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Dragoon Eques Machina ~蒼藍の竜機兵~  作者: 龍神雷
第2話 絡み合う嫉妬と憎悪
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2-3 犯罪者の集う街

「意外とあっさり街に入れましたね。犯罪者の街ですから、もっと警戒されると思ったのですが」

「逆さ。どうせ脛に傷を持つ奴くらいしかここには集まらないから取り締まっても無駄なのさ。そもそもこの街に法は無いらしいし」


 犯罪都市(バンディッドシティ)は砂漠の真ん中とは思えないくらいにコンクリートで固められたビル群が立ち並んでいる。吹き荒ぶ砂嵐と昼と夜の温度差から身を守る為に堅固な建物が必要であり、居住可能な地域が水源を確保出来るオアシス周辺しかない為、必然的に高層化したのだ。

 だがこの街には外敵を防ぐ為の防壁や街の出入りを監視する関所や検問所というものが存在しない。

 例えばドランノーグ帝都であれば他国の侵略を防ぐという目的で帝城の周囲の最終防壁、貴族街を囲う内壁、帝都全体を覆う外壁と3つの防壁が存在する。それぞれに検問所が設けられ、不審人物と見做されれば内側に入る事も出来ない。外壁に至ってはミーレスの侵攻も想定されていて、高く堅固な造りになっている。

 帝都に限らず大抵の主要都市は最低でも二重三重の防壁があり、関所や検問所があるのが普通なのだ。

 だがこの街にはそれらが必要無い理由がある。

 1つは周囲が見回す限り砂漠であるという事。

 これにより犯罪者の一斉検挙の為に軍を率いていたとしても、遠方から簡単に発見する事が出来、また砂地のせいで動きが鈍る為、迫ってくる前に逃げ出す事や対策を立てる事が可能なのだ。

 ただ賄賂のおかげで帝国が不干渉を決め込んでいるので、その心配は無いと言えるし、自ら貴重な財源を潰すような愚は起こさないだろう。

 もう1つは砂漠という過酷な環境ゆえに周囲には獰猛な動物がいないというのが挙げられる。

 そして街の出入りを管理していないのも、来る者は拒まず、出る者も拒まない。死ぬも生きるも自己責任だからである。

 尤も街の中心に最も狡猾で最も危険なコルツ一家という存在がいるのだが、それは云わぬが華である。

 無法(アウトロー)にして自由(フリーダム)

 それが犯罪都市(バンディッドシティ)という街であった。

 だたそういう街であったせいで、この街でディアーブが生まれたという情報がドラゴンズネストに届くのが遅れたのも事実。

 急いでディアーブハンターを差し向けるも、既にハンターでも手に余る力を手に入れていて、いつ第5段階であるディアボルスになってもおかしくない状況になったのだ。


「さて、こんな所には長居は無用だ。早く応援要請を送ったハンター部隊と合流して、悪魔退治をしよう」


 この街に入ってからというもの、アルシュは多くの視線に監視されているようでどうも居心地が悪かった。

 この街の住人は新参者に興味があるのだろう。ただし興味の対象は強いか弱いか、金の種になるかならないかだ。

 強ければ手出しはしないが、弱ければ身包み剥がされた上に、あらゆる金のネタにされてしまうだろう。ソウランのような超絶的な美貌を持っていればいくら払ってでも抱きたいという者は引く手数多だろうし、若くて健康な体であるアルシュは労働奴隷や臓器売買にうってつけだ。

 面倒事に巻き込まれぬようアルシュは胸を張っていかにも強さに自信があるように見せながら堂々と歩き、付き従うソウランには女性である事を隠すようにすっぽりと頭からロングコートを羽織わせ、更には念を入れて顔全体を覆うような仮面を付けて貰っている。

 身体能力の向上により生半可な実力では相手にならない程の強さをアルシュは手に入れてはいたが、油断は禁物だし、無用な争いは避けたい。

 ただそこまでしても彼我の実力差に気付かない愚か者は存在する。


「おい、そこの新入り。俺様がここでのルールをみっちりと教えてやるぜ。感謝するこったな、えっへっへっ」


 ツンツン頭を金色に染め、長い両耳と右の鼻、更には舌にリング状のピアスをした、一目でチンピラだという空気を纏わせた男が声を掛けてくる。男の背後には取り巻きらしい4人程の男女がいて、全員が同様の場所にピアスをしているので、きっとツンツン頭をリーダーとしたチームか何かなのだろうと思いながら、アルシュは大きく溜息を吐く。


