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魔性の瞳  作者: 冬泉
第五章「闇の舞」
183/192

魔性の瞳-182◆「紅蓮」

■ヴェロンディ連合王国/王都/大聖堂


 無明の“闇”があたりを支配する。一瞬、五感を奪われたかのような錯覚に陥るが、しかし私にはそうではないという確信があった。かつて“阿修羅”の持つ“闇”に呑まれようとした時、私は同じような状況に陥ったことがある。その時には、自分という存在を保つことさえ困難に思えたが、今はけしてそうではなかったからだ。


「・・・cogito, ergo sum.」


 そう。私は今、確かにここに在る。ならば、これは“闇”であっても“虚無”ではない。


──そして、私は思い出す。


『・・・君は“闇”とは何か、考えたことがあるかな?』


 それは穏やかで落ち着いた優しい声音。

 かつて私がまだ最初の旅に出る前、ある人から聞いた言葉だった。

 旅に出ることを決意するきっかけになった言葉でもある。


『多くの人は、漠然と「“闇”は存在する」と考えている。しかし、“光”が当たれば“闇”はそこから消え失せる。けしてどこか別の場所に移るわけではない。まるで最初からそこに存在していなかったかのように消えてなくなってしまう。言い換えれば、“闇”とは“光”が存在しない状態のことであって、“闇”と呼ばれる“何か”が存在しているわけではないという見方もできる。』


 不思議な笑みを浮かべて、その人はこう続けた。


『・・・ならば、人はなぜ何も存在しないはずの“闇”に恐れを抱くのか、君にはわかるかな?』


「・・・すっかり忘れていたな。」 


 私は小さく呟く。


 わからなかったその問いの答えを探すために、私は旅に出る決意をしたようなものだ。

 しかし、多くの困難に満ちた冒険行の中、いつしか問いそのものが記憶の奥深くに埋もれていた。

 けれど、ずっとわからなかったその問いの答えが、不意にわかったような気がしていた。


 ・・・人が“闇”に恐れを抱くのは、おそらく“闇”の中では何も見ることができぬからだ。


 見えぬことはわからぬことであり、わからぬことが不安を呼ぶ。

 どんな人にも心の中に見えぬものわからぬことがあり、人はそれに不安を感じながら生きている。

 なぜなら、人は他人の考えを知ることも、また未来を見通すこともできぬからだ。

 それが不安を──“闇”を増大させる。

 そして、計り知れぬ不安──“闇”は、やがて恐れとなる。

 言い換えれば、人は“闇”を恐れるのではなく、見えぬものわからぬことを恐れているのかもしれぬ。


『・・・ならば、“光”とは何か?』 


 あの人の声が聞こえたような気がした。


 “闇”が恐れをもたらすと考えるなら、“光”は何をもたらすのだろう? そう考えれば、答えは簡単だった。

 そう、“光”によって、人は“闇”から解き放たれ、そこに何があるかを知る。


 星々と放浪者の神と言われるセレスティアンが宇宙そらの闇の彼方に何を求めて旅を続けているのか。


「・・・知は“光”なり──か。」


 ずっと気づかなかった。答えはずっと自分のすぐ目の前にあったのに。


 ならば、“闇”を──恐れを直視し、向かい合わねばならぬ。そして、恐れを──“闇”を直視するためには・・・。

 きっと、あの人なら当たり前のように、ここに“光”を呼ぶのだろう。


 私にはそんな風に思えた。


 ・・・だが。はたして自分に、あの人と同じように“光”を呼べるのだろうか?

あまり認めたくはなかったが、そんな“迷い”があるのもまた事実。そして、その“迷い”があるうちは、私に“光”を呼ぶことはできないだろう。


「ならば・・・。」


 私は決意する。


 古来、それは人間ひとが“闇”に抗するため、太陽の光の代わりに求めたもの。

 私には、“光”を呼ぶことはできぬかもしれないが、それを呼ぶことはできる。

 それは、夜の“闇”に挑むため、人間ひとが手に入れた最初の武器。


 今一度、決意を込めて、私は呼ぶ。


『・・・“紅蓮”よ、来たれ。我が元に。』


 そして──、灼熱の炎が“闇”を明々と照らし出す。



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