魔性の瞳-98◆「正義」
■ヴェロンディ連合王国/王都/中央市場
喧噪が聞こえてきた。どうやら、マーケットの方からだ。塵一つなく整った、どこか冷たい街であるヴェロンディ連合王国の首都シェンドルにあって、唯一活況を示しているのがこのマーケットだった。ここでは、神曜日と自由日を除く日に自由市が開かれていた。もっとも、“自由市”と言っても、きちんと市の方に登録された商人しか店を出せないのが如何にも杓子定規のこの国らしかったが。
喧噪の原因は、マーケットの中央にあった。背の高い若者に、男の二人組が激しい調子で何かを怒鳴っているのだ。
「要らぬ口出しは止めて貰おう!」
「商人から、正当な対価を払わずに商品を得ようとすることを止めることが、『要らぬ口出し』でしょうか?」
「余計なお世話だ! この国には、この国の律があり、我々はその番人たる騎士だ! この国のことはこの国のものが決める! 他国者は黙っていて貰おう!」
口論を吹っ掛けているように見える二人組は、驚くことにこの国の騎士であると名乗った。その外見や振る舞いから到底想像にも及ばない。
「まぁ、止せ。コノート。所詮、どこの馬の骨ともわからん他国者だ。まともに相手にするのも馬鹿馬鹿しい。日を改めるとしよう」
「む…判った。モンマス、貴公がそう言うなら、この場を納めるとしよう
「そうだ。庶民を寛大に扱う──それが騎士たる者に要求される振る舞いでもあることだしな」
コノート、と呼ばれた騎士は若者に振り返ると、横柄に言うに言い放った。
「他国者、命拾いしたな。今日は貴様の無礼な言葉を聞き流してやろう。だが、次に見かけた時は容赦はしないぞ。よし、モンマス。行くとしよう」
「命は大事にするんだな、他国者」
典型的とでも言えるような捨てセリフを残して、その二人は立ち去った。だが、騒動は収まらない。
「あんた! 何て事をしてくれるんだ!」
おろおろとその状況をみていた商人が、唐突に捲し立てた。
「えっ・・・」
「お城の騎士様の機嫌を損ねてしまって、これからどうやって商売すればいいんだ! あぁ、どうしよう、どうしよう…」
周囲に店舗を出している他の商人達とみると、“我関せず”とばかりに視線を逸らしてしまう。関わり合いになりたくない、という雰囲気が濃厚だ。
もう一つ大きな溜息を付くと、若者は途方に暮れたように一人で嘆く商人の傍らに立ちつくした。