Interludium-Ⅰ 仮想と現実
「…ってな訳で、今回のセッションはこれで終わり。お疲れ様~♪」
軽快な声が耳に響き、自身の身体の感覚が戻って来た事を確認した有馬 圭はヘルメット式のバイザーを脱ぎ、卵型のカプセルポッドから身を起こす。
窓から差し込む夕日に目を細めながら、自分の身体を見下ろし、現実の世界に戻って来た事を実感する。
「どうだ!凄いだろ!まるで本物みたいにリアルだったろ?これが俺の考案したVRTRPGだ!!」
まだボーっとするケイに対し、同じ大学で1コ上の先輩である宝塚 吾妻が興奮気味に尋ねてくる。
「……確かにまるで別の世界に行ったみたいに現実味があって、凄いのは理解しました。正直に言えば向こうでは完全にキャラになりきっていましたからね。けど、ちょっと…いや、かなりリアル過ぎでしょ、これは。人の焼けた匂いとか、激マズのおにぎりとかそんなものまで再現しなくてもいいと思うんですけど……」
「まぁ、倫理リミッターを解除してあるからな。だが焼死体が灰化してただけマシと思え。生焼けだったり、下手に人の姿を保っていたりしたら発狂ものだぞ?」
「まあ、その点に関しては良かったと思う事にしますよ……」
アズマとケイの2人が居るのは大学の研究室であり、そこで行われていたのはVRを使用したTRPGだった。
TRPGを知らない人に簡単に説明すると、幼い頃に一度くらいはやった事があるであろう、おままごとやヒーローごっこなどのごっこ遊び。それの延長上の遊びである。
正式な名称はテーブルトークロールプレイングゲーム。
一昔前はペンシル&ペーパーRPGなんて言われていて、紙と筆記用具を用い、ルールに基づいて作り出した架空のキャラクターになりきり、進行役のゲームマスターと共に物語を紡ぎ出すゲームだ。
一応の基本ルールはあるが、コンピューターゲームのように映像がある訳でも、決まったシナリオがある訳でもなく、参加者達のお喋りで進行し、成否判定をダイスの出目で決める。
レトロと言えばレトロだが、人に妄想力がある限り、いくらでもシナリオを作り出す事が出来るし、たとえ同じシナリオでも参加者が違ったり、ダイス目によって、全く異なる展開に発展する。
TRPGは無限の可能性を持つゲームと言えるだろう。
そしてこの研究室では、会話がメインのTRPGがコミュニケーションツールの1つとなり、生み出されたキャラクターにはその人物の願望が反映され、人としての本質を表しているのではないかという、人間学的な研究を行っていた。
そんなTRPGと、今から数年前に五感のほぼ全てを電脳空間で再現出来るフルダイブ型が確立したVR技術を掛け合わせたのが、VRTRPGと彼らが呼んでいる代物だった。
ちなみにVRの導入を教授にゴリ押ししたのはアズマである。
実際の所、研究にフルダイブ型VRなど殆ど不要なのだが、理屈と屁理屈、ある事ない事を様々に並び立てて、教授を言い包めて導入させたのだった。
いくら普及し始めているとはいえ、その価格は学生の身ではかなり高価なものであり、筐体も大きくて専用の部屋でも無ければ設置も難しい。稼動させるのにも電気代が相当掛かるので、導入させたのはただ単純に彼が欲しかっただけと言えるかもしれない。
そして今日は先日届いたばかりのフルダイブVR機を使用した初めての実験的なゲームプレイを行っていたのだった。
アズマがGMを行い、参加するプレイヤーがケイのみ。
いわゆるソロセッションというものである。
「けど以前からそうでしたけど、吾妻先輩のシナリオって相変わらずヒロイン冷遇ですよね。まさかリリィがシナリオボスで、命を救えないとか……先輩の性格を良く理解している俺だけだったからこの内容は許容出来ますけど、他の奴らでこのシナリオをやったら批難轟々ですよ、きっと」
ケイは溜息を吐きながら今回のセッションの感想を述べる。
大抵の場合、PLにシナリオボスを倒すモチベーションを上げさせる為、ヒロインを助ける事が出来るようなギミックを用意するものなのだが、今回はそれが無かったと指摘する。
