魔性の瞳-131◆「妖魔」
■ヴェロンディ連合王国/王都/レムリアの居室
レムリアは瞳を軽く閉ざすと、居間の安楽椅子に躯を深く沈める。全身が気怠いが──何が原因かはわかっていた。
『阿修羅』
起源も、本質も不明な剣。“魔剣士”と呼ばれているエリアド・ムーンシャドウから預かった、彼の者の帯びる剣。
「・・・」
寝台の上に置いたままの剣に視線を遣ると、重苦しい波動が微かに伝わってくる。
“深くは考えないようにしないと”
──下手をすれば、強大な力を秘める剣に、心を持っていかれる可能性もあるわ。でも・・・
思考の流れが引き戻された。窓から吹き込んだ風が、カーテンを揺らしている。レムリアはゆっくりと立ち上がった。
「どなたか・・・いるのですか?」
自分で、窓を開けた覚えはない。自然に開く訳もない。考えるまでも無かった。急速に広がる邪悪な波動に、躯が微かに震えている。
『ぎしり』
木を敷き詰めた床が僅かに鳴った。そして、悪夢の様な姿の相手がその身を顕した。
「妖魔! こんな所に!」
無意識に、一歩二歩と後すざりしていた。黒い翼を持つその凶悪な相手は、バルコニーに通じる高い窓から入り込んでくる。禍々しい赤に輝く凶眼が、己の獲物を睨め付ける。気力を奮い起こし、その狂気に満ちた闇を見返す。
トン、と躯が何かにぶつかった。寝台だ。寝台? 寝台には確か・・・
一瞬の行動だった。振り返り様に阿修羅に手を伸ばすのと、猛禽妖魔がその凶悪なかぎ爪をレムリア目掛けて振るうのが同時だった。
「くっ・・・」
肩口を切り裂かれ、鮮血が舞い散る。歯を食いしばると、両手で阿修羅を握りしめ、そのまま相手に叩き付けた。
『ガァァッ!!』
灼熱の鉄にでも触れた様に、猛禽妖魔は飛びすさる。鞘に入れたままだが、多少は効いている様だった。震える手で、必死に阿修羅を構えるが、肩口からの出血が急速に力と気力を奪っていく。相手は、ジリジリと再び躙り寄ってくる。
と、その足取りがピタリと止まった。拍車が鳴る音が通廊に木霊してくると、扉を蹴破る様にして室内に誰かが飛び込んできた。
「姫君っ! ご無事であられるかっ!!」