1-5 暗夜を越え、蒼天に飛び立つ
長く辛い、そして悲しい夜が明ける。
アルシュは黙々と1つの大きな墓を作っていた。
本来なら全員分作ればいいのだろうが、悪魔の炎は骨まで炭化させてしまうものだったらしく、殆どが遺灰しか残っていない状態だった。
どれが誰なのか分からないので、集まられるだけ集めて、村人全員という事で1つの墓を作る事にしたのだ。
焼け残った木材や農具を使い、器用に十字架を作ると、倒れないようにしっかりと地面に突き刺す。
十字架の裏には彼が知る限りの村の人達の名前を書き連ねてある。
アルシュが不在の6年の間に嫁いで来たり、引っ越してきたり、生まれたりした人達の名は流石に分からないので、故人には申し訳ないと思うが、こればかりはどうしようもない。
朝から始めた作業も既に昼近くなり、アルシュの腹が盛大に鳴る。
「……ははは…こんな時でも腹は減るんだよな…………」
墓造りも一段落し、アルシュはずっと動かしていた手を止める。
「はい、そうですね。けれどそれが生きているという事です、マスター」
アルシュの呟きに青髪の美女――ソウランが答え、彼に向けて包みを差し出す。
「倉庫の地下にある貯蔵庫で燃えずに残っていたお米を見つけましたので、おにぎりを作ってみました。どうぞ、召し上がって下さい」
包みを開くと不格好な形の握り飯が姿を現す。
「ち、知識はあるのですが、初めて作ったものですから、その…形は悪いですが、あ味の方は恐らく…大丈夫……のはずです………多分………」
人の姿と心を持ってはいるが、ソウランは本来、ドラグーンの動力コアであり制御ユニットとして造り出された機械人形である。料理を作る事など想定されていなかっただろう。
「まぁ、握り飯くらいならそんな変な味にはならないだろう」
見た目はやや歪な形の白米の握り飯である。
米を炊いて握るだけだし、味付けだって塩を振り掛けるか、中に入れる具材を凝る程度の料理とも言えないような代物である。
これで失敗する方が難しいだろう…………と思ったのは一口食べる前までの事。
口に入れた米は、水が入れ過ぎたのか外側はベチョリと粥のようでありながらも、蒸らしが足りなかったのか芯が残りまくってガリッと硬いという、ありえるはずもない2種類を両立させていた。
味も同様だ。一口目は砂糖菓子のように甘ったるいかと思えば、その奥から痺れるような塩辛さが込み上げてきて、止めに苦みが走る。
どうすればこのような味と食感を出せるのか小一時間問い質したい所だが、絶世の美女が期待の眼差しを向けて、感想を求めているこの状況で彼が言える事は1つだけ。
「…う…うん……美味しいよ」
乾いた笑みを浮かべてそう言うしかなった。
「ようやく笑顔を浮かべて下さるようになりましたね。この惨劇を引き起こす切欠を作った私が言うのもなんですが、きっとこれで亡くなった皆さんも安心出来ると思いますよ」
ソウランに言われ、アルシュは初めてその事実に気が付く。
そして同時に一陣の風が吹き、温かな風が彼の頬を撫でる。
「…そうだったな……あいつは俺が笑うと同じように笑ってくれた。その笑顔に俺はいつも励まされていた。おじさんやおばさんだってそうだ……俺の事を本当の子供のように可愛がってくれて、いつも優しい笑顔を俺に向けていてくれた……」
だがもうその笑顔を見る事は叶わない。けど目を瞑れば皆の楽しそうで嬉しそうで愛おしい笑顔が脳裏に浮かんでくる。
それは決して忘れてはいけないもの。
「そうだよな。俺がこんな暗い顔をしていたら、皆が悲しむよな。心配しちまうよな……」
アルシュは声を震わせながら、精一杯の笑顔を浮かべる。
「…ほら、俺はこんなに元気だぜ。だから安心して向こうから見ていてくれ。俺が皆の分まで生きて、笑い続けていくからさ。そして誰もが笑い合える世界にしていくからさ」
墓前でアルシュは誓う。
そして暫くの間、黙祷を続けた後、ゆっくりと振り返る。
もうその顔に深い悲しみの色は無い。
「そういう訳だから、改めてヨロシクな、ソウランさん」
「私の事は呼び捨てで構いませんよ。あなたは私のマスターなのですから」
「だったら、俺の事も名前で呼んでくれ。どうにもマスターなんて呼ばれ方されると身体がむず痒くなっちまう」
「承知致しました、アルシュさん」
