魔性の瞳-80◆「逃避」
■ヴェロンディ連合王国/王家の森(湖)
何が起こったのか、すぐには判らなかった。唐突に“風の囁き”から降ろされると、力強く抱きしめられて──唇を奪われた。
──どうしたの?
恥辱心と戸惑いで、全身が戦慄く。
相手が何かを言っている──夜? 夜を、付き合えと言うの?
──なぜ、驚くの?
あれは…あれは、そんな積もりではなかったの!
──貴女が誘ったのよ。
そんな・・・・・・
──“線”を越してしまいたいのでしょう? ならば…
・・・ならば、どうしろというの?
──彼に・・・抱かれなさい。
息を飲む。胸に鋭い痛みが突き刺さるかのようだ。
──そして、貴女は変わるわ。誰にも影響されないくらい。誰にも、屈服することが無いくらい。
変わって・・・しまう?
──独りで生き、独りで死ぬ。理想の夢見ね。
そんな・・・嘘でしょう?
──そんな訳ないでしょう? どうしたの? 嬉しくないの?
「やめてぇぇぇっ!」
叫んでいたのは、自分だった。
迸るような悲鳴を上げると、幾筋もの雫が、頬を伝って流れ落ちる。がくがくと躯を震わせ、自分で自分を抱きしめる。強く・・・強く。
──無駄よ。
息が止まる。胸が苦しい。躯がどんどん冷たくなる。熱いのは頭だけだ。気が狂いそう。
──狂っているのよ、貴女は。
ち、違うっ!
──自分で何時も言ってるでしょう? “現世は夢にて、夢こそ真。狂気で正気の夢を観る”って。あれは、嘘?
あ、あ・・・
──目を逸らしても、現実は変わらないわ。世に生きるのが、辛くなるだけよ。
い、嫌・・・
──ホントに、往生際が悪い・・・
何かが切れ掛かっていた。
いや、既に切れてしまっているのかも知れない。
意味を為さない言葉の断片を繰り返しながら、レムリアは幼い子供のように、ただ震えていた。
何時もお読み頂き、有り難うございます。おかげさまで、本編で八十話となりました。遅々として進まない話にやきもきされているかも知れません。継続して毎日更新に頑張りますので、今後とも宜しくお願い申し上げます。