魔性の瞳-92◆「急転」
■ヴェロンディ連合王国/王家の森(湖)→王都
「・・・そうか。」
私は小さなため息をつく。
彼女は、知っていること、わかっていることのすべてを話しているわけではない。そのようなことは、ある意味、当たり前のことなのだが、なぜか私には、それがとても残念なことに思えた。
『エリアドさま! 競争ですわ!』
“風の囁き”が駆け出し、彼女の声が響く。
・・・あるいは、それは「自分を追いかけてきてほしい」という、彼女なりの表現なのだろうか。
ふと、そんなことを思う。
“・・・ならば。”
「・・・おつきあいさせて、いただくとしようか」
口の中で小さく呟き、“月光”の跨ると、首筋を軽く叩く。
「・・・頼むよ。“月光”。」
まるで、その言葉に応えるかのように、“月光”は静かに駆け出した。
☆ ☆ ☆
一陣の風のように走る“風の囁き”。巧みに馬を操るレムリアの乗馬術は確かなものだった。
“早く、早く──もっと、早く”
レムリアの高揚した気持ちが、愛馬に拍車を掛ける。往路にはあれ程時間を掛けた王家の森を抜ける道を、復路ではあっという間に駆け抜けてしまう。
程なく、王宮を取り巻く城壁に辿り着いた。多少息を荒くしながら、振り返って追ってきたエリアドに悪戯っぽい笑みを向ける。
「わたくしの勝ち!」
些か子供っぽい言い方をすると、門に向かって右手に嵌めた指輪を翳す。ギギギ、と軋みながら門が外側に開いた。
「えっ!」
門を抜けようとしたレムリアは、寸前で馬を止めた。アーチウェイを抜けた先に、道を塞ぐように一人の人物が立っていたからだ。顔も見たくない人物──嫌悪感で顔を背けた主の心を感じ取ったか否か、“風の囁き”が二三歩後退する。