「まぁ、今回はお前1人だったし、VRセッションの初実験だったから、こういうのも有りだろうと思ってな」
ケイが今回のシナリオの内容を許容してくれると信じていたからこそ出来た事だった。
それに普通のTRPGセッションと異なり、現実のような仮想現実内で思い入れのある人物が亡くなったりした際の怒りや悲しみというものが、現実の肉体や精神にどう影響を与えるかの検証データを取得するという目的も兼ねてもいたのだ。
あまりに影響が大き過ぎた場合、現実との区別が付かずに最悪、発狂したり、GMであるアズマを殺したい程に憎むなんてことも考えられた。
そういう意味では心理学科に所属し、自身の感情さえも冷静に客観的に捉える事の出来るケイは、VRTRPGの検証実験を行うには最適な人材と言えた。
「しかし最後はクリティカルの連発で、あっさり倒されてしまったのは予想外だった。戦闘時の実践データがあまり取れなかったな」
ちなみにクリティカルとは判定の際に特定の出目が出ると大成功の結果になる事である。
クリティカルの効果は様々で、このゲームに関していえば判定が確定成功したり、ダメージ量が増えたりする。
そんなクリティカルを連発したせいで、戦闘で高揚した感情の影響データはあまり取れなかったのだ。
「うむ。まぁ、いわゆるTRPGあるあるという奴だな、これは。流石にダイス目だけは誰にも予想は出来ないからなぁ……」
どんなに綿密に計画を立て、多くの事柄に対処できるようにGMがシナリオを作成しても、PLの行動を全て予測する事など出来ない。必ずと言って良いほど予想外の事、予想を越える事は起きるのだ。
特に今回はダメージ算出の判定でダイス目が爆発した結果であり、こればかりは予測すら出来ない代物だった。
「まぁ、これこそがTRPGの醍醐味って奴だ」
アズマは豪快に笑う。
「いや、笑い事じゃないですよ。データの収集が目的だったなら最初からそう教えて置いて下さいよ!それが分かっていれば少し行動や戦い方も変わったかもしれないじゃないですか」
「先に言っていたらお前の事だからキャラになりきれなかったんじゃないか?」
「うっ……そ…それは……」
確かにその通りだったかもしれないとケイ自身も思う。
普段のTRPGセッションでも、彼はキャラを演じているというよりも操っているという感覚が強く、いかに効率的で合理的に動けるかを追及している面があった。キャラ作成もこういうキャラをやりたいというより、どのデータを組み合わせれば強くなれるかという事を念頭に作成していたりする。それはそれで楽しいし、長く使い続ければ愛着も湧いてくるのでそういうプレイスタイルも問題では無い。
彼はよく周りから、PLよりもGMの方が向いている性格だと言われるくらいだ。
だが初めてのVRTRPGでは、フルダイブならではの現実さながらのリアルさのおかげで、今までとは異なり、かなりキャラとの一体感を感じた。
はっきりと言えば全くといって良い程、自分のプレイスタイルをする事が出来なかったのだ。
今回使用したルールブックが『竜装機兵 Dragoon Eques Machina』という発売されたばかりのTRPGであり、使ったキャラも既に名前や性格などのパーソナルデータ以外は既にルールブック上で完成されたデータとして存在するサンプルキャラを使ったからというのもあるが、フルダイブVRのリアルさと一体感に翻弄され、更にシナリオの凄惨さと相俟って、ケイとしては珍しく色々とテンパっていたのが一番の理由だ。
それに研究室の予算で購入したVR機なのだから、名目上でも実用データを収集するのは当然の事であるのだが、そこにすら気付く事が出来なかったのである。
「まぁ、純粋に楽しめたようだから、良かったという事にしておけばいいさ♪」
「ええ…まぁ、そうですね。もう終わった事ですから良いんですけどね」
