魔性の瞳-82◆「涙滴」
■ヴェロンディ連合王国/王家の森(湖)
レムリアがゆっくりと顔を上げると、そこには自分を見下ろす優しげな表情があった。
──あぁ、この人はこんな表情も出来るのね…
不安感も恐怖感もなかった。ただ、しっかりと自分の道を歩く大人がそこに居るだけだった。
──自分は、なんて子供なんだろう…
夢見だ、預言者だと言ったところで、真に大人として振る舞う相手の前にあっては、それは虚勢としか思えなかった。子供の自分が、とても恥ずかしかった。
「ごめんなさい・・・」
涙がゆっくりと頬を伝う。
「こども・・・ですね、わたくし・・・。駄々っ子のような──自分でも、呆れてしまいます」
泣き笑いの表情。だが、それは紛れもなく十七歳の少女の素顔だった。
華奢な躯に小さな、細い顔。見上げる瞳は、その深い闇の色を失い、生真面目で純粋無垢な輝きだけを宿していた。
「・・・平凡だけれども、幸せな暮らしが欲しかった──そう言ったら、笑いますか? 何も考えずに、毎日笑って暮らせたら嬉しいです──そう言ったら、軽蔑しますか?」
同情して欲しくて、言ってるのではないのです──そう言葉を結ぶ。ちょっと、子供の自分が我が儘を言っているだけなんです、と。
──さぁ、もう十分でしょう? 嘆いても、泣いても、現状は何も変わらないわ。
・・・そうね。判っているわ。
──相手に依存するのは止めなさい。貴女は夢見。独りで生き、独りで死ぬのがその路なのよ。
えぇ。知っているわ。
──ならば、毅然とした大人の態度を取りなさい。
・・・そうね。
ふぅ、と溜息を付く。判っている──判っているのだけど。
「・・・どうして、こうも辛く感じるのでしょうか・・・」
呟くように、その想いは声に出されてしまっていた。
澄んだ瞳が、奈落の絶望の色で染められていく。もう涙も流れない。流したくても──流れてはくれなかった。