「邪魔だからどいてくれるか?」

「はぁぁっ?新入りが口の利き方がなってねぇようだなぁ~?俺様を誰だと思ってやがんだぁ~?」


 誰かなど知らないが、事前に資料で見たコルツ一家の一員でない事は確かであり、相手の実力も見極められないザコである事も確かだった。

 コルツ一家と揉めるとこの街そのものと対立することになってかなり厄介だが、そうでなければ少しくらい揉めた所で問題は無い。

 どちらにしろ面倒なのは同じなので、アルシュは再び溜息を吐いてしまう。


「てんめぇ~!ちぃ~っとばかり痛い目をみねぇと分からねぇみてぇだなぁ~!?」


 アルシュの溜息に怒ったツンツン頭が右手を掲げると、その上にナイフ程の氷柱が数本生み出される。

 長い耳だったので気付いてはいたが、男は天変地異の力を操る竜法(ドラグマ)を使えるエルブン族だった。

 しかし男の生み出した氷柱を見て、アルシュはそのあまりのお粗末さに再び溜息を吐く。

 男の外見年齢的にアルシュと同年代という事は少なくとも成長速度の遅いエルブン族なら50年以上は生きているという計算になる。

 それだけの時間を生きているのに使える竜法(ドラグマ)がこの程度で、チンピラ紛いの小悪党となれば呆れる以外に無い。


「てんめぇ~!いい度胸じゃねぇかぁっ!!」


 そんな態度のアルシュに対して、怒りが頂点を迎えたツンツン頭が氷柱を投げつけてくる。

 1つ1つがナイフの如き鋭さを持つ氷柱が複数同時に高速で襲ってくれば、普通の者であれば無傷で切り抜ける事は難しい。

 だが今のアルシュは普通では無い。この程度を見切る事など容易い。

 更に言えばこれより強力な竜法(ドラグマ)を兵錬学校時代に毎日のように見て来たので、この程度でビビって怖気付く事もない。


「俺の知り合いなら、この10倍は軽く出せるし、もっと速いし強力だぞ」


 兵錬学校時代を懐かしむように思い出しながら、迫る氷柱を素手で叩き落としていく。もしこれが彼の学友であったならば、叩き落とす為に触れた時点で手は凍りつき凍傷では済まない事になっていただろう。

 全てをあしらった直後、間髪入れずにツンツン頭の懐まで潜り込み、鳩尾に拳を見舞う。


「先に手を出してきたのはそっちだ。反撃されても文句はねぇよな?」


 既に白目を剥いて口から泡を噴いているツンツン頭にその声は届いていない。

 だが取り巻きの4人や姿を現さない周囲の視線には絶大な効果があった。

 数多く取り囲んでいた視線が消え失せ、4人の取り巻きはアルシュの前で土下座している。

 どうやら他の連中からは手を出さないのが吉であると判断されたようだ。これでこれ以上の無用な面倒事は避けられるだろう。


「さて、どうせだしお前達に聞きたい事があ――」

「アルシュさん!下がってください!!」


 ソウランの声にアルシュがツンツン頭を突き飛ばしつつ飛び退る。目の前を何か煌めく物が過ぎったと思った直後、ツンツン頭と土下座していた取り巻き達の首がズルリとズレ落ち、悲鳴が上がるより先に盛大に噴水の如く血飛沫が舞う。


「おいおい、早速かよ。まぁ、こっちも探す手間が省けたけどな」


 アルシュは腰の剣を抜き放ち、油断無く構える。


「確か敵は見えない風の刃による攻撃だったはずです。ですが、今のは――」


 ソウランの言葉が終わらぬ内に、キラキラと光る何かがアルシュに襲い掛かる。

 その正体は細く長い糸。いや軽々と人の首を切断出来るので糸なんていう生易しい代物では無い。超極細の刃と言えるだろう。

 だがアルシュの動体視力は糸の動きをしっかりと見極めている。的確に避け、避け切れないものは剣で斬り裂いていく。


「ハンター部隊の人達は糸が見えなくて勘違いでもしたのか?」


 ディアーブの姿が見えないので反撃は出来ないが、余裕を持って回避する事が出来ているので、戦いの最中だというのに思わずソウランに尋ねてしまう。


「いえ、それは無いはずです。ディアーブハンター部隊の隊員は全員、マスター候補生だった人達です。生身での戦いでしたらマスターに引けを取りません。恐らく1ヶ月しか対悪魔訓練を行っていないアルシュさんよりは強いはずです」

「つまり俺でも余裕でかわせるような攻撃をしてくる相手に壊滅させられる程、弱くは無いという事か」


 マスターになったからといってデタラメに強くなる訳ではない。

 確かに何の努力をしなくても一気に能力が上がるので、そう思ってしまうのは仕方がない事だが、マスターの強さの本質はドラグーンを操れる事であり、身体能力の向上も操縦の負荷に耐えられるだけの肉体の限界値まで上昇するだけ。自身の限界を越えて強くなる訳ではないのだ。

 つまりマスターでなくても鍛え続ければ同程度の身体能力を有する事が可能なのであり、ドラゴンズネストで訓練を行っているマスター候補生の多くは、その限界値近くまで鍛え抜かれ、更に悪魔に対する戦い方を熟知している。

