魔性の瞳-84◆「崩壊」
■ヴェロンディ連合王国/王家の森(湖)
問いかけられた言葉、そして差し出された手。
──こわい。
この手を取るのが。暗闇から、光の世界に足を踏みだすのが。
──もしも・・・
もしも。もしも・・・また独りになってしまったら。自分は耐えられるのだろうか。自分は、その事態になっても生き続けることが出来るのだろうか。
──耐えられない?
そう、耐えられないかもしれない。壊れてしまうかもしれない。狂気と正気の狭間で、辛うじて踏み止まっている危ういバランスに狂いが生じ、奈落の底に向かって永遠に落ちて行くのかも知れない。
──それでも・・・
良いのかも知れない。例え、それが長続きしなくても。例え、その後に来るものが破滅であっても。一時が楽しく有れば、それで良いではないか?
──莫迦な・・・
心の声が聞こえる。己を曲げ、安寧に身を委ねよ、という声が。その声に負けそうになる。自分を覗き込む、こんな優しい眼差しに負けそうになる。
──負けたって、良いじゃないの。貴女が、貴女でさえ有れば。
わたしがわたしで在ること。それは、何を持って成り立つのだろうか? この躯が在るからか? この心が在るからか? それとも・・・
「・・・この想いを、持つからですか・・・」
言葉が零れていた。辛くて、辛くて──心の痛みは、自分をどうにかしてしまいそうだった。
“お願い・・・そんな目で見ないで・・・”
躯が、軋む。
“お願い・・・そんな風に想わないで・・・”
心が、軋む。
「お願い・・・」
何をお願いするのか? 優しくして欲しいのか? 乱暴にして欲しいのか? それとも、心が揺らぐ自分を、奪って連れ去って欲しいのか?
「・・・わからない・・・わたくしには・・・わからない・・・」
めくるめく世界が回り始める。そして、わたしは壊れていく。瞳の中から光が消え、躯が急速に冷えていく。
──心が、死ぬ。
何も言えぬまま、何も答えられぬまま──レムリアは困惑の海に躯を投げようとしていた。全てを、忘却へ。全ての、諦めへ・・・。