精霊の森を経て
妖精の森を歩き続け、行き着いた小さな泉。
俺とスーシーは裸で水浴びをする女神の様な少女に出会った。
「きれい…」
スーシーが声を漏らした事によりその少女がこちらに気づき目を丸くし、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「な、なななな!?何なの!?貴方達覗き!?私を覗こうなんていい度胸じゃない!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!たまたまここに行き着いたんだって!悪気はないんだ、信じてくれ!」
スーシーは怯えて俺の後に隠れてしまったので激昂する少女に一生懸命弁解をする。
弁解の甲斐あってか服を着直した彼女に事情を説明すると納得してくれたようだ。
「要するに、貴方達は妖精族を探してこの森に入ったってわけね」
「あぁ、そうだ、何か知らないか?」
俺は『裸、水浴び』と言う話題を避けるため少女に尋ねた。
「せんせっ……」
「ん?どうした?」
俺の後ろにしがみつき顔だけ覗かしていたスーシーが俺の注意を引く。
「この子…妖精さん…だと思う…」
「「は?」」
俺だけでなく少女もかなり驚いている。あれ?でもこの子の驚き方は『妖精である』と言うより『妖精であることを見破られた』に近いような…え?嘘だろ?
「何で……分かったの?」
「って事は本当に妖精なのか!?でも、姿は人間の少女じゃ…」
驚く俺にその妖精の少女は説明してくれる。
妖精を見るのが同じく初めてなスーシーも目をキラキラさせて少女を見つめている。
「人間の前に出る時は魔法で人間のフリをするのよ。もし、バレたりしたら一族の存亡に関わるからね」
「なるほどな、【天の子】による魔導研究の実験体にされるからか」
俺の推測に少女はコクリと頷く。
【天の子】の学者達は昔から他種族の生き物を実験動物扱いしている節がある。
そのお陰で昔いたと言われる吸血鬼一族なんてものも絶滅したと言われている。
今は昔ほど酷く無いとは言え、そういう被害に会わないと断言する事は出来ないからな。ましてや妖精族ら伝説級の種族なのだから。
「それで?私の質問にも答えてくれるかしら。なぜその子は私が妖精族だと分かったのかしら」
少女が聞いてきたのでスーシーの代わりに俺が説明する。
「スーは『精霊使い』の特技を持ってるんだよ。妖精ならそれは分かるよな?」
そう言った直後、少女はスーシーに近寄り、手を取り満面の笑を浮かべた。
「本当に!?貴方、『精霊使い』なの!?」
「う、ぅん……」
「やったぁ!やっと出会えたぁ!!」
両手を挙げながら喜ぶ少女に俺もスーシーも困惑してしまう。
「えっと、大丈夫か?」
突然の少女の反応ですっかり萎縮てスーシーが俺の服の袖を握ってしまう程だったので俺は少女に詳しく説明してもらおうと話しかける。
「あぁ、ごめんごめん。私も探していた人が見つかったもので……ちょっと舞い上がっちゃった」
あははと頭を掻きながら笑う少女。
探していたってスーシーを?という事は妖精にとっても『精霊使い』の特技は有用なのか?
「私たち妖精族においてはね。人間と近くに居れる事が一番の功績なんだよ。」
「ん?でも、その割に人間と一緒にいる妖精って少なくないか?」
俺は疑問を口にする。現に今の世界では人間以外の亜人と言われる種族は最早伝説に近い扱いだ。そんな妖精が人間と居るのが功績?超常現象地味たのは理解に苦しむな……
「そりゃあ、契約しても見世物にされちゃあ意味無いからねー。それに普通の人間じゃ意味が無い」
少女は一瞬、間を開けると俺やスーシーの目を見て慎重に話し始めた。
「私たち妖精族は貴方達人間のように魔力が回復しないの」
「!?」
流石にこの話には俺も驚かされた。
通常人間は魔力を使い果たしても生活しているうちに回復していく。それが出来ないと言うのは魔力を使い切ったら二度と魔法が使えないに値する。
「まぁ、最初の魔力量が桁違いなんだけどね?そこでね、そこの子の能力が出番なのよ!」
「わ、わたし!?」
スーシーが自分を指さして驚く。まぁそれが普通の反応だろう。
「ええ。『精霊使い』の貴方は気づいてないかも知れないけど、魔力回復と魔力強化を私たち妖精に付与出来るのよ」
「そうなの!?」
なるほど……妖精族が『精霊使い』特技持ちを探しているのは分かった。理にかなって居るからな。だが、それだけじゃ何故やっけになって探しているのか。
「なぁ、『精霊使い』を探していた本当の理由を教えてくれないか?」
俺が尋ねると少女は虚を突かれた様に目を丸くしながらも真面目に教えてくれた。
「………まぁ、貴方達なら教えてもいいかな。いい?私たち妖精族を売らないって約束してくれる?」
俺やスーシーはコクリと首を縦に振る。
