魔性の瞳-67◆「懸想」
■ヴェロンディ連合王国/王家の森(湖)
「・・・呆れられたでしょう」
さり気なく口にした言葉──胸の動悸を鎮める様に、レムリアはゆっくりと話した。
「良くも知らぬ殿方に肌を晒すなど──とうてい理解されるような行為ではありません」
現世では、と心の中で付け加える。
「“不調法”の冠名に、“不作法”と不躾”を加えてしまいました。ますます、世間様から後ろ指を指されてしまいますわね」
でも、特に気にも病んでおりません──そう続けたレムリアの表情にはしかし、何処か悲しさと諦めの色が薄く浮かんでいた。
「不躾ついでに、お尋ねしても宜しいでしょうか」
一転して明るい口調に変えると、相手の肯定を待って先を続ける。
「エリアドさまには、想い人か想われ人がいらっしゃいますか」
☆ ☆ ☆
「・・・まぁ、呆れたとは言わぬが、驚かされたのは確かだな。
だが・・・。貴女のお陰で、久しく忘れていた昔の自分を想い出すことができた。」
彼女の言葉に、小さく苦笑しながらそう返す。
「・・・それに。旧き慣習と常識とに、盲目的に囚われているこの国の変革を、さほど意識することなく陛下に期待していた私自身が、同じモノに囚われかねない危うさを再認識することもできた・・・」
少しだけ考えてこう続ける。
「・・・世間のことなど気になさるな。貴女は貴女のままでよい・・・。
いや・・・。貴女は貴女のままの方がよい。・・・と、私は思う。」
私は真顔でそう続けた。
『想い人か想われ人がいらっしゃいますか』
その問いは唐突だった。彼女に“不意打ち”を食らうのは、何もこれが初めてではない。にもかかわらず、その“不意打ち”を予想できない自分がそこにいる。私にとって、それはとても新鮮な感覚だった。
「・・・“想い人”か。」
“想い”を寄せた女性・・・。過去に、一人だけそういう女性はいた。しかし、それは“夢”の中のできごとであり、そして、彼女は“現身”を持つ人間の女性ではなかった。
視線を逸らして再び空を見上げる。
「・・・誰かに想いを告げたり、告げられたりしたことはないな・・・。
だが・・・。想いを抱いたことはある・・・。もう、ずっと・・・、ずっと昔のことだ・・・」
私は視線を彼女に戻してこう続ける。
「・・・とても不可思議な経験だった。・・・今まで、誰にもこの話をしたことはない。とても、他人に信じてもらえるとは思えなかったからだ・・・。だが・・・、もしよければ、聞いてもらえまいか?」