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Dragoon Eques Machina ~蒼藍の竜機兵~  作者: 龍神雷
第1話 竜が目覚める時
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1-1 蒼き竜人と赤き悪魔

 新緑に彩られた山々の麓。見渡す限りの田畑が眼下に見下ろせる丘陵の上にその青年は居た。

 風に揺れる灰色の前髪を掻き上げながら、懐かしむように髪色と同じ灰色の瞳をその中央にある小さな村に向ける。


「6年ぶりか……」


 その小さな農村は彼の生まれ故郷だった。

 今から6年前に彼は騎士になる事を目指して、ドランノーグ帝国の首都にある兵錬学校へ入学した。5年の訓練期間を経て、帝国軍兵士になってから1年。

 ようやくまとまった休暇を貰えたので、こうして久しぶりに里帰りを果たしたのだった。

 年に数回は手紙を出して近況の報告をして、健康で無事に過ごしているという事は知らせていたが、やはり直接、育ての親である村長には、立派な兵士になった姿を見せたいというのがあったのだ。

 本当ならば兵士では無く騎士になってから戻ってきたかったのだが、騎士になれるのは数年に1人出るか出ないかというほんの一握りのエリート中のエリートなので、こればかりは仕方が無い。


「しっかし、ここも変わらないな」


 丘陵近くを流れる川の周囲には水を多く必要とする稲が育てられ、村に向かうに従って小麦や大麦に変わってゆく。山側には野菜や穀物が育てられ、その隣では牛や豚、鶏といった家畜が育てられている牧場も見える。

 交通の要所でも無い為、人口の増減も殆ど無く、新しい建物も出来ていない。

 6年が経過していてもその光景はこの村を出た時そのままだった。

 時が止まっていたかのような風景だが、その中にも変わっているものはある。


「あれって……多分、そうなんだろうなぁ。全く。今日帰ってくるとは伝えていたけど、時間なんて一言も言ってねぇんだけどなぁ~。一日中待ってるつもりだったのか、あいつは?」


 小麦畑と大麦畑を越えた先の、村への入口にある柵の上に腰掛けて足をブラブラとさせている紺のオーバーオールに麦藁帽子を被った人物を見つけ、青年は悪態をつきながらも村への道を早足で進む。その顔には無意識の内に笑みが浮かんでいた。どうやら青年の方も自分を迎える為に待っていてくれた事が嬉しかったようだ。

 青年が村への1本道に差し掛かると、柵の上の人物も彼に気が付いたのか、柵から飛び降り、青年に向けて駆け出してくる。


「アっくん、おかえりなさいっ!!」

「おう、ただいま、リリィ……つーか俺ももうすぐ20歳になるんだからさ、いい加減、その“アっくん”って呼び方は止めて、普通にアルシュって呼んでくれねぇかな?」

「ええ~っ、アっくんはアっくんだからアっくんで良いじゃない?今更、別の呼び方なんて出来ないよ」


 この歳になっても幼少の頃のあだ名で呼ばれるのは気恥ずかしいが、青年――アルシュは大きな息を吐きながらも、あっさりと諦める。

 頑固な所は昔から変わっていない幼馴染みのリリィに対し、微笑を浮かべる。


「ったく、6年経っても変わらねえな、お前は」

「えぇ~?!変わってるんじゃない。背は高くなってるし、髪だってこんなに伸びてるし、ほらっ、胸だってこんなに大きくなったんだから!それに何よりこ~んなに美人になってるんじゃない!!」


 リリィが麦藁帽子を脱ぐと、日に焼けてやや茶色っぽくなってはいるが、きちんと手入れがされた夕陽のように輝くオレンジ色の髪が腰の辺りまで垂れる。

 幼い頃、村を訪れた旅芸人の一座の中に居たロングヘアーの女性にアルシュは一目惚れした事があった。

 旅芸人なので数日しか村には滞在せず、また10歳以上もの年齢差があったのでその恋が実る事は無かったが、そんな事があった頃からリリィは髪を伸ばし始めていた。

 アルシュにだってその理由は分かっている。

 だが彼にとって3歳年下の彼女は妹のような存在でしか無かったので、その想いに気が付いていながら、ずっと鈍感で気付かないフリを続けていた。

 しかしそう思っていたのは今この瞬間まで。

 会えなかった6年の間にリリィは大きく変わっていた。

 農作業で健康的に日焼けした肌に大きな瞳。笑顔を浮かべる口元からは八重歯が見え隠れし、そばかすの浮いた頬も彼女の魅力を引き立てていた。

 本人が言っていたように6年前はぺったんこだった胸も大きく膨らみ、女性らしさを増大させている。

 6年という歳月は成長期の少女が女性になるのに十分な時間だったのだ。


「自分で美人とか言うなよな。帝都に行けばお前みたいなのなんてゴロゴロいるっての!」


 思わず見蕩れてドキドキする胸の内を悟られないように、そして気恥ずかしさを誤魔化すかのように、アルシュはそううそぶく。

 確かに帝都にはリリィより美人は居たが、そうゴロゴロと居る訳ではない。大抵は化粧で美人顔を作っている女性の方が多く、リリィのようにすっぴんでこのレベルに至る女性はそうそう居ないだろう。


