魔性の瞳-78◆「惜別」
■ヴェロンディ連合王国/王家の森(湖)
胸が熱かった。後から後から──胸の内から湧き出すかのように、熱い涙が頬を濡らした。
──これで、良いのでしょうか・・・
こんなに自制を失うなんて。こんなに、感情を顕すなんて。自分は“夢見”なのだ。人と世に、未来に通じる導きを示唆する者。常に冷静に、常に客観的な立場で有らねばならぬ者。
──こんなに動揺してしまって・・・
自分を導いてくれた生真面目な師匠、真理査の表情が脳裏に浮かぶ。真理査は、こんな自分を見て何と言うだろうか。これくらいの事で動揺する自分に、呆れるだろうか。
──しっかりしなければ。
気を取り直す。奥歯を噛みしめると、涙を拭う。こんな想いは押し込めてしまおう。そうでなければ・・・気が狂ってしまう。
「・・・エリアドさま、」
声が出た。もう──大丈夫。
「わたくし如きをご所望下さって、ありがとうございます。嬉しさの余り、不覚にもみっともないところを見せてしまいました。どうか、お許し下さいませ」
膝を折って、優雅に一礼──そうそう、やれば出来るじゃないの。
「御存じでしょう? わたくしは、この国では斯くも忌み嫌われている存在でございます。兄が国王であるということだけで、存在することを許して貰っています。エリアドさまのような、前途がある方と釣り合いがとれる筈がありません」
──ほら、もう少し。もう少しで心の扉が閉まる。
「前にも申し上げました。エリアドさまに釣り合う姫君など数多といますでしょう? どうか、わたくしなどは捨て置き、本当に望まれる姫君をお捜し下さいませ」
──そして、決定打を言おう。諦めるために・・・
「・・・それでも・・・わたくしをご所望とあれば・・・“夜”のお付き合いすることには吝かではありませんよ」
わたくしも、エリアドさまに興味がありますから──ふしだらな女でしょう? そんな言葉をさらりと言うと、婉然と笑いかけた。
「戯れ言を申し上げすぎましたね。聞き流してくださいませ。さぁ、城に帰りましょう」
“風の囁き”の鞍に手を掛けると、一気に跨った。