「今妖精族は貴方達人間…いえ【天の子】に妖精狩りに会ってる」
「本当か!?」
昔はモルモット扱いしていたとは言え今も尚そんな事が行われていたとは……同じ人間なだけに心苦しい。
「だから、私は何としても『精霊使い』を見つけないといけなかったの。仲間を守る為にも……」
それを聞いたスーシーが少女の手を取りぎゅっと握った。
いきなり手を握られた少女は目を丸くしている。
「ねぇ、妖精さん。私…力になれるかわかんないけど……妖精さんの家族を守るの手伝わせてくれない?」
「え?………いいの?貴方になんのメリットも無いわよ?」
「それでもいいよ。今は学校もあるし、直ぐには無理かもしれないけど…」
「いいわ!それでも!今は【天の子】も忙しいのか襲ってきてないし、私としては貴方の傍に居れるだけで十分よ!」
あの内気なスーシーが自分から他人の為に一歩踏み出したのだ。教師としてこれ以上ない喜びだよ…涙出るわ。
「え、えっと、私スーシーって言うの。スーで良いから……あの、宜しくね?」
「ええ、私はルウよ。スーの身は私が守ってあげるから安心なさい?」
手をぎゅっと握りあった二人はすっかり意気投合した様だ。スーシーにとってもいい刺激だろうし、これから少しずつでいいから変わっていって欲しいなと思う。
それをサポートするのも教師の仕事だな、頑張らないと。
「所でその姿のままで居るのか?」
ルウはこちらを見るとパチンと指をならした。瞬間、ルウの体が淡く光り、消えた頃には約10cm位まで身長が縮み、背中には美しいキラキラ光る羽が生えていた。
「この姿ならいいでしょ?任意で見えなくしたりも出来るし」
「なら、問題ないな。スーも無闇やたらに人に特技の事話さない方が良いからな?」
人伝に【天の子】の学者に知られたらスーシーまで何されるか分かったもんじゃないからな。
「分かった!」
しっかり意図を汲んでくれたスーシーは笑顔で頷いてくれた。俺から見ててもココ最近で一番輝いているように思えた。
その後、スーシーとルウのコンビを寮に送り届け、自分の荷物を取りに学院の個人部屋へ帰ってきたのだが……
「……何してんだよ。」
「ひゃうっ!?…………あっ兄さん!おかえり~?」
俺の居ない間に部屋の中を泥棒の様に物色していたのは紛れもない、煌めく金髪の持ち主であるサラだ。
机の引き出しやら本棚を徹底的に調べてる見たいだけど…本当に何なんだ。
「はぁ……それで、何してたのかな~?」
俺はサラの頬を引っ張り、何をしていたか吐かせようとする。
「いひゃい、いひゃい!ごめんなひゃい!」
涙目で暴れるので仕方なく手を離すとサラは涙をハンカチで拭いながらむぅと可愛く頬を膨らませる。……いや、おかしいだろ。
「何で俺が悪いみたいな目で見てんだ。」
「あはは、ごめんなさい。いや…ね?兄さんのそのアッチ系の本って何処に隠してるのかなって。屋敷には無いしさー?妹的には気になるんだよ」
「あほか!?生来読んだこともないわ!」
何かと思ったらエロ本探してたのか!?………読んだことないし。声を張り上げるがサラは逆にそれを聞いて驚愕に顔を変える。
「それは、それで……大丈夫なの!?……これは、ライア姉さんに相談しないと」
「おい今最後何て言った!?物凄く嫌な予感がするんだけど!」
そんな問答が馬鹿馬鹿しくなった俺は溜息をつきながら支度を進める。
それを黙って手助けしてくれるサラ。
普通にしてたらただの優しい美人なんだけどなぁ…
「サラって俺やグライヤの前と他の人の前でそこまで性格変わるんだ?」
サラは俺やグライヤの前だと異様に甘え出すが外に出ると一変、頼れるお姉さんキャラなのだ。言ったら口調まで変わる変貌ぶりだ。
ふと気になった事を尋ねるとサラは笑顔で答えてきた。
「そんなの決まってるじゃん。兄さん達は家族だから甘えられる!それ以外は迷惑掛けないように逆に頼ってもらう!これに限るんだよ」
「んでも口調まで変える必要あるか?」
サラはプリントの束を俺に手渡すとツンっと俺の鼻をつついてきた。
「あるんですー。私だって苦労して使い分けてるんですぅー」
あ、これ拗ねたな……
口を尖らせるサラの頭を軽く撫でて慰めつつ軽く謝ると直ぐに笑顔を浮かべた。
ほんと、リアル百面相だよこの妹は。
「今日はお屋敷に帰ってくるよね?」
「はぁ…まぁ週末だしな。大人しく帰らせて頂きます」
「やった♪素直な兄さんは良い兄さんだよ」
「いってら」
やけにニコニコと嬉しそうなサラと共に幼少期を過ごした俺にとって大事な人達と暮らした屋敷に足を向ける。
因みに俺やサラがちの繋がってない兄弟であり、グライヤに拾われた事は殆どの人に知られていない。サラの親友のイアでさえ知らないのだ。
グライヤ・シェルマイスの屋敷だけあってやっぱりデカい。学院の四分の一を占める敷地には優雅な、そしてとても立派な西洋建築で建てられた屋敷がある。
