夏休みが明けたら、みんな厨二病になっていた。
夏休みが終わりますね。
嘆かわしいことです。
夏休みが終わってしまった。
そのショックは全国の学生が持つものだろうと思う。
しかし、終わってしまったのならば仕方がない。これからまた青春が始まるのだし、9月には体育祭などのイベントもある。気分を切り替えよう。
校内はまだ朝も早く、あまり生徒はいない。夏休みの宿題のせいで、非常にかさばった荷物を背負い教室に到着する。
ふと違和感を感じた。原因は考えるまでもない。傘立てだ。今日は雨なんて降っていないため、そこに本来ならば傘はない。
あったのは、一本のロングソード。現代日本では明らかに銃刀法違反になるような、立派なものが傘立てに挿してあった。
……いや、美術の課題で一つ制作物を作れってやつがあったが、それかもしれない。
何はともあれ、俺は教室の扉を開けた。本日2度目。またもや違和感を感じる。目の前に、まだ残暑だというのに、制服の上からマントを着ている変人がいた。
いや違う、あれは残念なことに友人だな。
夏休みいっぱいをハワイで過ごしていたケンジだ。ハワイで買ったパーティーグッズなのだろう。早速身につけて浮かれているとは、小学生みたいなやつだ。
「おはようケンジ。そのマント似合ってるぞ」
「おお!リンタロウ!我が眷属よ!悠久の時を経て再び邂逅するとはな!」
「え?ん?なにケンジ?どうした?なに?」
しまった。思わず素のトーンで聞き返してしまった。彼なりのボケなのに潰してしまった。
気まずい空気が俺たちの間に流れる。
「あ、いや…、ハワイどうだった?」
「……我は悠久の時を経てヴァンパイアになったのだ……」
「え?あ、悠久の時って夏休みのこと?」
「……貴様…クソほどつまらんな!」
そう言ってケンジは、マントを翻して自分の席へ戻っていき、トマトジュースと思しき飲み物を舐めながらニヤニヤと笑っていた。
「えぇ……」
何がなんだかわからない。確かに俺は彼のボケを潰してしまったのかもしれないが、そこまで言わなくてもいいのに。
だが、一つだけ言えるのはこんなことになっているのはケンジだけではないということだ。むしろ、ケンジはまだマシだった。見るからにヤバいやつがあちらこちらにいる。
例えば、剣道部のアキラ。
明らかに全身を西洋の甲冑を着ている。どうしてアキラだとわかったというと、彼の席に座っていたからだ。じっと黒板の一点を見つめていて気味が悪い。時折背中が蒸れて痒いのか、ガチャガチャと音を立てて背中を掻いている。傘立てにあった剣は十中八九こいつのだろう。
うちのクラスのご意見番、委員長。
夏休み前はポニーテールが揺れる美少女だったのに、髪が無くなって坊主になっていた。袈裟を着て、机の上でヨガをしている。
いや、もしかしたら夏休みの間に出家したのかもしれない。普段から真面目な委員長だったし、それに野球部のマネージャーだった。郷に入っては郷に従えの精神で坊主にしたのだろう。
うん、きっとそうに違いない。彼女がおかしいなんて信じたくない。
学年一の美女と名高いお嬢様。
俺はドン引きした。彼女は自分の机に魔法陣を描いて、その真ん中にロウソクやらネズミの死体を置いて何かブツブツとつぶやいていた。魔女のコスプレなのか、とんがり帽子を被っている。可愛いのだが、如何せん普通に衛生面に問題があるので、あまり。
どうして誰も注意しないの?という疑問は口からは出ない。
そして、隣の席の最上さん。俺が密かに思いを寄せている彼女。ボブカットの髪がとてもキュートな彼女だが、今日はいつもと違っていた。
ピッチピチの全身タイツを着ている。それも真っ黒のやつだ。出るとこが出ていて、目のやり場に困る。先ほどから周囲を警戒するようにキョロキョロと辺りを見回していた。
そして視線が合う。
適当に会釈をして視線を外す。
彼女はそっと顔を俺の方に近づけると、手を筒状にして小声で話しかけて来た。
「あなたが組織が寄越したエージェントの、ユーグレナね?」
「組織のネーミングセンスひどいな」
何だよユーグレナって。絶望的にダサい。どうしてミドリムシにしたのか問い詰めたいが、彼女は勝手に話を進めていく。
「そう、やっぱりあなたがユーグレナだったのね。気配を消していたからすぐにわかったわ」
「えぇ……」
「これからオペレーション:宿命の終焉を遂行する。あなたは奴の目を引いてちょうだい」
「奴?」
「彼女がやろうとしているのは、滅びの儀式よ。十分後、この街は消える」
「いや、あれはただのヨガだと思うんだけど」
彼女が指差したのは、委員長だった。見事な鶴のポーズだった。
「それでは、行動開始!」
「え、いや、ちょ……」
彼女の目を引けと言われても、彼女自身、もはや何も感じていないだろう。無我の境地に達そうとしているのが気迫だけでわかる。いくら好きな人の命令とはいえ、今の委員長の邪魔だけはしたくない。
肩を叩かれ、振り返ると最上さんが指で数字を作ったり、OKと輪っかを作ったりしている。おそらくハンドサインのつもりなのだろう。それからバタバタと委員長を指差して、早く行けと口パクで言われた。
仕方なく、イルカのポーズへと変形した委員長の席に向かう。
「あの、委員長?」
閉じていた目がゆっくりと開かれる。朝日が彼女の頭に反射して少し眩しい。
彼女はイルカのポーズのまま、
「क्या?」
なんらかの言語を口にした。
「あ、えーと、うん?」
「क्या यह कुछ भी है?」
「……何語?」
「ヒンディー語よ。それより何?もうすぐで解脱しそうなんだけど」
「セミの脱皮みたいに言うね。委員長ってヨガとか好きだったっけ?」
「……実は私の前世ね、ブッダ様の説法を聞いたリスなの」
理解するのに数秒かかったが、何とか飲み込めた。もう委員長はダメかもしれないという現実を。
それと、目の端に最上さんが何かを盗み出しているのが見えた。
あれ?もしかして俺の憧れの人、窃盗してる?
