魔性の瞳-119◆「真摯」
■ヴェロンディ連合王国/王都/謁見の間
「ムーンシャドウ様。貴方さまは何を迷っていらっしゃるのでしょうか?」
その言葉は、春の暖かさを帯びていた。互いの間の距離をそっと詰めると、契那はエリアドの正面に立った。
「“人”が人として、その生の間に為せることは少ないかもしれません。けれども、どれくらい真剣に、どれくらい真摯に生きたかどうか──そのことが、闇への誘惑を内に秘めてしまっている“人”で在ることへの救いとなるのでは、と思います」
貴方さまの苦悩もきちんと理解していないわたしが、差し出がましいことを申し上げてました、とその少女は言葉を結んだ。碧がかった灰色の瞳が、じっとエリアドを見つめている。そして、その瞳の奥には、長く忘れていた心の平安が見え隠れするような気がした。荒んだ心を和らげるような微笑みを浮かべると、少女は深々と一礼した。
☆ ☆ ☆
「・・・どのくらい真剣に生きたかが、“人”であることの救いになる?」
エリアドは、少女の言葉を呟くようにくり返す。暫し瞑目して、天を仰いだ。
その言葉は、エリアドにとって、あたかも闇の中を照らし出す一条の光輝であるかのように思えたのだ。
「・・・契那殿、と申されたか。感謝する。・・・その言葉、しかと胸に刻み込んでおくこととしよう。」
エリアドはアーサー・アートリム王に向き直ると、斯様に続けた。
「・・・陛下。申し訳ありませんんが、“称号”の件については、今しばらく考える時間をいただきたく。」
小さく一礼して、あたりをちらりと見廻す。
「・・・ところで、陛下。・・・私をお呼びとのことでしたが?」
“・・・さきほどハウ卿は、レムリア殿も一緒におられるようなことをと言っていたが・・・。”
そんなことを思いながら、アーサー・アートリム王の言葉をじっと待つ。