魔性の瞳-138◆「疑念」
■ヴェロンディ連合王国/王都/レムリアの居室
「・・・忝い」
エリアドはそう言うと、セイとハリーに小さく頭を下げた。
“・・・さすがに、妖魔の気配は消えたようだな。・・・もっとも、“天秤”に耐えるような相手であれば、そもそも気配など感じ取らせはしないかもしれぬが、な・・・”
エリアドはあたりを静かに見廻した。
レムリアの部屋を訪れるのは昨日から三度めだが、どうやらやっと、少し落ち着いてあたりを見る心の余裕ができてきたらしい。
意外に、などと言っては失礼かもしれないが、ここが王族の居室であるという事実を考えれば、そう言ってしまってしまっても、けして言い過ぎにはならないくらい、質素な部屋だ。
“・・・しかし、妖魔などが、王宮の、このような奥深くにまで侵入してくるとは。・・・宮殿を守る結界に、何らかの形で“綻び”ができていると考えるべきなのかもしれぬ”
恐らく、部屋に置かれている家具は、どれも良い品なのだろうが、けして華美な装飾が施されているわけではない。
“・・・それにしても。なぜ彼女が狙われる? “阿修羅”を持たせたことが裏目に出たか?
・・・それとも、彼女自身の身に、何か妖魔に狙われるだけの理由があるのか?
・・・いや、理由はあるな。・・・“王の妹”などという立場一つをとって見ても、彼女に利用価値を見出す者はいよう。・・・まして、“災厄を告げる者”、“魔性の瞳”などと呼ばれるだけの“何か”を、彼女が本当に持っているのであれば、その先は言わずもがな・・・か”
そんなことを考えながら、レムリアと契那のところに向かったエリアドは、あるいは少し難しい表情をしていたかもしれない。そのことに気づいて少しだけ表情を和らげ、私はこう続けた。
「・・・二人とも、大丈夫か?」
「大丈夫です」
壁に凭れて、床に座っていたレムリアは顔を起こした。傍らに付く契那が慎重に傷の手当てをしていた。
「傷は、塞がっています、姫さま。もう、心配はありません」
「ありがとう、契那ちゃん」
ゆっくりと、レムリアは立ち上がった。躰が揺れるのを契那が隣で支える。
「この剣をお返しします。危ないところを、助けて貰いました」
古びたその剣を、そっとレムリアはエリアドに差し出した。