魔性の瞳-08◆「心痛」
■ヴェルボボンク子爵領/子爵館/自室
「行ったか。」
「うむ。あの娘が自分で判断して、自分で決めた上での行動だ。我らとしては、静かに見守るだけだな。」
「判っている。判ってはいるが・・・」
「感情的に納得のいくところではない、と言ったところか。まぁ、判らんでもないがね。」
「・・・これでは、テッドのことをとやかく言えないな・・・」
溜息を付くと、ヴェルボボンク子爵ウィルフリックは苦笑いを浮かべて旧友のラルフ・ロビラーを見た。これは肩を竦めると、おもむろに愛用のパイプに火を付ける。
「そう言うことだ。今更、我々がじたばたしても仕方があるまい。歳行かぬ娘が一人で、勇気を振り絞って過酷な試練に耐えているのだ。我らがみっともない真似をできまいぞ。」
「あぁ。その通りだ。」
「ところで、テッドはどうした?」
「いや・・・今回のレムリアの決断を話したら、真っ赤な顔をして扉を眼前で閉められたよ。」
「アヤツも、全然納得していないのだろう。まぁ、テッドは最初から今回の事には反対していたからな。」
「全く、テッドのレムリアに対する入れ込みようと言ったら・・・。一体誰が想像できたろうな。」
「盲目レヴェル、ということなのだろう」
意識して、ラルフは軽妙に言った。テッドほど直情的でこそ無いが、同じくらいレムリアの事を心配しているウィルフリックを思っての行動だった。そんなラルフの心遣いを、ウィルフリックは十分に理解していた。
「すまんな、ラルフ。」
「なぁに、いつものことだ。気にするな。」
ニヤリと笑って、パイプをふかすラルフ。そんな彼も、心の中ではレムリアの無事を祈っていた。レムリアが試練に向かう間際に、ラルフは自分がいつも首に掛けている碧の宝珠のペンダントを“お守りだ”と言ってレムリアの首に掛けてやっていたのだ。そのペンダントは、『龍心石』と呼ばれる龍の宝珠であり、ラルフの渾名である“龍の盾”の名の由来でもあった。
“大緑龍ギラストールよ。汝の勇気と力を、かの娘に与えたまえ”
時が静かに流れていく。そして、『知恵の塔』では、レムリアが生と死の狭間にあって、その繊細な心を引き裂かれるような苦痛の最中にあった。そして、その結果はまだ誰にも判らなかった・・・。