「ありがとう。ソウラン」
アルシュが右手を差し出し、ソウランがそれを握り返す。
それは、後に“蒼藍の竜機兵”と呼ばれる事となるコンビの誕生した瞬間だった。
「それでは今後の事ですが、まずアルシュさんにはマザーにお会いして頂きたいと思います」
「マザー?」
ソウランと契約した事によりドラグーン関連の知識を得ているアルシュだが、それは主に操縦方法などであり、マザーという人物の存在については含まれていなかった。
「マザーとは今の人類を生み出し、私達を造ったマザードラゴンの事です」
「ええぇっ!?ドドド、ドラゴン!!?」
アルシュが驚くのも無理は無い。
ドラゴンとは2000年近く前に滅びかけたこの世界を救済し新しく創世したという伝説上の存在なのだから。
* * * * * * * * * * *
今から2000年近く前、人類は滅亡しつつあった。
その原因はどこからともなく出現したディアボルスによるものだった。
多くの眷族を従えたディアボルスはその時代の人々を蹂躙し、文明をことごとく破壊していった。
世界の人口が2割を切り、為す術を失った人類が最後に縋ったのは、ただ天に祈り、神に願う事。そして人口が1割を切った頃、遂にその願いは聞き届けられ、天より6匹の竜が舞い降りた。
ディアボルスと六竜の戦いは熾烈を極めた。そして10日の後、ディアボルスとその眷族は竜によって滅ぼされた。
だが、強大な力のぶつかり合いは、海を薙ぎ、大地を穿ち、天を裂き、世界は戦いの余波で崩壊の時を迎えようとしたのだ。
それを憂いた六竜は自らの命をもって世界の修復に臨んだ。
緑の竜はその身体を枯れた大地に横たわらせ、豊穣に満ちた大地へと生まれ変わらせた。
青の竜はその身体を水に変え、干上がった海を生命溢れる海に変えた。
白の竜は自らを空気に溶かして毒の大気を清め、清浄なる空を復活させた。
赤の竜は自身の炎で身体を焼きながら天へと昇ると、世界を慈愛に満ちた温かな光で照らす太陽に姿を変えて昼の世界を生み出し、黒の竜はその漆黒の体を世界に霧散させ、静謐で安らぎに満ちた夜の世界を生み出した。
そして最後の1匹である黄金の竜は再び来襲するであろうディアボルスに抗する為、この世界の守護者となった。
守護者となった黄金竜は最初に、生き残った人々の中の一部に自らの竜の力を別け与えた。
そして生まれたのが、これまでの人間族とは異なる3種族。
1つ目は竜法と呼ばれる竜が行使する天変地異の一部を操る事に長けた、竜の角を模した長い耳が特徴のエルヴン族。
竜の力を色濃く受け継いでいるのか長命で300年以上の寿命を持つが、その代わりに肉体の成長速度は人間族よりかなり遅い。
2つ目は竜の膂力を使いこなす為に他の動物の因子を取り込んで肉体的に強化を施された、動物の特徴が外見に見られるアニマス族。一括りにアニマス族としているが、時代が進むにつれて取り込んだ動物の因子は多岐に渡り、今では動物族毎に別の種族として扱われている。
寿命は人間族よりやや短いが、肉体年齢が最盛期を迎えると成長が止まり、寿命を迎える数年前までは老化しないという特性を持っている。
3つ目は生まれながらにして竜の持つ知恵の一部と高い器用さを持っていて、緻密な作業を得意とするドワント族。
寿命は人間族と変わらず、見た目も殆ど変わらないが、成人しても小柄なのが特徴で、その高い知力と技術力の高さから学者や技術者になる者が多い。
滅亡寸前だった人類が再び高水準の文明を築く事が出来たのもドワント族のおかげといっても過言ではなく、ドラグーンを基にしたミーレスや生活を便利にする各種道具や機械を開発したのも彼らだ。
これら3種族にこれまでの人間族を加えた4種族が現在の人類である。
「――こうした事実から今の時代を創竜時代、それ以前を旧暦時代と呼称するようになった訳です。そしてこの世界の守護者となり新たな種族を生み出した事から、黄金の竜は親しみを込めて母なる竜と呼ばれる事になったのです」
アルシュはソウランが連絡した迎えが来るまでの間、マザーについてレクチャーを受けていた。
「ええっと、つまりマザーって今の世界の創世神って事だろ?そんな相手に軽々しく会うなんて出来るのか?」