何か理由があるのだろう。最上さんはあんまり頭はよくないが悪いことをする人ではない。
とりあえず、委員長にバレないように会話を継続することにした。
「かなりコアなところに行ったね、コアすぎて怖いよ」
「輪廻を信じないと言うの?」
「そういう意味じゃない」
ヨガの時間を邪魔したことについて軽く謝罪をしてから、俺は最上さんの方に急いで向かった。
「やったわユーグレナ。彼女から秘密文書を入手することに成功した。この文書の名義を私にして、偽の情報を機関につかませればミッションコンプリートよ」
そう言って不敵な笑みを浮かべる彼女の机の上には、委員長の夏休みの宿題が置いてあった。
宿命の終焉ってそう言うことかよ…。めちゃくちゃ悪質じゃないか。
彼女が意気揚々とサインペンを手に取る。
とっさに彼女の手を握った。こんな形で手を握ることとなったのは非常に不本意だが仕方がない。
「いや、それはダメだって!改ざんはまずいって!」
「止めないで!私は頑張った。でも間に合わなかった!だから……こうするしかないの!」
「夏休みの宿題ぐらいちゃんとやろうよ!」
彼女は夏休みの宿題が終わらず、委員長から盗んだ宿題を学校に提出しようとしているのだろう。
何と浅ましい。
俺は委員長の宿題を奪い取ると、最上さんを睨んだ。彼女も俺を睨む。
そのままこう着状態に陥った。一体最上さんはどうしてしまったのだろうか。こんなの絶対いつもの最上さんじゃない。だが、こうやって一緒に過ごせる時間に幸せを感じている自分がいる。
やがて時間が過ぎ、クラスメイトの大半が登校する時間となった。
「ふぅ、やれやれね。今回は私の負けよ。理由はわからないけど、その秘密文書はあんたに譲ってあげる。またね」
フッと笑って、最上さんは俺の隣の席についた。それはまたねの距離じゃない。
クラスが賑やかになっていく。大体は独り言なのが気味が悪い。特に彼女だ。魔法陣に色々なナマモノを置いて、突然叫ぶのでビクッとする。
「出でよ!!暗黒魔界の死刑執行人!!ギリギリガッデム!!」
ギリギリガッデムってなに。めっちゃ弱そうじゃん。俺が肩を震わせて笑っているにもかかわらず、他のクラスメイトはクスリとも笑わない。怖い。なんか笑ってはいけない空気なのかと思ってしまう。
ガラガラと教室の前の扉が開いて、担任の井上先生が入ってきた。彼もまたどこかおかしい。生物の教師だが、明らかに目がイってる。
「ほう…… 実験生物であるお前らが、フェーズ3まで移行するとは……何匹かの脱落者はいるが、実にいい結果だ。素晴らしい!さすが、私の子ども達!」
その後、始業式のために講堂に移動し、校長やら偉い人たちの話を流しながら聞いて、帰路に着いた時にある疑問が浮かんだ。
どう考えてもみんなおかしい。
どんな夏休みを過ごせばあんなことになるのだろうか?どんな夏休みデビューを果たせばあんな大惨事が起こるのだろうか?どれだけ濃い夏休みを過ごしたの?
クラスメイトまでならまだギリギリわかるが、始業式の校長の挨拶もおかしかった。
「諸君!君達が壮健のようで私は嬉しい!これで魔王軍復活の目処がたった!私の後に続け!未来は暗く光などはない!しかし!だがしかし、私たちに光など必要ないのだ!我々が欲するは闇!影!隠!我々が進む道は……」
などと話していた。これをみんな笑わずに、とは言っても常にニヤニヤしてる奴がほとんどだが、よくそんな真顔で聞けるものだ。嫌な顔の一つぐらいしてもいいだろうに。
まぁ面白いし、どうでもいいか。コミュニケーションは取りにくいというか、ほぼ取れないが大丈夫だろう。戻って欲しいが、こんなのは個人の問題だろうし。
二学期は楽しくなりそうだ。
ここはこうした方がいいよ、などありましたら教えていただければ幸いです。
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