「もうっ!アっくんてば、相変わらず意地悪なんだからっ!……でも、ちょっと安心したかな」

「安心?」

「うん。6年経ってもアっくんはアっくんで昔と変わって無かったから」

「はぁ?なんだそりゃ?俺だってちゃんと成長してるぞ!」

「んふふ~♪さっきのお返しだよ~♪ほらほら。早く行こっ!お父さんとお母さんもアっくんが帰って来るのをずっと待ってたんだから♪」


 満面の笑みを浮かべたリリィがアルシュの手を急かすように引っ張る。

 握った手の柔らかさに再びドキリとしつつも、その温もりにホッとした安堵感を感じる。6年前まではよくこうして手を繋いで村中を駆け回っていた事をアルシュは思い出していた。

 周囲を見回せばあの頃と変わらない景色が続き、そしてすぐに目の前に他の建物よりもやや大きな建物の前に辿り着く。

 そこがアルシュの育ての親である村長の家であり、リリィが住んでいる場所であり、彼が帰る場所であった。

 6年前に出た時と変わらない姿で出迎えてくれた家屋の姿を見た彼は、故郷に帰って来たのだと改めて実感するのだった。



 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *



 闇に包まれた夜空の中に青と赤の光が幾度となく交錯する。

 その光をよく見れば、両方とも人の形をしていると気付くだろう。だがそれは人のような形をしているだけであって人では無い。2つとも5mを越える機械仕掛けの巨人であった。しかしその見た目は青と赤では対照的。

 青い光に包まれた巨人は細身で洗練されたスマートさがある蒼白の鱗状の鋼に全身を覆われており、その頭頂部と側頭部にそれぞれ小さめの角が生えている。

 嘴のような前頭部の下にはどこか女性的な仮面が嵌められ、その目には全身を覆う青よりも更に輝く蒼色を放っている。

 背中からは青い光で生み出された翼が生え、腰の後ろ側には全身を包むものと同じ鱗状の鋼に覆われた短めの尻尾が垂れている。

 それはあたかも神話に出てくる竜と人間を合わせたような姿をしていた。

 対する赤の光に包まれた巨人は人の姿を模してはいるが、かなり歪だった。

 固体とも液体とも言えがたいマグマのように燃え滾ったドロドロとしたものを全身に纏わせ、その熱で赤く発光している。左右の腕も脚も大きさ、形共にバラバラで更に歪さを増長させている。

 顔と思われる部分にはマグマが氷柱のように垂れ下がって牙を思わせるものが並んでおり、その体躯は細身の蒼き竜人に比べて図太く、その背に立ち昇る左右非対称の炎の翼から発せられている気配は禍々しさを伴っている。

 その姿は、見るものに恐怖を与える悪魔と言っても過言ではない。

 蒼き竜人と赤き悪魔の何度目かの交錯。

 悪魔の鋭い牙も巨大な剛腕も竜人の速さに追い付けずにその身には届かず、竜人の爪は悪魔を斬り裂くもそれは表面のマグマだけですぐに新たなマグマが体内から溢れ出て、傷口を修復してしまう。

 互いに決定打を与えられぬまま、時だけが無為に過ぎていく。


「くっ、そういう事ですか。狙いは最初からこちらのリンク切れだったという事ですね」


 蒼き竜人の中で彼女は歯噛みする。

 本来の力を発揮する事が出来れば、こんなに苦戦する事はない。

 元々この機体は彼女とそのマスターとなる人物の2人で乗る事が前提であり、彼女は機体制御がメイン担当だ。起動と同時に襲撃され、マスターを見つけている暇が無かったので、已む無く彼女一人で応戦しているのだったが、マスターが不在の現状では稼働時間は極僅かしか残されていない。

 悪魔は稼働時間が過ぎるまで耐えて粘るつもりなのだ。


「残り時間も少ないですし、ここは大勝負に出ましょうか」


 これまで悪魔に的を絞らせない為に縦横無尽に空を駆け廻っていた竜人がピタリとその動きを止め、嘴のような前頭部を上下に開く。それはまるで口を大きく開けた竜の顎のようにも見える。

