魔性の瞳-30◆「黄昏」
■ヴェロンディ連合王国/王都シェンドル/庭園
「待たれよ。」
逡巡していた騎士達が、それでも権威を優先させようとエリアドに向き直った時、低い制止の声が掛かった。
深い藍色の衣装を身にまとい、金色の仮面を付けた背の高い偉丈夫が、生け垣の後ろから進み出た。
「一部始終、見させて貰った。」
静かな口調だが、騎士達は強いプレッシャーを感じた様だ。二、三歩後ろに下がってしまう。
「姫君は、部屋で休まれている。それ故に、騒ぎを起こす理由は何も無い。騎士達よ。そこな貴族を館の客室へお連れして休息させてあげよ。」
明快な解決策を得て、騎士達はきびきびと動き出した。部下が両側からエルド男爵を抱え上げる。隊長はその偉丈夫に深く礼をすると、部下を促して本館に向かって立ち去った。
「さて。」
金色の仮面は笑みを浮かべた様だった。
「男爵に教訓を垂れた剣士のお名前をお尋ねしても宜しいか。斯様な装い故、我が名を名乗ることは出来ぬがな。」
「・・・私の名を知らぬ、と?」
私は相手を揶揄するかのように、唇の端に微かな笑みを浮かべる。
「・・・もっとも、私にとって、そのようなことはどちらでもいいことだ。権威を振り翳すだけの見苦しい貴族に、そうした権威にさえ忠実に動かざるを得ない騎士たち・・・。ある意味、この国の現状をよく表わしていると言えなくもないのだろうが、いずれにせよ、余計な争いをしなくて済んだのは、貴殿の力添えによるものだということは間違いないらしい。
・・・そのうえ、どうやら貴殿は、かの姫君のことも御存知のようだ。私としては、貴殿の名が聞けぬのは至極残念だが、だからと言って、勿体ぶって隠すほどの名でもない。御所望とあらば、お教えしよう。
我が名はエリアド。月影のエリアド(エリアド・ムーンシャドウ)。星々と放浪者の神の追随者にして、“阿修羅”の使い手。
・・・さて、金色の仮面の御方。それでは、私は貴殿のことをなんとお呼びすればよろしいのかな。」
私は静かにそう尋ねた。
本編も漸く三十話目に達しました。幸か不幸か(笑)、物語はまだまだ続きます。今後とも、お読み頂ければ幸いです。