確かに物事を深読みせず純粋に楽しめたのは事実だった。アズマの笑顔が癪なので面と向かってその事は伝える事はしないが。
「それで次なんだが……」
「……って…え?次回もあるんですか?」
マザードラゴンに会うという引きで終わったので、続く可能性は残ってるだろうなとはケイも思っていた。
アズマがGMをする際は基本的にキャンペーンセッションと言われる複数のシナリオで1つの長い物語を紡ぐ遊び方をしている。これのおかげでケイもキャラを成長させる楽しみや様々な能力を組み合わせる奥深さ、性格や裏設定を細かく作り上げる面白さを覚えたものである。愛着の湧いたキャラクターシートは、もう使う事は無いと分かっていても、今も捨てられずに大切に保管していたりする。
そんなアズマだが、途中で別の新作TRPGが出たり、気分が乗らなかったり、他のPLの興味が薄れていったりすると、キャンペーンの途中でも打ち切ってしまう時がよくあるのだった。
しかし今回はVRTRPGの実験の為のセッションでもあったので、ケイとしても続くのは予想外な事であったのだ。
「今回は日程の都合でメンバーが集まらなかったからな。大人数で行う際のVR機の負荷や影響なんかも知りたいし」
尤もらしい理由を挙げるが、本質はそこでは無い。
「何よりやっぱりTRPGは大勢でやった方が楽しいからな」
ゲームである以上、それこそが本質。
それにはケイも同意する。
シナリオやシステムなどのゲームそのものの面白さは確かに必要だが、やはりTRPGは皆でワイワイしながらやるのが一番楽しいのだ。
それに関してはフルダイブVRTRPGでも変わりは無いはず。
「というわけでシナリオが出来たら日程を伝えるから、次も宜しく頼むよ」
「はい、わかりました。あっ、そういう事ならキャラデータを作り直して良いですか?」
「ああ…そうだな。今回のセッションで得た経験点を使用してでよければ」
セッションを1つ終わらせる毎に経験点を貰うことが出来る。
本来ならこれを使ってキャラを成長させるのだが、今回は成長させる代わりにキャラ作成のし直しを許可した形だ。
「ただアルシュというキャラのパーソナルとドラグーンのマスターという立場だけは変えないでくれよ」
「分かってますよ、先輩。ちょっとスキル構成で試したい部分があるのでその辺を変えたいだけですから。あ、後は能力値の他の人に応じて修正するくらいですね。現状だと能力値が平坦だから万能なんですが、特化能力がない分、微妙なんですよね」
サンプルキャラは初心者からベテランまで誰にでも使いやすいようにデータが組まれている。その構成がピッタリくる者もいるだろうが、データ重視のケイには少し物足りない構成だったのだ。
「ははは、お前らしいな。そんじゃ、宜しくな」
そして初めてVRTRPGセッションが終了した1週間後。
早くも2話目のシナリオが完成。
2人のPLを追加して、2度目のVRTRPGセッションは開催された。
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・使用ルールブック紹介
書籍名 : 竜装機兵 Dragoon Eques Machina
仕 様 : B5サイズ/220ページ
言 語 : 日本語
プレイ人数 :3~5名(内GM1名含む)
発売日 : 2019/4/26
メーカー : 幻想出版
定 価 : 3,456円
ISBN-13 : 978-4-666-426777
※本書籍は架空のものであり実際には存在しません。
という訳で実はここまでの内容はTRPGのセッション内容を物語風に纏めたものだったというオチでした。
今後はストーリー風リプレイパートとセッション終了後の現実パートという流れで基本的に進めていきます。
現実パートでは今後、キャラ紹介等もしていきたいと考えています。
次回から再びリプレイパートになり、GWなので更新強化週間ということで、次回は4/29(月)0時に更新します。
宜しくお願い致します。