 その竜の口腔内に青い光が集中していく。

 赤い悪魔もその力が自身を脅かすものだと感じたのだろう。炎の羽根を最大限に羽ばたかせ、歪に巨大化した右腕を振るう。

 だが僅かに遅い。

 伸びきった悪魔の腕が竜人を捉える直前に、前頭部に集まった光が迸る。


竜撃咆哮ドラグルーイェット!!」


 青い輝きが天を貫き、夜闇を一瞬だけ昼間のように明るく染めた直後、蒼光に飲み込まれた悪魔はその姿を爆散させる。


「…はぁはぁはぁ………なんとか…なったよう…ですが……流石に…完全に消滅……させる事は……出来ません…でしたか………」


 夜空で爆発した悪魔が燃え滾る炎を纏って地面へと降り注いでいく。


「くっ……全部を……打ち消せる…でしょうか…………」


 竜人が掌から水の球体を放って、悪魔の破片を1つ1つ消し去っていく。

 だが水球を1発放つ毎に目に見えて竜人を覆っている蒼い光が弱くなっていくのが分かる。

 そして最後の力を振り絞り、なんとか半分程を処理した辺りで、完全に蒼い光は竜人から消え去ってしまう。


「……時間切れ……ここまで…です…か………強制リンク……リーズ……」


 その呟きとほぼ同時に竜人も蒼い粒子となって夜空の中に消え去り、その中から長い蒼髪の女性の姿が現れる。

 打ち消し切れなかった炎を纏った悪魔の欠片が大地に降り注ぐ中を、全ての力を絞り切って意識を失った彼女もまた大地へ向かって落ちて行くのだった。



 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *



 アルシュとリリィは夕食の後、2人で村の裏手にある小高い丘に並んで寝そべっていた。

 幼少期にもよくこの場所で、同じようにその日にあった事などを眠くなるまで喋っていた。大抵はリリィが先に眠ってしまい、アルシュが抱えて連れて帰るというのが定番だった。

 けれど今日は違う。

 この6年間の事はいくら喋っても喋り足りないし、久しぶりに再会した興奮のせいか、全然眠気も襲って来ない。


「うわぁ~、ねぇ、見て見てっ!星がすっごく綺麗♪」

「ああ、そうだな。今日は月が出てないから尚更だ。帝都じゃ絶対に見れねぇもんな」

「え?向こうじゃ星、見えないの?」

「ああ。向こうじゃ夜中でも明るいからな~。場所によっては夜の方が騒がしい場所もあるくらいだし」


 ドランノーグ帝国の首都である帝都ドラグノは眠らない都市として有名だ。

 ほぼ全ての店屋が4交代制の24時間営業だし、公務を担当する大臣なども同じ役職で同じ地位の人物が4人存在する。

 帝国なので一応、国のトップとして皇帝も存在するが、皇帝と言えど独裁政治は認められておらず、政策にも口を挟めないので、実質的には象徴的な存在となっている。


「昼も夜も無いから、おかげで最初は時間感覚がおかしくなりそうだったよ。まぁ、流石に今は慣れたけどね」

「やっぱり田舎より都会の方が良いの?」


 これまで楽しそうに帝都の事を話すアルシュを見ていて、リリィはやや悲しそうな瞳を向けて問う。


「いや、俺はこっちの方が良いな。やっぱりこうやってリリィと一緒に星空を眺めている方が俺は好きだな……」


 兵役期間が終了したら退役してここに戻って農業をやるのも悪くは無いかもとアルシュは思い始めていた。

 都会の喧騒を知ったからこそ、彼はこの平穏で長閑な場所が自分にとってどれ程大事な場所だったのか実感していた。

 それにリリィが隣に居る。もうそれだけで十分な気分だった。


「アっくん……私は……」


 リリィが潤んだ瞳でアルシュを見詰める。アルシュの方も照れたり、恥ずかしさを誤魔化したりせず、真っ直ぐに彼女の瞳を見詰め返す。

 ずっと妹のような存在だと思っていた。けれど6年ぶりに見た成長した彼女はとても魅力的な女性になっていて、再会した時から既に彼女を妹という目で見る事は出来なくなっていた。

 そしてずっと自分に対して変わらぬ想いを抱き続けていた事に、アルシュは嬉しさを感じ、そして愛おしさも感じていた。

 これまでずっと目を背けていた事に、彼は今、真摯に向き合おうとしていた。

 お互いの顔がゆっくりと近付き、リリィが唇を突き出すように少しだけ顎を上に傾けながらその大きな瞳を閉じる。

 アルシュが更に顔を近付け、その柔らかそうな唇へ自身の唇を接触させようとした瞬間、世界が一瞬、青く染まり、直後に轟音が轟く。


「きゃっ!な、何!?」

「今のは雷…じゃないよな?」


 良い雰囲気を邪魔されたせいで気恥ずかしくなった2人は慌てて離れ、閃光と轟音の原因をキョロキョロと見回して探す。


「ね…ねぇ…あれ、何!?」


 リリィの言葉にアルシュが上空を見上げると、それまで降り注いでいた星の輝きとは違う真っ赤な無数の輝きが降り注いで来るのが見える。それが無数の炎の塊だと気が付いた瞬間、アルシュは叫ぶ。


「伏せろっ!リリィッ!!」


 愛しいと思い始めていた女性に向けて手を伸ばした次の瞬間、付近に落下した炎の塊による熱と炎と衝撃が無慈悲に彼らを吹き飛ばした。

新作スタートです。

そしてやっぱり巨大ロボットものです。

いつも通り週1更新となりますので、宜しくお願い致します。

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