魔性の瞳-134◆「激震」
■ヴェロンディ連合王国/王都/レムリアの居室
「大丈夫か?」
エリアドは、扉のところにいたレムリアに短く声をかけ、血の滲む肩口に“癒しの手”(LAY ON HANDS)を翳した。その右手が蒼く輝くと、レムリアの肩の傷が徐々に治っていく。
「大丈夫です」
エリアドの言葉に、レムリアは気丈な笑みを返した。
努めて冷静には振る舞ってはいるが、微かに躯が震えるのを止められなかった。
それもその筈。騎士であっても、妖魔に遭遇して生き長らえることは少ない。ましてや、何の技量も持たないレムリアであれば尚更だった。
妖魔と戦うハリーの助勢に向かうエリアドの背を見ながら、レムリアは阿修羅を硬く抱きしめた。
「レムリア。いいか、少しつらいとは思うが、今しばらく気を抜くな」
何か予感めいたものを感じたエリアドは、“阿修羅”を抱えるレムリアにそう言い残して、少しだけ遅れて部屋に入る。
『契那ちゃん、セイを御願いします! エリアド殿、相手を足止めしますよ!』
「了解した。」
ハリーの言葉に短く応じて、バルコニーから入ってくる猛禽類を思わせる数体の魔物に対峙する。
『キシャャャーーーーッッッ。』
人に倍する巨躯。醜く曲がった大きな嘴を持つ禿鷲に似た頭部。禍々しさを湛えた真っ赤な凶眼がこちらを見る。左右の翼を大きく広げ、鋭い鈎爪を構えて、“それ”は威嚇の咆哮を発した。
「・・・妖魔か。」
猛禽妖魔ヴロック。上級種の中ではさほど強大な力を持つ方ではないといわれる妖魔であるが、現界でそう滅多やたらに出会える魔物ではない。・・・いや、少なくとも、そう言われているはずである。
小さく呟き、真紅の手甲──“炎の鎧”──に、呼びかける。
「エリアド・ムーンシャドウの名において、“正義”を為さんがため、我は“汝”を求める。“火炎剣”よ、我がもとに」
巻き上がった真紅の炎とともに、二振りの細身の漠羅爾刀が手の中に現れる。
「・・・さて、どうしたものか。流石に、ここを妖魔ごとまとめて噴き飛ばしてしまうわけにもゆかぬだろうしな」
唇の端に皮肉っぽい笑みを浮かべ、冗談とも本気ともつかぬ口調で呟きながら、妖魔の爪を受け流す。
“炎凄斬”(えんせいざん)。“炎の鎧”と“火炎剣”に秘められた“力”には、確かにそれだけの威力がある。その“力”を使うには、己が心に秘めし“心意の祠”にある“心”、“技”、“体”、3つの心の扉を開かなければならないし、その結果支払うことになる代償は、けして小さなものではないのだが、今の自分なら、それがけして不可能ではないということもわかっている。
“・・・だが。やはり、それは最後の手段だろう。となると、今は己の持つ剣の技のみで、妖魔どもと対さねばならぬということになるな・・・”
正直なところ、何がエリアドを躊躇わせていたのか、それは彼自身にもしかとはわからなかった。だが、『その“力”は、今ここで使うべきではない。』という強い予感めいたものがあったのは確かなことだ。その一方で、久方振りの実戦に“剣士”としての血が騒いでいたことも、また確かな事実ではあるのだが。