「マザーは気さくな方ですから、問題ありませんよ。と言いますか、アルシュさんは世界に5人しか居ないマザーの娘の1人である私のマスターなんですから、その資格は十分にあります」
そう言われて思い出すが、目の前の絶世の美女は、神に等しい存在であるドラゴンが生み出したドラグーンを制御するコアであり、ドラグーンそのものと言っても良い存在だ。
ドラグーン自体は元々この世界で六竜が力を行使する為に、それぞれの竜自身が造った器である。
だが、この世界の再生に伴ってマザー以外の全ての竜が居なくなってしまった為、ソウランのような制御コアを造り出し、人類にも扱えるようにしたのだ。
そのマスターともなれば、竜を操る者という事でマザーと同格に扱われてもおかしくは無かった。
「あっ、どうやら連絡していた迎えが到着したようですね。続きは移動しながらにしましょうか」
ソウランが空へ見上げたので、アルシュも釣られて顔を空へ向けると、空の彼方に黒い影のような点が見える。
何だろうと目を凝らしている内に、その影はどんどんと大きくなり、あっと言う間にアルシュ達の真上までやってくる。
アルシュは口を開けた間抜け顔でその姿を見詰める。
その姿は羽根を広げた巨大な鳥のようだが、その表面はドラグーンのものと同じ鱗状の金属で覆われていて、それが空を飛ぶ機械だという事を知らせている。
「これは竜翔機。人員輸送用の飛行船です」
飛行船の存在はアルシュも知っている。
その名の通り空を飛ぶ船だが、ドランノーグ帝国でも1台しか無く、その大きさはガレオン船のように巨大だ。
だが目の前にある飛行船は、巨大と評しはしたが、それはあくまで鳥と比較してであり、その大きさは10mもない。アルシュの知る飛行船に比べたらあまりにも小さい。
そして外見は竜翔機という名前だけあって、翼を広げた竜に見えなくもなかった。
「え?あれ?だけどドラグーンって単体でも空を飛べたんじゃなかったか?」
アルシュ自身はまだ空を飛んだ経験は無いが、背中から光の翼を出して高速移動出来るという知識は刷り込まれていた。
「それはオーガニク・リンケージ・システムの稼働時間が影響しているんですよ。元々は竜が乗る為だけに造られた機体ですから、制御する私や操縦するマスターにとっては負荷が強過ぎるんです。なので負荷の限界値を超えないように時間制限という形でリミッターが働いています。ですから長時間の飛行というのは負担が大きくて大変なんですよ」
稼働限界時間があるのは飛行に限った話では無い。
戦闘時の方が負荷が掛かるので、ドラグーンを呼び出した際は制限時間も考慮しなければならないのだ。
だがその制限も仕方が無い。
操縦者の負担の事は当然あるが、それ以上にドラグーンはミーレスさえも圧倒するこの世界で最強クラスの能力を持っているのだ。
そんなものをもし無尽蔵に使う事が出来たら、世界を征服する事やディアボルスのように世界を破壊する事なども造作もないだろう。
そんな会話をしている内に竜翔機は2人の目の前に着陸し、中からメイド服を着たおさげ髪の少女が降りてくる。
「お迎えに上がりました!ソウラン様!!」
メイド少女が声を張り上げながら深々と頭を下げ、だが頭を下げ過ぎたのかそのまま前転するように地面を転がる。
アルシュの目の前でメイド少女のスカートが大きく翻り、中のドロワーズが露になる。
下着には違いないがドロワーズでは色気は全く無いので、メイド少女にとって幸か不幸か、アルシュはスカートの中身を見ても照れる事無く、ただ「ドジだな」と思う程度だった。
「メイちゃん、そんなに慌てなくても良いですよ」
ソウランにそう言われて、メイと呼ばれた少女は乱れたスカートを慌てて手で抑えながら顔を真っ赤に染める。
「ほら、立てるか?」
地面に座るメイに向けて、アルシュは起き上がらせようと手を差し伸べる。
「ひゃっ、ひゃい!大丈夫です!!ソウラン様のマスター様のお手を煩わせるほどではありませにゅっ!」
喋りながら跳び跳ねるように立ち上がったせいで、どうやら舌を噛んでしまったらしい。ちょっと涙目になっている。
涙を堪えて直立不動で立っている姿は、どこかメイドというより軍の新兵のようだ。これで敬礼までしたら完璧だ。
「え、え~っと、と、とりあえず中に入りましょうか」
乾いた笑みを浮かべたソウランに促され、3人は竜翔機に乗り込むのだった。