魔性の瞳-88◆「夢幻」
■ヴェロンディ連合王国/王家の森(湖)
腕の中、彼女の華奢な身体は小さく震えていた。
「あ・・・、あぁ・・・。・・・そうだな。」
途切れ途切れに紡ぎ出された彼女の言葉に、私は彼女を抱いた腕をそっと緩める。
「・・・すまない。・・・人の、・・・人の身体が温かいものだったのだということを、・・・久しぶりに思い出していた。
・・・痛くはなかったか?」
けして痛みを感じるほどきつく抱きしめたわけではなかったが、彼女になんと聞けばよいものか、うまい言葉を見つけられず、結局そんな言葉が出てしまう。胸元に感じた彼女のぬくもりは、それほどに忘れ難いものだったのだろうか・・・。ふと、そんなことを自分に問うてみる。それに対する明確な答えが返って来ることはなかった。だが、それでも・・・。
「・・・レムリア。・・・私は、君に出会えたことを、心からうれしく思うよ」
その気持ちは生涯忘れ得まい。私にはそんな風に思えた。
☆ ☆ ☆
「・・・平気、です・・・」
レムリアは呟くように言うと、相手の顔をそっと仰ぎみる。ともすれば、冷厳に見られがちな表情には、優しげな笑みが浮かんでいた。
“あぁ・・・この人は、こんな表情もできるのね・・・”
自分に会えたことを嬉しく思っていると、どこか恥ずかしそうに話してくれている相手の柔らかい表情が、今は自分一人だけに向けられている──その事実がレムリアには嬉しく思えるのだった。
「・・・わたくしも・・・」
──想いには、想いで応えなくては。心を閉ざしてきたわたしだけど、大切にしなければいけない事柄ははっきり判る・・・。
「・・・エリアドさまにお逢いできて、とても嬉しく思っております」
そう、この想いに偽りはない。少なくとも──今、この一瞬は・・・。