魔性の瞳-17◆「交感」
■ヴェロンディ連合王国/王都シェンドル/王宮(祝宴にて)
エリアドはレムリアに導かれるまま、バルコニーに向かった。むろん周囲の者たちの声が二人の耳に届かなかったはずはない。バルコニーに出る間際、エリアドは振り返って広間全体を見渡し、嘲笑うかのように昂然と、冷やかな笑みを浮かべた。なかば唖然とする貴族たちに背を向けると、下世話な相手を自分の世界から締め出すかのように、ガラス扉をバタンと閉めた。
「・・・つまらぬ連中だ。このような国を治めさせるために、奈落の底から陛下を救い出したのかと思うと・・・」
エリアドは、およそ聖戦士らしからぬセリフを平然と口にする。
「他人の目など気にせぬことだ。・・・と言っても、貴女の立場ではそうもいかぬか。」
レムリアの傍らに歩を進めながら、低い声で彼女に言う。
「・・・だがな。それなら、時には本音を出した方がいい。貴女・・・いや、君は、慣れても鈍感になってもいまい。・・・そうなったと思おうとしているだけだ。」
夜空を埋め尽くす星々の下。
時間は、ただ静かに、ゆっくりと流れていた。
その印象からは程遠い心遣いを見せる相手に、レムリアはやんわりと微笑んだ。ガラス窓からは明るい光が漏れ、室内の喧噪が僅かに伝わってくる。
「そうですわね・・・。“気にならない”と言えば、嘘を申し上げることになりますが、口さがない論評は今に始まったことでもありません。故に、“気にしない”と、思っておりますの。」
ここまで、自分の思いを吐露してしまっていることが、レムリアにとっては驚きだった。
相手は、“あの”『阿修羅』を持つ魔剣士。気軽に話しかけられるような存在ではない。普通は、自分の想いを話す言う以前に、近づかない方が良いと一般向きには思われている相手なのだ。
“そんな方に・・・なぜ?”
その問いに答えを得ようと、レムリアは相手を見つめてみた。深い、深淵の双眸が相手の目を射た。
余談ですが、エリアドは行方知れずになっていたアーサー・アートリム(当時は王子)の探索に携わっていました。
アーサー・アートリムは、成人前に北の魔国の手引きで誘拐されてしまい、絶望した父王スロメル六世は、北の魔国との戦いに命を落とします。絶望が広がる中、冒険者の一団が奇跡的に王子を救出。すぐにフリヨンディ王国の王位に就いたアーサー・アートリムは、長らく望まれていたヴェルナ法王領との合併を、法王の息女であるアン・コーデリアと結婚することで実現――ヴェロンディ連合王国を成立させます。
エリアドの、『奈落(Abyss)の底から救い出した』とのセリフには、斯様な背景があります。ご参考まで。