 そんな者達で組織されたディアーブハンターが、こんな糸使いのディアーブ如きに遅れを取る訳がなかった。


「はい、そういう事です。つまりもう1体、別のディアーブ…いえ、恐らくはディアボルスが居るという事です」

「ならさっさと無力化して、本命に備えるとするか!」


 糸の攻撃を避け、ソウランと会話をしながらも相手の観察は怠ってはいない。故に常に一定の場所から糸が飛んでくる事も既に掴んでいる。

 そこにディアーブが居るのは間違いがないと確信したアルシュは降り注ぐ糸の雨を掻い潜り、一気に間合いを詰める。

 そこに居たのはまるで蓑虫のように長大な髪の毛で全身を覆い顔だけを出した異形の女性。目元も髪の毛が伸びて判別しにくいが、漏れ聞こえる声から女性だと分かったのだ。

 そしてそれまで糸だと思っていたものはディアーブから伸びる髪の毛だったという事も理解する。


「……私から全てを奪った………を…ユルセナイユルセナイユルセナイ……」


 名前を聞き取る事は出来なかったが、どうやら彼女から全てを奪った者がいるらしい。犯罪者の集う街であれば、そういう事など日常茶飯事なのかもしれない。それには同情はするが、だからといって容赦はしない。

 悪魔に身を委ねるという事は辛い現実から目を背け、逃げ出した事を意味する。絶望的な現実を覆す力を簡単に手に入れられるという甘言に惑わされて、その結果、更なる絶望を味わう事となる。

 その苦しみから解放するにはリリィの時のように死を与えるしかないのだ。


「今、あんたの魂を解放してやるからな!」


 アルシュが剣を構えて走り出す。それに対し髪のディアーブは頭髪を纏め上げて巨大な刃を生み出し、振り下ろす。

 だがそれは愚策。

 極細の髪1本の高速の攻撃すら見えて避ける事が出来ていた相手に対し、威力が高いとはいえ、巨大で遅い一撃が当たる訳もない。

 アルシュは髪刃を剣の腹で滑らせるように受け流しながら、一気に間合いを詰める。

 その勢いのまま横薙ぎの一撃で髪の毛で覆われた胴体を斬り裂く。しかし少し浅い。


「キィヤァァァッッッッッ!!マタ……またお前は私の邪魔をするのかぁぁぁっっ!!!!マタ私カラ奪ウノカァァァァっっっ!!!!!」


 傷付けられたディアーブが髪を振り乱し、周囲にデタラメに降り注がれる。

 アルシュは冷静に見極めて攻撃を避け続け、一撃も受ける事は無かったが、そのあまりの量に折角詰めた間合いを離さざるをえなくなる。


「また?一体俺が何をしたってんだよ!」


 この街に来たのは今日が初めてであり、犯罪者に知り合いもいない。なのでアルシュには全く心当たりは無い。恐らくは感情の暴走で誰かと勘違いをしているのだろう。

 そう結論付けたアルシュは再び剣を構え、機を窺う。

 そして再び間合いを詰めようとした瞬間、


「待てっ!」

「待って下さい!」


 後ろからほぼ同時に停止の声が掛けられる。

 1人はソウランに間違いは無いが、もう1人の男の声には聞き覚えがない。


「一旦退け!そいつは今、ディアーブに操られているだけだ!」


 男の言葉に踏み止まると、アルシュの目に網目状に組まれた髪の毛が投網のように向かって来るのが見え、急いで後ろへと下がり難を逃れる。

 獲物が罠に掛からなかった事を悟った髪の悪魔は状況を不利と判断したのか、すぐさま束ねた髪の毛で太い腕を生み出すと、その腕を足のように使って逃げ出していく。

 追う事も可能だろうが、先程の言葉が気になる。今は事情を聞く方が先だろうとアルシュは理解し、剣を収める。

 ソウランの元へ戻ると、そこにはやや濃い目の厳つい顔をした筋肉質の体格の良い男が彼女の隣に立っていた。

 犬のような耳が茶髪の中に見え、アニマスに犬族は存在しないので狼族だろうとアルシュは結論付ける。


「まず、ドラグーンのマスターであるキミに命令をしてしまった事を詫びよう」


 アニマス族の男が頭を下げる。


「いや、気にしないでくれ。マスターって言ってもなり立てのド新人だし、元々が軍の下っ端兵士だから、あんまり畏まれても俺も困る。普通に接してくれ」


 自分より年上で、いかにも上官っぽい人物が頭を下げるという状況に居た堪れない気分になるアルシュ。


「帝国軍に所属していたと聞いていたから、もっとエリート風を吹かせた嫌味な奴かと思ったが、そうでもないようだな」


 帝国軍人が全員そういう人間という訳ではないのだが、士官の中には貴族の子息も多いのでそう捉える者も少なくは無い。

 もしかすると彼はそういう帝国軍人に嫌な思いをさせられた過去があるのかもしれない。


「ところであんたは誰なんだ?ドラグーンの事を知ってるって事はあんたもドラゴンズネストの関係者だろうってのは分かるんだが……」

「おお、自己紹介が遅れて済まない。俺の名はラーガン。今回派遣されたディアーブハンターの部隊長だ。よろしく頼むぜ、新米マスターの坊主」


 ラーガンはニッと笑いながらアルシュに向けて握手を求めて手を差し伸べた。

明日、5/4(土)の0時に更新します。

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