魔性の瞳-170◆「浸食」
■ヴェロンディ連合王国/王都/騎士総帥の部屋
「・・・エルド男爵が、敵を手引いたと?」
神槍『カラダン』を担う王国最強の騎士、アクティウム・エパミノンダスは、契那とハリーからの報に接しても、些かも動じなかった。
「はい。男爵が引き寄せた相手は、恐ろしい闇の使い手でした。我ら全員が束になってもかなわぬ相手でした」
先の戦いを思い返すと、契那は躯が震える思いだった。
「でも、あんな助けが入るとは思わなかったね」
「助けとは?」
「彼の永遠の聖女、全ての者の永久なる憧れ、安寧と融和の象徴・・・」
芝居がかった様に言うのはハリーの癖だ。
「早くおっしゃって下さい、ハウ卿」
まったくもう、と契那がハリーを即した。
「はいはい。“銀の髪の乙女”ですよ、アクティウム。間違い有りませんね」
「なんと・・・」
「はい。天空から光の輝きと共に“楽園の泉”が聞こえて参りました。闇の使者を退け、我らの傷すら癒してくれました」
「ふむ・・・」
アクティウムは暫し思案した。
「・・・斯様な事は、“銀の髪の乙女”が“白の聖者”と“炎の聖騎士”と天空の彼方に旅立って以来のことだ。さすれば、さほどにも事態は深刻であると言う事か・・・」
「予断は許しません。すぐに騎士達を呼集し、即応体制を整えるべきと愚考します」
一転、真面目な口調でハリーが言った。
「私もそれが必要だと思います。この国で最も守護の力が強い大聖堂にまで進入する相手です。用心にこした事はありません」
契那もハリーに同意する。二人の言葉に、アクティウムは頷いた。
「判った。国王陛下には、私から報告申し上げよう。ハリー、セイにも話して、早速近衛軍と近衛騎士隊を臨戦態勢にするように。」
「了解しました!」
ハリーも王国三騎士の一人。締めるべき所は心得ている。拍車を鳴らしてアクティウムに騎士礼をすると、失礼します、と述べて退出する。
「契那、陛下の元に行こう」
「はい、マスター」
ハリーが出て行ったのとは反対側の小さな扉を潜って、二人も騎士総帥の部屋を出て行った。
「魔性」百七十話です。ヴェロンディ連合王国に忍び寄る暗い影。それが徐々に明らかに成っていきます。今後ともご期待下さいませ。