魔性の瞳-05◆「激高」
■ヴェルボボンク子爵領/ヴェルボボンク市/グラン商会
「なんだって!」
身長ニメートル以上はあろうかと思われる大男は、その厳つい顔を赤くし、声を荒げて二人の顔を睨み付ける。
「そんな危険なことを、あの娘っこにやらせようってぇのか? ウィル! ラルフ! おめぇら、正気なのか? えぇ!」
ヴェルボボンクでも有数のトレーディング・ハウス『グラン商会』。ここは、ヴェルボボンク市中心部のマルクト広場に面した、グラン商会の一室である。商会の会頭であるテッド・“シュトゥルム”・グランツェフは、突然訪ねてきたウィルとラルフに仰天する話を聞かされ、その内容に思わず激高して怒鳴っていた。
「まだ十六の娘っこに、何を期待してんだ! 世界を救えとでも言うのかよ!」
だが、テッドの激高を、ウィルもラルフも冷静に聞いていた。テッドがレムリアを非常に気に入っており、自分の娘のように思っていることも、“天の騎士”のような労苦が多くて報われないような“奈落の道”からレムリアを遠ざけたいと考えていることも、重々承知だった。大体、二人にしても非常に不本意な選択肢なのだ。テッドの心境も十分理解できるというものだった。
暫しの沈黙の後。テッドは大きな溜息を付くと。
「わかった、わかったよ。そんな目で見るな。オレは、レムリアの為の“駆け込み寺”になりゃいいんだろ? 気が進まねぇが・・・それしか方法がないんなら、仕方がねぇ」
ガッツン! と横の壁に蹴りをくれると、不機嫌の極みと言った表情を浮かべて言い放つ。
「だがよ、勘違いすんなよ! オレは、納得したわけでも、賛成したわけでもねぇからな! あくまでな、あの娘っこの笑顔が見たいってぇオレの我が儘だからやるんだ。そこんとこ、はき違えるなよ!」
肩を竦めて、それでもテッドが了解したことに感謝して、ウィルとラルフはグラン商会を辞した。一人残ったテッドは、窓から二人が去っていくのを見ながら呟いた。
「くそ・・・けったくそわりぃぜ・・・」
苦い思いが残った。テッドは、無き妻リアンナの事を思った。貴族の名門に生まれ、何不自由なく育ったのに、よりにもよって鈍くさい無名の戦士であるオレなんかと結婚した・・・。苦労に苦労を重ねて、息子のアルフレッドが生まれるやいなや、産褥で亡くなった。そんな妻のイメージに、レムリアがだぶって見えた。
「くそったれ・・・」
呟いたテッドの口調には、力がなかった・・・。
セオデリック(テッド)・グランツェフは、ウィル子爵とラルフの親友で、巨大な両頭戦斧である“Doomsmasher”を振るう、歴戦の戦士です。若い頃は、三人でパーティーを組んで、あちこちを冒険していました。