魔性の瞳-93◆「嫌悪」
■ヴェロンディ連合王国/王家の森(湖)→王都
「お待ちしておりましたぞ、姫君」
口元に冷笑を浮かべながら、その男は低い声で言った。ヴァルガー・オフ・エルド──ヴェロンディ連合王国の男爵にして、王国でも最も富んだ貴族の一人。その本人が、暗い笑みを浮かべて立っていた。
「断りもなく外出されるとは、兄王陛下もご心配であられますぞ。さぁ、私と一緒に王宮に戻りましょう」
近づいてくると、レムリアの手を取ろうとする。
☆ ☆ ☆
「触らないで!」
咄嗟にエルド男爵の手を払いのけると、レムリアは馬首を巡らせて自分の後ろに続いていたエリアドの傍らに下がった。
息が乱れて荒く、その表情は真っ青だ。
それでも、意志を振り絞って否定の言葉を口にする。
「エルド男爵。わたくしは自分で王宮に帰れます。エスコート頂ける方もいらっしゃいますので、貴方のお手を患わせる必要もありません」
心優しいこの娘にして、これほどまでに冷たい声がだせるのか──そう感じさせるようなレムリアの声音だった。
「それに、わたくしが誰と外出するかは、わたくし自身の決めることです。誰に断る必要がありますか?」
必要以上に、レムリアは攻撃的だった。
その声音と表情には、相手に対する嫌悪感がありありと見え隠れする。
いつもの自制心は、完全に何処かに飛んでしまっていた。