魔性の瞳-172◆「即応」
■シェンドル/王宮/謁見の間→近衛軍本営
謁見の間を辞したハリー・ハウは、足早に王宮の正面玄関から外に出ると、隣の館に急いだ。その館──と言うよりは小規模な“城塞”と言った方が早いのだが──それは、周囲に水堀を巡らせ、正面入口に跳ね橋さえ掛かっていた。王宮にそぐわないこの館こそ、王都シェンドルの最終防衛を担う精鋭近衛軍の本営であった。
「やぁ、ご苦労様」
こんな時でも、ハリーは入口を固める近衛兵に声を掛けるのを怠らない。その気さくな態度と相まって、ハリーは近衛軍の将兵から絶大な信頼を得ているのだった。
「司令官、如何致しましたか?」
不意に帰館したハリーを、副官アーウィンが出迎えた。
「仕事だよ、アーウィン」
「出撃ですか?」
飲み込みと反応が早くなければ、ハリーの副官は務まらない。その点、若年ながらこのラルン・アーウィンはハリーが(密かに)評価するだけあった。
「すぐにはじゃないけどね。総員、出撃準備だよ」
「了解です。当直の第二連隊は即応可能。第一、第三、第四連隊は三十分で即応準備します」
「オッケー。糧食は三日分を持たせて。それ以上の補給で対応――準備させておいてね」
「作戦行動の準備は整っております。一週間は即応可能です」
「上出来。オレはまた戻らなきゃならないんで、あとは宜しく」
「伝令を三人付けます。ご指示は迅速にお願いします」
「わかった。じゃ、また後で」
真面目に敬礼するアーウィンに適当に手を振ると、ハリーは近衛兵三人を連れて本営を出た。