魔性の瞳-140◆「侵攻」
■ヴェロンディ連合王国/王都/レムリアの居室
「・・・いや・・・」
“・・・気のせい、か”
「なんでもない・・・」
エリアドは、契那の言葉にそう応じた。
“・・・どうやら、彼女(契那)は、何も感じていないようだ。
・・・もしくは、感じたということを、こちらに感じさせないだけの資質がある・・・か”
答えのでない二つの推論の間で、エリアドは己が思考が空転するのを感じた。
“・・・少し、神経質に考え過ぎているのかもしれぬ、な”
もう一度、エリアドはゆっくりとあたりを見廻した。
「・・・それにしても、なぜ・・・」
“・・・このようなところに、妖魔が・・・”
小さく洩れたその疑問は、エリアドの中からなかなか消えようとしなかった。
☆ ☆ ☆
推測ですが・・・と前置きして、契那は話し始めた。
「このシェンドルの都全体には結界が張られています。大抵の妖魔は、この結界で防がれてしまいます。異空間からの呼び出しによって出現する上位の妖魔ならば、この結界を越えることが出来るでしょうが、それでも宮殿に張られた結界──これは、都全体のそれよりも数倍強い結界です──を破ることはできません。ましてや、その最奥にあるこの場所には、更に強力な結界が張られています。通常ですと、到底妖魔の出現など考えられません」
「簡単だよ。結界に綻びが無いとしたら──誰かが手引きしてるんだな」
「ハリー! 滅多なことを言うな!」
何時の間にか、意識を取り戻していたセイが思わずハリーの言葉に否定の声を上げた。
「おいおい、簡単な引き算だろ、セイ。今の状況で都の結界が無くなってみろ。何時も虎視眈々とこの国を狙っている北の魔国に一気に席巻されるさ。そうなってないって事は、結界は保持されているってことだ。そうなると、誰かが結界を撓めて(たわめて)、中に進入するルートを作ったとしか思えないね」
「仮にその様な“門”が作れたとしまして──その存在は非常に強大な力を持っている、という事になります。その様な存在がここに居るとしまして、尚もわたくしたちがこのままで居られると言うことは・・・」
「・・・その存在の気まぐれに過ぎないってことなのでしょう」
契那の言葉を、レムリアが引き継いだ。
「つまりだ──緊急事態ってことだ。今は、宮殿に安全な場所は一切無いって考えた方がいい」
腕組みしたハリーは軽く溜息をつくとセイを見た。
「王陛下とアクティウムにすぐ報告しよう」
微塵も躊躇いも無くセイが返すと、ハリーはエリアドとレムリアに言った。
「それが良い。エリアドは姫君を護って付いてきてくれ。姫君、宜しいですね? ここに残られるのは安全ではありませんので」
「えぇ。わかっています。足手まといにならぬよう、気を付けます」
ハリーに頷くと、次いでレムリアは小さくエリアドに頭を下げて言った。