この大きさの屋敷を所有しているのに関わらず、使用人の数は僅か一人。昔からその人の手伝いはしていたが恐ろしく手際がいい為追いつくことが出来なかった思い出がある。
「ただいまー。」「ただいま戻りました」
俺とサラが玄関で声を上げると給仕姿のリリーおばさんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、二人とも。メシアも元気ですか?」
「うん。大丈夫、ありがとう」
リリーおばさんは昔から俺たち二人の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれていた。グライヤにも世話になっているが、生活面ではむしろこのおばさんの方が世話になっている。
なので、俺もサラも逆らわずにむしろ心を許しきっていた。
「直ぐにご飯の準備が出来ますからね。それまで居間でゆっくりしてなさい?」
優しく微笑んでくれるリリーおばさんの言葉に従い、俺とサラは荷物を自室に置き、ラフな部屋着に着替えて食堂と廊下を挟んだ向かいの大部屋に向かう。
屋敷の居間は教室程の大きさがあり、暖炉の前にテーブル、そしてその周りに置かれたフカフカの高級なソファ。
ここで団欒したり、くつろいだり等と俺達家族が一番好きで良く集まる場所なのだ。
俺がソファの一角に腰を下ろすと見計らった様にサラが俺の横に腰を下ろしてきた。
「何時まで経っても甘え癖は抜けないんだな」
「別にいいでしょ?兄さんだって嫌そうな顔してないし」
「まぁ、嫌じゃないが……」
頬をむぅっと膨らませたサラが俺の膝の上にうつ伏せで乗っかってきた。俺はそんなサラの髪を梳くように優しく撫で、ふと昔を思い返していた。
昔から、サラがこの屋敷に来てからしばらくしてからはサラは四六時中俺の傍を離れなくなった。それを守る様に俺もことある事にサラを庇ってきたし、サラも俺の手助けをしてくれてきた。
歳も近く、境遇も似た俺達兄妹にとってはお互いの存在が無くてはならない大切な物となっていた。
もう、そうそう関係が崩れるような大事が起こるとは考えにくいが、いつまでもこの関係が続いてくれたら……と思うのは傲慢なのだろうか。
「………さん。……いさん。…兄さんってば!」
俺の膝の上に頭を乗せたサラが見上げながら俺の頬を引っ張った。
「いてっ…何すんだ。」
「ご飯できたってリリーさんが言ってるよ!…もう、妹の顔みて何考えてんだか」
食堂からは美味しそうなご飯の匂いが漂ってきている。
「サラが無事に兄離れ出来るのかなって思ってただけだ」
「それは兄さんもでしょうが」
軽く言い合いをしながら俺達は食堂へと足を運ぶ。食堂へ入った瞬間リリーおばさんにグライヤを呼んでくるよう頼まれたので俺は二階にあるグライヤの自室へと足を向けた。
「グライヤ?ご飯出来たって………」
ドアを開けた俺は思わず言葉を失ってしまう。何故なら………グライヤが着替えていたから。
何とも思わないんだが、元はちの繋がってない妙齢の美女なだけに変におどろおどろしてしまう。
大きな胸にキュッと引き締まったくびれ、スラッと伸びた綺麗な足は歳を感じさせない美しさがある。
「なんだ、メシア。見惚れたか?」
「んなわけねぇだろ!?」
グライヤから目を逸らした俺は机の上に貴族の名簿が書いてある冊子を見つけた。
「なんだ?全部名のある貴族しかいないな」
「当たり前だ、剣舞祭に来るのは毎年上流貴族しか来ないからな」
「あー、もうそんな時期なのか。」
剣舞祭とはロマニア学院が主催する所謂学祭だ。クラス毎に出し物をするのは普通だが剣舞祭のメインはあくまでも試合。
魔法剣士を育成する今の世の中で剣舞と魔法を融合させたうちの学祭は貴族連中からも観戦者が多い。
まぁ、目的は護衛の魔術師を探したりと私利私欲の為なのだが。
「こんなクソの役にも立たん貴族の為に作った理由じゃ無いんだがな」
「まぁ、仕方ないだろ。国からも支援出てるし」
「はぁ………【天の子】として恥ずかしい限りだよ」
グライヤは肩を落とし落胆する。元々は一日くらい【天の子】も【海の子】も差別無しでやろうって言うお祭りだったんだが……
「二人とも何してるのー?ご飯冷めちゃうよー?」
サラの呼ぶ声が聞こえ俺もグライヤもふと笑を漏らす。
剣舞祭の事は正直【海の子】である俺からしたらどうでもいい事だ。悩むだけ無駄ってやつだ。
だが、呑気な事も言ってられない。剣舞祭には【海の子】であるうちのクラスからも出場するのだから………
グライヤとはまた別の意味で悩んでいる俺はグライヤと共に食堂へと向かうのだった。
剣舞祭まで残り二週間。
今回初出の剣舞祭が終わるまでが一章です。
【天の子】の集団にどう立ち向かうか…メシア達の戦略をお楽しみください。
では、また会いましょう