


と褒めてもらって、ちょっと誇らしかった。


「マジメにやってよう! “だるまさんが転んだ”は遊びじゃないんだから! 武士の鍛錬なんだから!」


「ソージすぐ動いちゃうじゃん! ちゃんとやんなきゃ遊んでやんないぜっ」


 ……これって、面倒見てるって言えるのかな。


「だーるーまーさーんーがー」


 真面目にやろうと意気込んでゆっくり唱えると、息を吸い込む度に樹木特有の香ばしい匂いがした。


 先生……道場跡取りの近藤勇先生の元で昼夜を問わずガムシャラに稽古を積んで、やっと免許をいただいて塾頭を任された時は、やっと、居場所を手に入れた気がした。


 幼い頃に一人で預けられた道場にはたくさんの仲間が集まって毎日楽しくて、このままでずっといられたらいいと思った。


「転んだ! ……ぅわあ!」


「んだよ。素っ頓狂な声出しやがって」


 そりゃ驚きますよ普通。


 振り向いた途端、目の前にあなたが仁王立ちしてるんですから。


「薬屋だぁー!」


「トシゾーだぁ逃げろぉ!」


「バラガキだぁー!」


「いたぁ! なんで僕をぶつんですか!」


 散り散りに僕に手を振って一目散に走っていく子ども達を見ながら、確かに笑ってしまうのを堪えるので精一杯でしたけど。


「てめぇ、仕込んでやがんのか」


「そんなまさかぁ」


「笑うな!」


 この花形役者みたいな眼を吊り上げてとても不機嫌そうな人が歳三さん。


 先生の親友だ。


 家伝薬の行商姿ではなく流行の柄をあしらった着流し姿で、微かに白粉と焚き染めたお香の匂いがする。


 苦手だな、この匂いは。


「またガキに遊んでもらってたのか」


「歳三さんはまた吉原で遊んであげてたんすか? お好きですねぇ。気持ち悪っ」


 つい出てしまった言葉だけど、何が気持ち悪いのだろう?


 遊女が? 買いに行く人が?


「伊庭の野郎が行こう行こうってうるせぇんだよ」


 別に僕に言い訳しなくても。


「ああ、どちらがおモテになるか競争ですか?」


 にこやかさを保っているつもりの僕を、覗き込む。


「妬くなよ、かわいい奴だな。お前も行くか?」


「寝言のおつもりですか? それに、間に合ってます」


「はぁ? ソージ、女ができたなら教えろ!」


 もう知らないと早足で帰り道を先行く僕の後ろで、似合わない大きな声が聞こえてきた。


 でも歳三さん、何しに来たんだろう?


 何か用事があったんじゃないのかな?



 大好きな唯一の故郷である道場に帰ると、みんなに一斉に出迎えられた。


「ソージ! お前よかったなぁ!」


「すごいよソージくん! おめでとう!」


 天狗の扇みたいに大きな手の左之さんにバッシバッシと肩を叩かれるし、平助くんはなんだか満面の笑顔で拍手してるしで意味がわからない。


「さっき白河藩の役人が来てな。藩校の剣術師範になってほしいんだってさ」


 新八さんが顎に手をやる癖を付けてニヤリと笑って、山南さんも穏やかに続けた。


「是非、引き受けるべきだよ。わかるね? これは仕官だ」


 仕官? ……そんなものが、欲しいわけじゃなかった。


 父は士分だったけれど、決して豊かではなかった。


 みんなとは違う……僕は、武士になんてなりたいわけじゃなかった。


「先生は……なんて?」


 みんなは、僕が嬉しそうじゃないのを不思議そうに眺めた。


「いや、源さんと出稽古でいねぇから」


「まだ知らねぇよな?」


 なら、よかった。


 先生は講武所の剣術師範の依頼を受けながら、その身分を理由に白紙に戻されたことがある。


 誰より実戦剣術が強くて、誰より農民の身分に劣等感を持っている先生の、その時の悔しさは僕が一番わかってる……つもりだ。


「じゃあ、先生には絶対言わないでください」


 どんどん遠くになるみんなの声を聞きながら、全部知らないことにした。


 僕は、白河藩の江戸藩邸に向かった。



「断っちまったのか。やっぱりな、お前は本当に大バカだよ」


 帰り道ではまた歳三さんに会った。


 待ち伏せをされていたのかもしれない。


「藩士さんにコレをお見せしました」


 ヒラリと、懐から落書きを出した。


「ダルマ? なんだこれ」


 思い切り眉を寄せるから、言うのも恥ずかしくなった。


 僕はこの達磨と同じで、まだ修行中だから無理です、だなんて。


「歳三さんも、先生には内緒にしてくださいね」


 先生は僕を妬んだり、絶対しない。


 でも先生から見れば“せっかくの”仕官の道を無碍にしたこと、叱られてしまうから。








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